原紋終環記

さが

資料集 五部族祖歌


        「ハイルベン王国」

      中央研究院図書保管庫内

      収蔵された公式調査資料



注※

五部族祖歌曲リンクあり

カルナ族祖歌

https://suno.com/s/Jxr2sIk2KRlbS3lg

リムナ族祖歌

https://suno.com/s/nwvZXN05DWIJq7nM



《中央研究院図書保管庫・特別収蔵資料》

文書番号:HB-ΦΘ-771/MY-ARC

分類:思想危険文書/民俗歌謡解析/五行関連

機密区分:準禁閲(閲覧制限付き)

備考:本資料は複数世代にわたる研究者の加筆・訂正・削除を含む。

一部に詩文・歌詞・原語音写を含むため、感情誘導の危険あり。

概要

本資料は、アルベール大陸に伝承される

「五部族祖歌(Five Ancestral Chants)」 と総称される舞踏歌群について、

ハイルベン中央研究院が行った思想分析・危険度評価・注釈をまとめたものである。

これらの歌は、かつて自然信仰期から第三文明初期にかけて成立し、

現在もなお各部族内部で断続的に継承されている。

研究の結果、五部族祖歌は以下の特徴を持つことが判明している。

紋章を「力」や「装置」ではなく

意思ある存在・応答するものとして描写する

人間を世界の管理者ではなく

世界の一部として位置づける

命令・規範よりも「心の在り方」を重視する

紋章と宿主の関係を“選択”や“共鳴”として語る

これらは、理念文明およびハイルベン国家思想と根本的に相反する。


第一章:五部族祖歌・共通構造

すべての部族歌は、以下の共通構造を持つ。

◎ 共通構成

開始詠(古語・ラテン系祈句)

共通祖歌(世界観の根幹)

部族固有前唱(宿主の心情)

循環詠(世界と人の関係)

部族舞歌(紋章との関係性)

結語(紋章からの応答)


【共通祖歌(全文)】

全てが名を持つ 遠き頃

炎はただ そばに在った

潮は祈られずとも流れ

雷は天より命を放ち

風は理由なく舞い歌い

大地は語らず すべてを支え

人はただ歩き 祈りて

それらの声に 耳を預けた

それらは神ではなく

共に在る“しるし”だった

(注:この「神ではない」という表現は、理念体系に対する根源的逸脱を含む)


第二章:カルナ族(炎)祖歌 ― 完全記録

概要

カルナ族に伝わる炎の歌は、五部族の中でも最も情動性が高く、

かつ「紋章が宿主を選ぶ」という思想を明確に語る点で特に危険視されている。

本歌は現在もほぼ完全な形で伝承されており、

研究上の基準歌とされている。


【カルナ族祖歌・全文】

《Pre-Chorus|宿主の心》

胸に宿る 消えない火よ

痛みごと 照らせ

この手の中で

(注:痛み・怒り・意思を肯定する構文)


《Chorus|共通部》

われらは分かれ されど断たれず

五つは巡り ひとつを映す

名を失っても 歌は残る

世界が割れても 舞は続く


《Interlude – 祈唱》

Gratias agimus naturae.

Oramus et audimus.

Pars sumus mundi,

et mundus est in nobis.

(訳注:自然への感謝と、相互内在の肯定)


《Bridge|炎の舞歌》

炎は去らず そばに在り続け

灰の中に 泣き折れた声を聴く

それでも立つ者の 心を見つけ

炎は選び 宿りを告げる

「良いこころだ」

(危険注記:

「評価する主体としての紋章」という思想が明確に表出)


《Outro|炎の応答》

炎は命を試す 静かに 強く

怒りを抱け だが独りで燃えるな

守る名を呼び 守る顔を思い出せ

炎は応える

「良いこころだ」


研究所評価(カルナ族)

感情の肯定

喪失と怒りを資質へ転化

宿主選定を紋章側の意志とする思想

これらは極めて反統制的であり、

兵器運用思想とは両立不可能。


第三章:他部族歌の記録状況

以下、完全歌詞は未収録だが、断片および研究用復元が存在する。

a. リムナ族(水)歌(部分記録)

主題:祈り/癒し/受容

傷は水に沈み

名を持たぬ涙は還る

赦しは命じられず

ただ 流れの中で起こる

研究注:

宿主を「選ばれる者」ではなく「抱かれる者」と捉える傾向

支配や命令の概念が希薄

従順だが、統制不能


b. トゥレン族(雷)歌(部分記録)

主題:試練/断絶/選択

進め 恐れを抱いたまま

雷は命じぬ

問うのみだ

立つか

折れるか

研究注:

命令を否定し「選択」を強要する構造

若年層への影響が極めて強い

儀式性が高く、覚醒事例と関連が疑われる


c. 風・大地について(未解明)

風および大地に関する歌は、現在も断片的である。

風:流浪集団により口承され、定型を持たない

大地:極めて古層の記憶で、言語化が困難

研究班の共通見解:

「これらは“歌”というより、生活そのものに溶け込んでいる」

よって現段階では、

完全な記録も、完全な禁止も不可能と結論づけられている。


総合結論(公式)

五部族祖歌は以下の理由により、

国家理念と両立しない危険思想群である。

紋章を主体とする

人間の内面を価値基準とする

命令ではなく選択を重視する

世界との共存を肯定する

歴史を直線ではなく循環として捉える

よって本研究院は、

五部族祖歌の公開・上演・教育利用を制限する。



付記(削除指定・研究官私記)

だが、もし紋章が再び現れるとすれば、

それは兵器としてではなく、

この歌に応えるかたちなのではないか。

炎は、命令には従わない。

ただ「心」を見る。


……危険なのは、歌ではなく、

歌を失った我々の方かもしれない。

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