始まりの章 ―第7節


        紋の眠る場所

     ― 精霊の胎動、世界の脈 ―



 世界は息をしている。

 創造は進み、混沌もまた育つ。

 命輪の三柱は天の座に留まり、鏡と刻は沈黙を裂け目の奥深くで揺らす。

 外界と内界の距離は、もはや紙一枚ほどだ。


 大地の深層で微かな光が瞬き生まれる”精霊核”。

 それは炎の底、潮の渦、風の層、雷の骨、大地のやどりに生じた理の結晶であり、いずれ精霊となるものである。

 五行が流れの果てに生む副産物、しかし決して余剰ではない。核はただ漂い、呼吸し、世界の生命情報を蓄えていた。

 まだ名を持たず、魂も持たぬ純粋な可能性。

 星はそれを慈しんだ。

 これこそ世界の“証明”であり、

 世界が自らを認識する子だと悟ったからだ。


 だが

 ――その誕生を異界の残響は見逃さなかった。


 終わりのかすは形なき影となり、鏡が映した異界の理と溶け合い、精霊核へと静かに触れた。


 さざ波一つ。


 しかしその波紋は、

 後の千年すら揺るがす始まりとなる。

 核のいくつかが微かに震えた。

 本来ならば五行の理で熟し、“精霊”として芽吹くはずだった。

 だが影は囁く。


 ――外側を知れ。

 ――写せ。溶けよ。形を破れ。


 精霊核の表面が黒く染み、輪郭が揺らぎ、異界の要素を飲み込みはじめた。

 それは世界の理では説明できない、不穏な成長だった。五行の調和から一歩外れ、命輪の光の届かぬ場所で蠢く。


 星は震えた。


 だが止めなかった。

 なぜなら創造とは、制御ではなく変化だからだ。

 そして、最初の芽吹きが起こる。


 ◎精霊の誕生

 核が裂け、光が溢れた。

 炎の中から、赤き影が舞い上がる。

 潮の底から、青銀るりの尾が揺れながら浮上する。

 風は姿を与え、雷は声を、土は骨と体を組む。

 精霊が世界を駆けた。

 彼らは生命に寄り添い、森を育て、海を回し、嵐を導く。理が形として歩き出したのだ。


 星は喜んだ。

 世界はようやく、自らの色を知ったのだから。


 だが同時に

 ――影を宿した核も眠りについた。


 深く、深く、誰も知らぬ座標へ滑り落ちる。

 芽吹かぬまま、しかし確かに呼吸する。

 異界の理を孕んだそれらは、

 紋章の奥底で胎動を続けた。


 ◎眷属紋章の創世

 精霊が誕生すると同時に、核の一部は紋として定着した。

 27つの原紋――創世の理の祖。

 その眷属として分岐した精霊核は小さな紋章片へと変じ、風と海と火と雷と土の流れに乗って世界へ散った。

 それらは後に文明の柱となる。

 人がまだいないこの世界で、未来の種を撒く役目を負った。

 各地へ落ち、眠り、土に沈み、山となり川となり、 時が満ちれば光を上げるだろう。


 けれど――影の混じる核は違った。


 それらは紋章獣となって顕現するための眠りにつく。 理が乱れ、持ち主が迷い、紋が暴走したとき目を開く。牙を持つ理。

 意思を飢えに変える存在。

 世界は知らぬまま、静かに災厄が根を張っていた。



 ●始まりの章の終焉、次章の胎動

 命輪の三柱は天より世界を見下ろす。

 鏡は門の縁に佇み、刻は時間の外を歩き続ける。

 始まりは沈黙したまま、太陽は赤子を照らす優しい光を落とし、月が優しくそれを見守る。


 創造は果たされた。

 そして同時に、破滅もまた芽吹いた。


 この星は、外側を知った。

 理解は欲を呼び、欲は扉を開く。


 第二幕――異界紋群の胎動が始まる。

 やがて紋章は人を選び、文明に火が灯る。

 眠る獣たちは気配を潜め、時を待つ。

 その牙が露になるのは、まだ遠い未来。


 今はただ、世界が静かに夢を見る。

 創造の終わりと、

 混沌の始まりを孕んだ夢を――。


 ―始まりの章― ~完~

 第二章「異界胎動」へ続く

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る