第5話 取るべき選択は

人は生まれながらにして平等とは限らない。

育った環境、置かれた立場、肌の色、貧富の差。

そういった物が時分自身の人生に大きな影響を齎すのは

言うまでもない。

そういった概念から争いは起こり、それがまた争いを呼び

悲劇や悲しみが生まれる。

だからこそこの世界をどうにかしなければならない。

この世界を変革するのだ。

自分自身の力で、自分の行動と正義でそれを果たしてみせる。

例えどのような結果になろうとも。


-僕は組織の中から全てを...世界そのものを変革してみせる-

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それは突然だった。

普段と変わらない朝を迎え、朝起きてからテーブルの上に並べられた朝食を摂る......というルーティンが当たり前なのだが珍しくツクルの目の前にナイアが腰掛けていた。普段はソファに寝転がって雑誌を読んでいるのだがどういう訳かこうしてテーブルを挟んで彼の前へ腰掛けているのだ。ご丁寧に彼女の分の朝食も用意されていて

目玉焼きとサラダ、それから食パン2切れという同じ物。


「なぁツクル 」



「...何だ? 」



というのは面白いのか? 」


彼はマグカップに入ったコーヒーを飲んでいたのだが右横へ噴き出してしまう。

その様子を見た彼女は首を傾げている。


「お、お前...急に何を言い出すんだ!? 」



「特に深い意味は無い、気になっただけだ 」



「……一応、神様なんだからその辺は知ってるんじゃないのか? 」



「…最近気付いたんだが、どういう訳からしい 」



「欠落? 」



「あぁ、だから知識に偏りがある…我ながら不便極まりない話だ。考えられるとすればお前が私を拾った時には既に可能性が高い……自分が何者かでどういう存在なのかは覚えていても他の事は抜け落ちている 」



「だが契約の話は憶えていたな 」



「それは数多ものニンゲンと契約を繰り返しているからな?憶えているというより身に染み付いている 」


ナイアは目玉焼きを食べようとテーブルの上にあった醤油ではなく、彼女が手にしたのはその横の苺ジャム。蓋が空いたままのそれのスプーンで掬ってそれを掛けてしまった。

黄色い黄身と白身に赤色が出されて血の様にも見える。


「お前、それパンに塗る奴だぞ!? 」



「それがどうした、何をどうするかは私の勝手だろう?お前の常識を私に当て嵌めるな 」



「ッ...マズくても知らないぞ 」



「構うものか。それでどうなんだ?ガッコウというのはお前にとって楽しいのか、それとも楽しくないのか 」



「...楽しいとかそうじゃないだとかそういう次元の場所じゃない。俺からすれば勉強は退屈だ、ましてや他人の思考を読めるお前なら知っているだろう?俺の事なら全て把握しているんだから 」



「あぁ...そうだな。それよりどうするんだ?は 」


ナイアがそう呟くとツクルは食事の手を止めてしまった。


「またこの間の様な事になるのはゴメンだ。でもどうすれば良い? 」



「答えは簡単だ。お前が私を奴等に差し出せば良い...そうすれば喜んで見逃してくれるだろう、何せ私は奴等が欲しがる神なのだから 」



「ちょっと待て、それじゃあ契約はどうなる!? 」



「...それは破棄だな。本来なら主導権は奴等の中心人物へ譲渡されそこで終わりだ。だが既に連中の追っ手を殺している以上...お前とその身内の安全は保証されない。お前は奴等の手で殺される 」



「だったら尚の事お前を手放せないじゃないか!! 」



「だから言っただろ、だと。そんな大きな声を出して言う事じゃない 」


ナイアは目玉焼きをフォークで裂いて半分を刺してそれを持ち上げて口の中へ運んだ。味は出来れば想像したくはない。


「そもそもお前は自分が置かれている立場を理解しているのか!? 」



「......あぁ、大体はな。私を召喚した連中、私を拾ったバカ、そのバカを追って来た連中を私がお前と共に殺し...向こうはこうしている今も血眼で私達を探しているという訳だ 」



「大体あってる...だが出来るならもう犠牲は出したくはない 」



「生憎、願いに犠牲は付き物だ。叶えたいモノ、成し遂げたいコトには必ず犠牲が付き纏う...それ自身が己が叶えたい願いであるならば尚の事そうなるだろう。それに私はそういう者達を大勢見て来た......異なる時代、異なる歴史、異なる者の先で 」


表情を1つ変えず淡々と話し終わる頃にはもう1切れの目玉焼きもサラダも無くなっていた。残っているのは何もない食パンと目玉焼きに掛かっていた苺ジャムが垂れた

痕跡だけ。ツクルは時計を見てから食事を済ませ、先に立ち上がると台所へ自分の食器を片付けに向かった。


「ツクル、私は出掛けて来る。戸締りはお前がしろ 」



「ダメだ。お前は家に居ろ、何かあれば俺が困る 」



「ならお前と共にガッコウへ── 」



「それは俺がもっと困る!! 」


反論されたせいかナイアは眉間に皺を寄せて詰まらなそうな表情をする。

そしてツクルは彼女を残し着替えた後に出て行ってしまった。

1人残されたナイアはツクルの部屋へ入り込むと彼の部屋から

通っている高校のパンフレットを探り出し、それをパラパラ捲って

制服のページを開く。

男子は上下黒の学生服、女子は金色のラインが入った襟のある白色を基調とし左右の袖が黒い長袖に対し下は太腿半分まである黒のスカートで胸元には薄い赤色のネクタイをしていた。


「ワイシャツ...はアイツのを借りるとしよう 」


ページを開いたまま、それを傍らへ置いて着ていた半袖短パンを脱ぎ捨てて裸になる。そしてクローゼットからワイシャツだけひったくってそれを羽織ってから慣れない手付きでボタンを留めると両手を僅かに開いてから目を閉じた。すると一瞬の間でパンフレットに掲載されていた制服が彼女の身体を覆う様に出現しそれを身に纏うと再び目を開く。そこに居たのは学生服を着た銀髪少女そのものだった。

靴下も紺色のを同じ要領でローファーと共に呼び出しては靴下を先に穿く。

リビングへ一旦戻ると台所の上に紺色の弁当包みが置かれている事に気付いた。


「大体こんなものか。アイツ、よりによって食事を忘れるとは...だがこれで出掛ける理由が出来た 」


何処からか呼び出した白いリボンを用いて髪を1つ結びに後ろで縛ると

包みを手にリビングを後にして自ずと玄関へ。靴を玄関へ放ってからそれを履いて

ドアに掛けられたカギを内側から外し、外へ出るとドアノブに触れただけで再び

施錠し直した。街へ繰り出した彼女は通りを行き交う人に紛れてその中を進む、

周囲を見回しながら似た格好の少年少女を探してその後を付いて行く形で学校へと足を運んでいた。その途中ではスーツ姿のサラリーマンや年代も性別も異なる者達と擦れ違う。


「どいつもこいつも様な顔ぶればかりだ。働き者とはよく言ったものだな 」


漸く校門付近へ差し掛かるとジャージを着たガタイの良い50代半ばの男性が竹刀を持って何かを叫んでいる、遠くからでも「急げ」だの「走れ」だの聞こえて来る始末でナイアとも目が合うと彼は容赦なく叫んで来る。


「おいそこの!!悠々と歩いてないで早く走らんか!! 」



「それは私に言っているのか? 」


彼の付近へ来て足を止めるとナイアは首を傾げていた。


「お前意外に誰が居る!! 」



「五月蠅いぞ、叫ばなくても聞こえている...それとも私を誘っているのか? 」



「そんな訳あるか!お前は教師の言う事を素直に聞けないのか......って何をしている? 」


不意にナイアは彼を至近距離で見つめる、そして離れると鼻で笑った。


「お前、な? 」



「なッ!?何故それを!? 」



「それも一度や二度じゃない...昨晩も何だったら今朝も。こうして叫んでいるのはある種のストレス発散、もしくは八つ当たりの類だろう?それに仲が悪い大半の原因はお前自身にある 」



「き、貴様ぁッ...俺が気にしている事を平然と言いおって...!!何年何組だ、担任に突き出してやる!! 」



「...さぁな。私はネンもクミも知らん、グミなら知っているがな 」


竹刀を握り締める右手が振り上げられ、それがナイアへ目掛けて振り下ろされんとしていた。不意に見てみると彼の顔は真っ赤で今にもキレそうなのは明白だった。


「もう良い!!お前には指導としてこの俺...大和田が直々に喝を入れてやろう!!その態度、根性、纏めて叩き直してくれる!! 」



「さっきからキョウシだか何だか知らんが...お前はそんなに偉いのか? 」



「問答無用!!教育的指導ッ──!! 」


竹刀が振り下ろされた...筈だった。

本来なら当たった時の音がする筈なのだが音はしない、いや出なかった。

大和田は自分の目を疑っていた。

何故なら──


からだ。


反面、目の前のナイアは表情1つ変えずに佇んでいるだけで

彼女が何をしたのかは解らない。

だがその左手には無くなった竹刀の上半分が握られていた。


「なッ...!?あ、えぇ...う、嘘だ...バカな...何が起きた...!? 」



「良かったな、で 」



「ッ...!?貴様、何かしたのか!? 」



「お前は運が良い...そう言ったんだ 」


そのまま竹刀を突き返してから彼の横を通り抜けるとナイアは校門を抜けて歩いて行く。

擦れ違う際に向けられる視線や言葉も構わずに玄関へ辿り着くが

足を止めた。


「......アイツの居場所は何処だ? 」


もう既に他のクラスは授業が始まっている事から校内は静かで

聞こうにも聞ける相手が存在しない。

考え込んでいるとそこへ1人の生徒が声を掛けて来る。

振り返るとそこに居たのは黒い髪を背中程まで伸ばし、右腕には生徒会長という

腕章を付けて自分と似た格好をした少女だった。


「授業、もう始まってるけど?それとも今来たって事はサボリ? 」



「...いや、これを届けに来た。クロミネ・ツクルは何処に居る 」


ナイアは弁当の包みを突き出した。


「黒峰君?確か2年Bだったかな...貴女、名前は?ウチの学校じゃ始めて見る顔だけれど 」



「......ナイアだ 」



「ナイア?解った、これは私が預かるから貴女は早く自分のクラスに行きなさい。それから後で遅刻届けをちゃんと提出する事! 」


 包みを受け取った少女はナイアを残し、立ち去る。

残された彼女は外へ出て小さな溜め息を1つ吐くと退屈そうに散歩を始めた。

その足で辿り着いたのは中庭でそこにあるベンチへ腰掛けてから背もたれに寄り掛かった。


「やれやれ...ガッコウというのはこうも退屈なのか?向こう側の方がそれなりに退屈せずに済む 」


丁度チャイムが鳴ると少しずつざわざわと声がし始める。

どうやら昼休みにタイミングだった事もあり、中庭にも生徒達が訪れては

各々が弁当等を取り出して食事を始めた。

それを眺めていた時に名前を呼ばれて振り返ると息を切らしたツクルが立っていた。


「...お前か。食事はちゃんと届いたか? 」



「あぁ、届いたよ...じゃなくて!どうしてお前が此処に居るんだ!?それから家の鍵はどうした!? 」



「どうして?お前がそれを忘れるからだろう。それに私が届けてやったんだ...礼の1つや2つは有っても良いと思うが?安心しろ、戸締りならしたさ 」


得意気な顔をしているナイアは立ち上がって彼へ近寄る、するとそのまま右手を引かれて何処かへ連れて行かれてしまう。向かったのは人気が無い校舎裏でそこへ来ると彼は足を止めて手を放した。


「...変な誤解とか勘違いをされたくないから来るなと言ったんだ、邪神だが一応神であるお前なら解るだろう!? 」



「変な誤解?...あぁ、共に住んでいる事か?それなら別に気には止めないぞ 」



...でも俺は色々気にするんだ! 」



「そう一々喚くなよ。それより腹が減った、何か食べる物をくれないか? 」



「お前なぁ...ッ! 」



「...?この匂い、もしかしてピザか? 」


ナイアが頻りに匂いを嗅いで周囲を見回すとツクルは溜息を吐いて答える。


「あぁ。今日の日替わりランチメニューがそうなんだよ...でも今から並んでも時間が── 」



「礼ならそれで良い、早く買って来い。サラミとチーズは多めでな 」



「ちょっと待て、俺が行くのか!? 」



「当然だろう?お前意外に誰が居る 」



「この女...好き勝手言って...!! 」



「私は腹が減っているんだ。2度も言わせるな 」


早く行けと言わんばかりにあしらわれたツクルは諦めて食堂の方へ向かっていく、その様子を見ながらナイアは小さく笑っていた。

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結局、昼休みに彼女により学食のピザを買わされたツクルは肩を落としながら

帰路へ着く。その横にはご機嫌な表情をしたナイアが歩いていた。


「ガクショク...という所が作ったピザは中々美味だった。出来るなら毎日ピザを出して欲しい物だな 」



「バカ言え、そんな事出来る訳無いだろ...体調が可笑しくなるに決まっている! 」



「...?そうなのか?私は何ともないが 」



「まぁ少なくとも何ともないだろうな... 」


邪神だからという一文を付け加えようと思ったがそれを敢えて彼は言わなかった。

するとナイアは突然前へ出て彼の方へ振り返る形で足を止める、そしてこう切り出した。


「ツクル 」



「はぁ...今度は何だ? 」



「今朝、私が話した事をお前は憶えているか? 」



「あぁ。それは憶えている...お前を差し出すとか何とか 」



「なら好都合だ。お前がこの先も妹と生き残るための手段が1つだけある 」



「...何だ? 」


そして間を開けた彼女は再び口を開いた。


「──お前が連中を滅ぼせば良い 」


予想にもしていなかった言葉が彼女の口から放たれた。

そして聞こえて来た足音と共に振り返ると6人の上下黒色の服装に対しヘルメットや防具を用いる等して武装した連中が姿を現し、取り囲む様に2人へ向けてライフル下部に搭載されたレーザーサイトを向けていて左腕には三角形を上下重ねた様な紋章を付けていた。


「対象を発見、例の少年と共に居ます!! 」



「相手はあんな見た目でも危険対象だ...総員、充分警戒せよ!! 」


見回しているツクルに対しナイアは彼等を見てから小さく笑う。


「さぁどうする?教団やつらに対し抗うか、それとも黙って此処で殺されるか... 」


彼女はまるで今置かれた状況と立場を理解しているのか定かではないが

この状況を楽しんでいる様にも見える、一方のツクルは制服の上着に入っている

あの指輪を握り締めつつどうするかを戸惑っていた。

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