第16話 秘密の傷

夜の空気は、静かに肌へまとわりついていた。

宿の中庭に置かれた小さなランタンが、揺れる炎で俺とミラの顔を淡く照らしている。


「ねえ、ユウ……聞いてほしいことがあるの」


ぽつりと落ちた言葉は、いつもの明るい声とはまるで違った。

ミラは両手をぎゅっと握りしめ、震えていた。


「どうした?具合でも悪いのか」


俺が身を寄せると、ミラは首を横に振って顔を上げる。

その瞳は、今にも零れ落ちそうな涙を必死に堪えていた。


「……怖いの」


「怖い?」


「オークが……」


その一言だけで、彼女の体が大きく震えた。

俺は思わず、そっと肩に手を置いた。


「無理に話さなくていい」


そう言ったのに、ミラはかぶりを振る。


「違う……話したいの。ユウには知ってほしいから」


そして――ミラの口から、ゆっくりと過去が語られ始めた。



ミラの村は、小さな農村だった。

平和そのものの日々。

彼女は両親と、親友の女の子と笑って暮らしていた。


その夜までは。


「オークの群れが、突然襲ってきたの……。

私は、なにもできなかった」


炎。悲鳴。引き裂かれる家。

引きずられていく友達の姿。


「助けなきゃって思った。でも……足が動かなかった……

怖くて……声も出なくて……私……逃げたの」


ミラは自分を責め続けていた。

両親は必死に庇い、瀕死になりながらも守ってくれたという。

今も治療費に苦しんでいる。


「私が弱いせいで……全部……全部私のせい……!」


涙が堰を切ったように頬を伝う。

俺は思わずミラを抱き寄せた。


「違う。ミラのせいじゃない」


言葉が自然と溢れる。


「逃げたんじゃない。生きたんだ。

それは……その日また笑えるようになるためだ」


ミラは顔を上げる。

揺れる灯りに涙が煌めいた。


「ユウ……」


「俺がいる。これからは一緒に戦う。

何があっても、お前を守る」


その瞬間、ミラの強く握った手が

俺の服をくしゃっと掴んだ。


「……うん。ありがとう」


その声は震えていたが、確かに前を向いていた。



しばらくして、涙が落ち着くと、ミラは照れくさそうに笑って言った。


「ユウには……全部話してもいいって思ったの。

変だよね。会ったばかりなのに」


「変じゃねえよ」


「ほんと?」


「本当だ」


ミラが無理に強がらないのは、たぶん俺が初めてなんだろう。

そう思うと、不思議と胸が熱くなった。


「だから、あいつらは……いつか絶対倒したい。

親友も、助けたい……!」


「その時は、俺が隣にいる」


強く言い切ると、ミラの表情が少しだけ和らいだ。


「ありがとう、ユウ」


ランタンの炎が音もなく揺れた。


ミラの握る小さな拳には、

震えではなく、確かな力が宿り始めていた。

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