第16話 秘密の傷
夜の空気は、静かに肌へまとわりついていた。
宿の中庭に置かれた小さなランタンが、揺れる炎で俺とミラの顔を淡く照らしている。
「ねえ、ユウ……聞いてほしいことがあるの」
ぽつりと落ちた言葉は、いつもの明るい声とはまるで違った。
ミラは両手をぎゅっと握りしめ、震えていた。
「どうした?具合でも悪いのか」
俺が身を寄せると、ミラは首を横に振って顔を上げる。
その瞳は、今にも零れ落ちそうな涙を必死に堪えていた。
「……怖いの」
「怖い?」
「オークが……」
その一言だけで、彼女の体が大きく震えた。
俺は思わず、そっと肩に手を置いた。
「無理に話さなくていい」
そう言ったのに、ミラはかぶりを振る。
「違う……話したいの。ユウには知ってほしいから」
そして――ミラの口から、ゆっくりと過去が語られ始めた。
◆
ミラの村は、小さな農村だった。
平和そのものの日々。
彼女は両親と、親友の女の子と笑って暮らしていた。
その夜までは。
「オークの群れが、突然襲ってきたの……。
私は、なにもできなかった」
炎。悲鳴。引き裂かれる家。
引きずられていく友達の姿。
「助けなきゃって思った。でも……足が動かなかった……
怖くて……声も出なくて……私……逃げたの」
ミラは自分を責め続けていた。
両親は必死に庇い、瀕死になりながらも守ってくれたという。
今も治療費に苦しんでいる。
「私が弱いせいで……全部……全部私のせい……!」
涙が堰を切ったように頬を伝う。
俺は思わずミラを抱き寄せた。
「違う。ミラのせいじゃない」
言葉が自然と溢れる。
「逃げたんじゃない。生きたんだ。
それは……その日また笑えるようになるためだ」
ミラは顔を上げる。
揺れる灯りに涙が煌めいた。
「ユウ……」
「俺がいる。これからは一緒に戦う。
何があっても、お前を守る」
その瞬間、ミラの強く握った手が
俺の服をくしゃっと掴んだ。
「……うん。ありがとう」
その声は震えていたが、確かに前を向いていた。
◆
しばらくして、涙が落ち着くと、ミラは照れくさそうに笑って言った。
「ユウには……全部話してもいいって思ったの。
変だよね。会ったばかりなのに」
「変じゃねえよ」
「ほんと?」
「本当だ」
ミラが無理に強がらないのは、たぶん俺が初めてなんだろう。
そう思うと、不思議と胸が熱くなった。
「だから、あいつらは……いつか絶対倒したい。
親友も、助けたい……!」
「その時は、俺が隣にいる」
強く言い切ると、ミラの表情が少しだけ和らいだ。
「ありがとう、ユウ」
ランタンの炎が音もなく揺れた。
ミラの握る小さな拳には、
震えではなく、確かな力が宿り始めていた。
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