星の啓示と闇の記憶

 祠中を満たした青い光は、

 ただの光じゃなかった。


 それは、私の胸の星からあふれ出た、

 願いの脈動。

 整えられた街の想いが重なり、

 私に集まってきた光そのもの。


「……っ……!」


 視界が一瞬白く染まって──

 次の瞬間、私は“どこか別の場所”に立っていた。


(ここ……どこ……?

 祠……じゃない……)


 石造りの壁も、空もない。

 あるのは、青い星光がゆらめく、

 広い、広い空間。


 足元に触れるのは、

 光の水面みたいにふるえる“星芒の床”。


 その中央に──

 ひとつの影が立っていた。


「……誰……?」


 影はゆっくりと振り返る。


 黒い外套。

 仮面のような布。

 そして、あの闇の気配。


 影の男だ。


 でも、今の彼は

 さっきの祠のように“強く”ない。

 輪郭が揺らぎ、

 まるで“記憶の残滓”みたいに薄い。


「……星の子よ。

 ここは我らが辿った“名誉の影”」


「名誉の……影……?」


「街に刻まれた痛み。

 誇りを守るために失われたもの。

 それが形を取り、

 夜刃ノクティア・ラミナとなった」


 ぞくりと背筋が震える。


(夜刃……

 ただの闇じゃない……

 “街の名誉に刻まれた影”……?)


「星の子よ。

 見せてやろう。

 我らが“最初に斬られた日”を──」


 影の男が指先を上げると、

 青い床が波紋を広げるように震え、

 巨大な光の幕が現れた。


 そこには──

 古い決闘広場の姿が映っていた。


   ◇


 古い広場。

 石造りの観覧台。

 そして中央で向かい合う二人の戦士。


(これ……

 昔の黄昏の街タスカ・ディーア……?)


 映像の中の観衆は、

 熱狂していた。


 名誉の決闘。

 街の誇り。

 正義を示す場。


 その空気は、今とは違い、

 もっと濃く、重かった。


 そして──

 決闘が始まる。


 青い影の戦士が叫ぶ。


『これは正義の刃だ!』


 赤い影の戦士が叫ぶ。


『これは我が名誉の剣だ!』


 その声がぶつかり合った瞬間──

 星光が一気に濁った。


(っ……!

 痛い……胸が……!)


 光の幕の中で、

 二つの刃がぶつかる。


 その衝撃は、

 戦いではなく“憎しみ”そのもの。


 次の瞬間──

 赤い影の戦士が倒れる。


 そして、観衆の人々が叫び出す。


『卑怯だ!』

『あの技は禁じ手だろう!』

『名誉を汚した!』

『許すな!!』


 怒号が広場を揺らし、

 空気が黒く濁るのが分かる。


(これ……

 黄昏の街タスカ・ディーアに刻まれた“始まりの乱れ”……?)


 影の男の声が響く。


「街は名誉を誇りとした。

 だが誇りは、いつしか“憎しみの刃”へと変わった」


「そんな……!」


「名誉を守るための決闘が、

 名誉を壊すための刃へと変わったのだ」


 胸の星が強く震える。


(だから……

 夜刃は生まれた……?

 街が、誇りの裏に隠した痛みから……)


 映像はさらに続く。


 倒れた戦士のそばに

 誰かが駆け寄る──


 若い少女。

 泣きながら、倒れた戦士の名前を呼んでいた。


(……この子……

 リヴィアちゃんに……似て……)


 似ている。

 顔立ちも、瞳の色も。


(……血のつながり……?

 夜刃がこの街を狙う理由……

 名誉の影……)


「星の子よ」


 影の男が言う。


「街は“過去の決闘”を忘れた。

 だが影は消えぬ。

 名誉に刻まれた痛みは形を変え、

 街を蝕む“闇”となった」


「あなたたちは……

 街の闇……?」


「我らは、名誉の裏側に沈んだ声だ」


(名誉の……裏側……)


「星の子よ。

 お前は何を整える?」


 影の男が近づく。

 輪郭は薄いのに、存在感だけは強い。


「名誉か。

 それとも、痛みか」


「両方……整えるよ……」


「両方?」


「名誉も……

 痛みも……

 全部まとめて……整える。

 街の誇りを守りたいのに……

 痛みは残していいなんて……

 そんなの、できない!」


 影の男はしばらく沈黙し──

 やがて静かに笑った。


「ならば──

 その覚悟、確かめてみよう」


 空間が揺れる。

 青い光が渦を巻き、

 私の足元へ星座の紋が広がる。


(これ……!)


 胸の星が叫ぶ。


│星芒の啓示ステラ・レヴェラ──

“次の決意を選べ”と。


「星の子よ。

 整うべきは“街の名誉”か──

 “街に遺された痛み”か」


 私は胸に手を当てる。


「……どっちも……!」


「両方など、不可能だ」


「不可能かどうかは──

 私が決める!」


 青い光が足元で踊り、

 星座が強く輝く。


「星のみんな……

 私に……

 “本当の調和”を教えて……!」


 光が一気に爆ぜた。


 青く、強く、激しく。


 夜刃の影が吹き飛び──

 映像の幕が砕け散る。


   ◇


 気がつくと、

 私は祠の中に立っていた。


「……帰って……きた……!」


 でも、祠の奥で──

 剣聖と影の核が激突している。


 そして、

 私の中の星が告げた。


(“今”じゃなきゃ……

 間に合わない……!)


 青い光が私の背中を押した。

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