夜明けの帰還

 狭間が光に満たされていく。

 夜と朝の祈りの裂け目は、ゆっくりと、静かに閉じていった。


 その中心で──

 少女は私の手を握ったまま、小さく息を吸った。


 完全に戻った“夜明けの化身”。

 影でも残滓でもない。

 今ここにあるのは、夜と朝の祈りが結び直されたことで目覚めた、ひとりの存在だった。


 柔らかい光が少女の髪を揺らし、

 その瞳には青銀と淡金、二つの色が穏やかに揺れている。


『……ここは、もう……閉じていくんだね……』


「うん。

 あなたの“心臓”が戻ったから、もう狭間を支える必要はなくなったんだと思う」


 少女は胸のあたりにそっと手を添えた。


『あったかい……

 夜も朝も……ちゃんとここにいる』


「うん……よかった……」


 胸の星光がじんわりと広がる。

 少女が戻ってきた、それだけで胸の奥がいっぱいになる。


 けど──


(帰らなきゃ)


 二つの村は、今まさに“夜明けの化身”を待っている。

 夜の雫と暁の雫の均衡は戻りつつあるけど、

 完全な安定には、この子の帰還が必要なんだ。


「さあ、行こう。

 地上へ──みんなのところへ戻ろう」


『……うん!』


 少女は私の手をぐっと握り返した。


 光の階段が現れる。

 狭間がゆっくりと閉じていくと同時に、

 その向こう側で夜と朝の混ざる光が私たちを待っていた。


(帰ろう。

 あなたの居場所へ)


   ◇ ◇ ◇


 光階を上るにつれ、音が戻ってくる。

 風の音。

 草が揺れるかすかな震え。

 そして──誰かの呼ぶ声。


「マオリ殿!!」


「マオリ様っ!!」


 ノクティとアウロラの人々が、丘の上で固唾を飲んで待っていた。

 夜の民は青銀の灯りを、

 暁の民は淡金の灯りを手にしながら、

 光階から戻る私たちを見つめている。


 そして──

 光が完全に晴れたとき。


 人々の目が大きく見開かれた。


「……っ……あれは……!」


「まさか……夜明けの……!」


「化身が……戻った……!」


 ざわめきが、祈りのように広がっていく。


 少女は私の手を握りながら、人々の前にそっと姿を現した。


 風が、夜と朝を両方含んだ香りを運ぶ。


 少女の髪がふわりと揺れ、青銀と淡金の光が混ざったような色彩を放つ。


 その姿は、

 “夜と暁が生んだ最初の光そのもの”だった。


『……ただいま……』


 小さな声が丘に響く。


 夜の民が息を呑み、

 暁の民が手を胸に当てる。


「夜の雫の……化身……」

「いや……暁の……?」

「どちらでも……どちらとも違う……」


 ノクティの村長がゆっくり前へ歩み出た。


「いや。

 夜と暁、両方の化身だ。

 夜明けの証……我らが失った光よ」


 少女は静かに頷く。


『私は……夜と朝が一つだった頃の“約束”。

 二つの民が、祈りを分ける前の……最初の願い』


 アウロラの代表者が涙を浮かべながら言った。


「……すまぬ……

 我らは、その約束を……忘れてしまっていた……」


 少女は首を振り、にっこり笑った。


『ううん。

 忘れたんじゃないよ。

 “思い出せなくなってただけ”

 だって、私が……いなくなってたから』


 その言葉に、村人たちの肩が震えた。


(……ずっと。

 ずっと待ってたんだ、この瞬間を)


   ◇ ◇ ◇


 少女は、誓いの丘の中心に立った。

 夜の民と暁の民が円を描くようにその周囲に立つ。


 静かなる風が吹く。


 少女の足元から、青銀と淡金の光が静かに広がり──

 丘全体を、優しく包み込んでいった。


『夜の祈りと、朝の祈り。

 ずっとずっと前に分かれた二つの道。

 でも、本当は……同じところに戻る灯りだった』


 少女の声は風に溶けて、夜空と朝空へ響いていく。


『もう、一度だけでいい……

 “祈りを一緒に”捧げて』


 その瞬間──

 夜の民と朝の民が、互いに向き合った。


 敵でも対立者でもない。


 ひとつの丘に立つ、同じ祈りの民。


「我ら夜の民は……守りの祈りを」

「我ら暁の民は……導きの祈りを」


 声が合う。


 光が混ざる。


 そして――


 二つの祈りが“ひとつの光”になった。


 丘全体が爆発するように輝き、

 夜と朝の光が天へ昇る。


 その天光が、遠くの泉――

 夜の雫ラクマ・ノクティス暁の雫ラクマ・アウロラのもとまで届いた。


   ◇ ◇ ◇


 丘の光が収まると、少女はそっと手を胸に添えた。


『……やっと……帰れた……』


 満ち足りた表情。

 涙ではなく、希望の光。


 それは“夜と朝が一つだった頃の光”そのものだった。


 私の胸の星光が柔らかく応える。


(これで……

 約束は、結び直されたんだね)


 少女が私に微笑みかけた。


『マオリ……

 本当に、ありがとう』


「ううん……。

 私、あなたを見つけられて……すごく嬉しいよ」


 少女は少し照れくさそうに笑ったあと、

 誓いの丘の空を見上げた。


 そこには──

 夜でも朝でもない、

 “夜明けの光”が確かに輝いていた。

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