狭間への光階

 夜と朝の光が混ざり合い、誓いの丘がふるえる。

 地面から現れた光の階段は、まるで天と地の境界をつなぐ橋みたいに、深い闇の穴へ向かって伸びていた。


 夜でも朝でもない──

 どちらの光にも属さない“狭間”へ降りていくための道。


「マオリ殿……あれが、狭間へ続く道なのか?」

ノクティの村長が声を震わせる。


「はい……。

 夜でも朝でもないところへ通じています」

と、アウロラの代表者も呟くように言った。


 二つの民は、互いの手を結びなおしながら、ひたすら光の階段を見つめている。

 その表情には恐れよりも“覚悟”が宿っていた。


 サエラが私の方を向く。


「マオリ様……あなたは、本当に行くつもりなのですね」


「うん。

 私は夜と暁の約束を見つけるって決めたから。

 それに──影の少女が待ってる」


 胸の星光がふわり、と柔らかく明滅し、私の決意を肯定するように震えた。


「……では、どうかこれを」

 サエラは小さな赤い護符を差し出した。


「暁の雫の欠片を封じた護符です。

 狭間には朝の光が届かぬかもしれません。

 あなたを守るために」


「ありがとう。大事に使うね」


 ノクティの村長も、黒銀の小さな石を差し出した。


「夜の雫の祈りを込めた“夜護石”だ。

 暗闇の中にあっても、祈りの灯火だけはお前を見失わん」


「ありがとう、みんな」


 背中を押されるような安心感が胸に満ちる。


(じゃあ……行くよ)


 私は光の階段へ足を踏み出した。


   ◇ ◇ ◇


 光の階段を下りるほどに、周囲の音が消えていく。

 風も、夜の鳥の声も、草木のそよぎすらも──しん、と止まる。


(これが……狭間……)


 階段の先に見える闇は、“暗い”というより、

 色も温度も輪郭も持たない空間そのものだった。


 完全な静寂が続く。


 やがて、階段の終端に辿り着いたとき──


 空間がふっと淡い光を灯した。


 薄い青銀と淡い金の光が混ざり、空気の粒がわずかに震える。


(あ……夜の雫と暁の雫……どっちの光もある)


 その中心に──

 ひとつの小さな“揺らぎの影”が浮かんでいた。


 見覚えのある、やわらかな輪郭。

 静かな瞳。

 光の糸みたいに細い髪。


「……影の……少女……?」


 呼びかけると、影がゆっくりと振り向いた。


 その動きは、まるで水の中にいるようにゆっくりと、揺れるようで──

 確かに“会いに来てくれた人を見つけた”という雰囲気だった。


『……マオリ……』


(──聞こえた!)


 声にならない光の響きが、狭間の空気を揺らして届く。


『来て……くれたんだね』


「うん……もちろん。

 あなたを迎えに来たんだよ」


 影の少女は、少し戸惑ったようにその目を瞬かせた。


『どうして……?

 私は……夜に引き裂かれて……朝に分けられて……

 みんなの争いの“代償”だった』


「違うよ……。

 あなたは代償じゃない。

 夜と朝を繋ぐために生まれた“約束”なんだよ」


 少女の影がわずかに揺れた。

 その揺れは、風でも涙でもない。

 ただ、心が動いた証のようだった。


「ねえ。

 あなたの“心臓”──本当の姿はどこにあるの?

 泉にはなかった。

 夜の雫の影としてしか現れなかった。

 ここが狭間なら……あなたの本体は?」


 影の少女はゆっくりと右手を上げ、

 空間の奥の“黒い割れ目”を指した。


『……あそこ』


 黒い割れ目は、闇ではない。

 祈りの裂け目だ。

 夜と朝が分かれたとき、誓いが断たれた瞬間にできた深い傷。


「あなたの“心臓”は……あの奥にあるの?」


『うん……

 夜と朝が同時に祈ることがない限り、

 あの傷は閉じない。

 だから……私は帰れなかった』


(夜と朝が同時に祈る──

 つまり、両方の民が争いを捨てて、もう一度手を取り合うってこと!)


(なら……!)


「ノクティとアウロラは、もう争ってないよ。

 夜の民も、朝の民も……あなたを取り戻したがってた。

 誓いの丘で、もう一度手を取り合ったんだよ!」


 影の少女の瞳が大きく見開かれる。


『……ほんとう……?

 夜と朝が……手を……?』


「うん。

 だから、もう帰っていいんだよ。

 あなたの“心臓”を取り戻して……

 夜明けの化身として、戻ってきて!」


 少女は、自分の胸にそっと手を当てる。


 そして、静かにうなずいた。


『……連れていって。

 マオリ。

 夜と朝の“約束”のところまで』


「もちろん。

 一緒に行こう!」


 私は手を伸ばした。


 その瞬間──

 少女の影がふっと揺れて、

 私の手のひらに重なるように、小さく暖かい光になった。


(……っ! あたたかい……!)


 星と朝焼けの気配が、私の手を包む。


 影の少女の声が優しく響いた。


『私……帰る。

 夜と朝の祈りが、もう一度ひとつになる場所へ……』


「うん。

 そのために狭間から“心臓”を取り戻さなきゃ」


 私は光を抱きかかえ、

 狭間の奥の“祈りの裂け目”へ向き直った。


(ここを通れば──

 夜明けの化身の本体がある……!)


 胸の星光が強く輝く。


(行くよ。

 夜と暁の約束を……必ず繋ぐ!)

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