巻末おまけ はじまり

今でこそ仲の良い兄妹の、ノルンとミリア。

だが、二人は最初から仲が良かった訳では無いのであった。

これは、まだ二人が『リオン』と『アビィ』と呼ばれていた頃の、全てのはじまりの物語――


「あーっ!アビィ!また僕のおやつを勝手に食べたろ!」

「食べてないよ!すぐに人を疑うなんて⋯⋯お兄ちゃんのバカっ!」


今日もまた、平和なナッツヒルのとある家で二人の言い争う声が聞こえる。

どうやら、リオンが楽しみに取っておいたプリンが、冷蔵庫から忽然と姿を消してしまったらしい。


「何だと!?じゃあ、他に誰が食べたって言うんだ!?アビィ以外、誰も居ないじゃないか!」

「本当に知らないよっ!お兄ちゃんが自分で食べたんじゃないの!?」

「そんな訳ないだろ!今すぐ返せ!このやろー!」


リオンは、ついにアビィの髪の毛に掴みかかった。


「きゃっ!何するのよ!」

「お前が悪いんだろ!嘘つかずに、さっさと本当の事を言えよ!そして、僕のおやつを返せ!」


すると、アビィは大声でワーッと泣き出してしまった。

緑の瞳には、いっぱいの涙が溜まって小さな水溜まりができていた。


「お兄ちゃんなんて大っ嫌い!もう顔も見たくないっ!」


ついにアビィは、泣きながら玄関のドアをバタンと開けて走り出した。


「二人ともただい――」

「お兄ちゃんのばかぁぁぁぁぁ〜!!」


ちょうど買い物から帰ってきたリンは、泣きながら家を飛び出すアビィとすれ違った。

ぽかーんとアビィの姿を見送った後、我に返ったリンはリオンの方に向き直ってため息をつく。


「――はぁ⋯⋯またケンカしたの?あなたたち?」

「だって、あいつが悪いんだもん!」


半泣きのリオンは、リンに泣きついた。

しかしそんな事はお構いなく、リンは無慈悲にもリオンを抱き抱えて床に下ろす。

そして、屈んで目線を合わせながら諭す。


「理由がなんであれ、兄妹仲良くしないとダメよ?ほら、アビィちゃんを連れ戻してらっしゃい!」

「あんなヤツ、もう知らないもんっ!」

「――リオンちゃん、そんな悪い子は晩御飯抜きですよ〜?」

「うぅ⋯⋯母さんのイジワル。全部、僕のおやつを食べたアビィが悪いのに⋯⋯」


リオンは、俯きながらとぼとぼと外に歩き出した。


(全くもぉ〜二人とも、いっつもケンカばっかりで困っちゃうわ。)


リンは、口を尖らせながら、晩御飯の準備を始める。


(晩御飯までに、2人とも帰ってくるかしらね⋯⋯?)


一方、勢いに任せて家を飛び出したアビィは、小さな商店街の路地裏で膝を抱え泣いていた。


「ここどこぉ?おうちに帰りたいよ⋯⋯」


あまり外に出なかったアビィが、無我夢中で走ったものだから、こうなるのは当然である。

どうしようかと途方に暮れていると、目の前を大泣きしながら通っていく、自分より小さなリス耳族の女の子が目に入った。


「うわぁ〜ん!おうちにかえりたいよ〜!」


アビィは、涙の跡で赤くなった目をこすり、女の子を追って話しかける。


「ねぇ、あなた。どうしたの?」

「ぅぅ⋯⋯ぐずっ、ままとはぐれちゃったの〜」

「よしよし、泣かないで。一緒に探してあげるよ。」

「ほんとぉ?」


普段は妹のように扱われるアビィだが、この一時だけはお姉ちゃんになった。

自分が迷子になっているという事を忘れて、迷子の『妹』のピンチをあざやかに解決!――とは行かなかった。


「うーん⋯⋯なかなか見つからないよぉ~それよりも、ここどこなんだろう⋯⋯?」


ミイラ取りがミイラになるとは、まさにこういった状況である。

気がつけば、二人は見知らぬ大きな公園の前に来ていた。


「まま~~~!」


迷子の女の子は、再び大泣きしてしまう。

アビィは、『お姉ちゃん』として何とかあやそうとした。


「わぁ、泣かないでよぉ~――あっ、そうだっ!一緒にあの公園で遊びましょ♪あなたのママも、いつかきっと来てくれるはずよ♪」


そう言って、気を紛らわせるために公園で一緒に遊び始める二人。

様々な楽しい遊具でしばらく遊んでいるうちに、いつの間にか女の子は泣き止んでいた。

女の子を膝の上に乗せてクスノキのブランコに乗るアビィは、ようやく心を許してくれた女の子の名前を知ることになる。


「――へぇ〜あなた、シャナちゃんって言うのね。」

「うん!そうだよ!」


シャナと名乗る女の子は、いつの間にか泣き顔が晴れ、すっかり元気な様子であった。


「あのねあのね!しゃなはねっ、きょうはぱぱとままとおかいものにきてたんだっ!」

「そうなんだ。一体何を買いに来てたの?」

「きょうはね、しゃなのおたんじょうびなの!あたらしいおようふくをかってもらったの!」

「そうなんだ!おめでとう、シャナちゃん♪」

「ありがとう、あびぃおねーちゃん♪」


アビィは、生まれて初めて『お姉ちゃん』と呼ばれ、どこかむず痒い感じになった。


「『お姉ちゃん』、か⋯⋯」

「あれ?どうしたの?」

「ん?いや、私、お兄ちゃんとケンカしちゃってさ。家を飛び出したら迷子になっちゃったんだよね。あはは⋯⋯」


アビィは、どこかバツが悪そうに頬を指でなぞる。

すると、シャナは目をキラキラ輝かせてアビィに言った。


「あびぃおねーちゃん、おにいちゃんがいるなんてうらやましいよ!」

「どうして?」

「だって、みんなであそべばたのしいじゃん!」

「そんなことないよ?いっつもケンカしてばっかりだし、意地悪ばっかりしてくる。」

「けんかしたら、めっ!だよ?」

「そ、そうだよね⋯⋯あはは⋯⋯」


幼いシャナによる無邪気な正論に気圧され、しどろもどろになる。


(シャナちゃんはいいよね。お兄ちゃんのこと、何も知らなくて。)


ついには、内心でシャナを僻んでしまうアビィ。

すると、ようやくシャナの母親らしき女性が遠くから駆け寄って来た。


「はぁ、はぁ⋯⋯探したわよ、もう〜」

「まま〜!」


シャナは、アビィの膝の上から飛び降りると、とてとてと母親の元まで走っていった。

母親は、シャナをギュッと抱きしめ、アビィの方を向く。


「あら、あなたがシャナの事を見つけてくれたの?どうもありがとうね。」


母親は、アビィにぺこぺこと頭を下げ礼を言った。


「あ、いえ。私のせいで更に迷子になっちゃっいましたし⋯⋯」

「本当に、本っ当~にありがとう⋯⋯」


よほどシャナの事を心配していたからなのか、母親の目からは涙が次々に零れ落ちていく。


(シャナちゃんのこと、よっぽど大事にしてたのね。少し羨ましいわ⋯⋯)


アビィは、どこか複雑な気分でシャナを見つめていた。


「あら?というかあなた、よく見たらリン先輩が最近引き取ったって言ってた子じゃない?」


ふと、シャナの母親はアビィの顔を見つめてそんなことを言う。


「あの、ママの知り合いの方ですか?」

「どうやら当たりのようね。――あっ、私はメルよ。リン先輩とはちょっとした付き合いがあってね。」

「あの!ママの家の場所知りませんかっ!」

「ええ、もちろん。途中まで一緒に連れてってあげるわ。」


シャナを抱き抱えたメルは、アビィを連れて大きな商店街の方へと戻っていく。


「――ほら、あそこに大きな木が見えるでしょう?あっちにまっすぐ進めば、リン先輩の家に着くわ。」


メルは、坂道の先の木を指さす。

その方向に、見慣れた自分の家の屋根が見えた。


「あっ、本当だ!こんな近くにあったんだ!」

「次からは、迷子にならないように気をつけてね。それじゃ、また――」


メルが手を振り、家に帰ろうと歩き出したその時、抱き抱えられていたシャナが抜け出し、とてとてとアビィに向かって歩いてきた。


「あびぃおねーちゃん!またあそぼーね!」


シャナは、小さな手をそっとアビィに差し出した。


「うん♪また遊ぼうね、シャナちゃん♪」


アビィは、そっとその手を握り、約束をした。

その後、二人が家に向かうその背中を見送ると、急に寂しさが押し寄せてきた。

空は夕焼けに染まり始め、カラスたちがカァカァとざわめき立っている。


(⋯⋯早くおうちに帰ろう。)


ただ一直線に進むだけ。

それなのに、何故か足がすくんで動けない。


(ぅぅ⋯⋯怖いよ⋯⋯誰か――)


孤独による不安から、その場にしゃがみ込んでしまうアビィ。

すると、遠くから聞き覚えのある男の子の声が聞こえてきた。


「おーい!アビィ!そんなところで何をしてるんだ〜?」

「お兄ちゃん!?」


アビィは、声の方をじーっと見つめる。


「はぁ、はぁ⋯⋯探したんだぞ、アビィ!」

「お兄⋯⋯ちゃん。ぅぅ…⋯」


アビィは、様々な感情が入り交じり、ついに決壊してしまう。

気がつけば、大嫌いなはずの兄の胸に飛び込み、泣きついていた。


「⋯⋯おいおい、そんなに泣くなよ。服が濡れちゃうだろ?」

「お兄ちゃん…⋯」

「ああもう。本当に、手のかかる妹だな。」


口ではそう言いつつも、リオンはアビィをそっと抱き寄せ、泣き止むまで待ってやった。

やがてアビィが落ち着いた頃、リオンはバツが悪そうに目を逸らしながら口を開く。


「あのさ、さっきは本当にすまなかった。あんな酷い事をして。」

「ううん。全然平気だよっ。私こそ、心配かけてごめんね。」

「なんだよそれ、お前は何も悪くないだろ?」


二人は顔を見合わせると、ぷーっと吹き出してしまう。

この時の二人は、まさに誰の目から見ても仲良しの兄妹のようであった。


「あはは!僕たち、意外と似たもの同士の兄妹だな!」

「そうだね♪」

「じゃ、早く家に帰るか。母さんが晩御飯を作ってくれるだろうからさ。」

「うんっ♪私、もうお腹ぺこぺこだよ〜」


二人は、笑顔でそんなやり取りをしつつ、手を繋いで坂道を歩いていく。

例えどれだけケンカをしようとも、自分の事を気にかけてくれる。

そんな、『大嫌い』なお兄ちゃんへのアビィの思いは、少しずつ、アビィの知らない胸の内で確かに変化を続けて行くのであった。


――余談だが、リオンのおやつを食べた犯人は、酒に酔っていたリンの仕業だった事が後から判明したそうな。

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