アルタナ・ファンタジア
ヨッシー
第1巻 旅立ち編
プロローグ 紅のカタストロフ
――空が赤く染まる。
天から地獄の火炎弾の雨が降り注ぎ、ネコ耳族の村人達は悲鳴を上げるまもなく、バタバタと行き倒れていく。
木でできた簡素な家など、この雨の中に立つ術などなかった。
「はぁ、はぁ…⋯この子だけは、私が…⋯守らない…⋯と…⋯」
毛布に大切な赤子を包んで走るネコ耳の女性。
美しいはずのピンク色の長い髪は、煤だらけになり灰色に染まっている。どこにでも居る、ただの村人。しかし残酷にも、無差別に放たれた火炎弾はその命を穿つ。
「⋯⋯ッ!」
爆発の衝撃で、民家の柱に打ち付けられた女性。
その額からは、たらたらと血の川が流れていく。
(ああ、私はもうお終いだわ。せめて、この子の将来を見届けていたかった…⋯)
消えゆく意識の中で、最愛の娘とほほえみ合う、平和な日常を描く。
(女神様…⋯私の代わりにどうか、どうかこの子を…⋯見守…⋯って――)
女性はガクッと項垂れ、そして、この世界から魂が消えていった。
しかし、死してなお、その腕の中には赤子を抱き続けた。
このような最期となって、母親として幸福であったのだろうか。
未だ悲鳴と爆発音が響く村の片隅で、ただただ静かな時が流れていった⋯⋯
――それからしばらく後、炎の道を闊歩する者がいた。
「申し上げますッ!カルス様!」
「何事だ?」
深紅のローブを着込み、黒きドラゴンの頭を模した長く巨大な両手杖を持つ者。
顔はフードで隠されているが、黒光りするドラゴンの角はフードを貫き天へと伸びる。
カルスと呼ばれた魔族に、精鋭の魔物の兵士が恭しく跪く。
「この村にあると噂の、古代の聖遺物の件ですが…⋯」
魔物の兵士は、地面に額を付けながらダラダラと冷や汗を流している。
「どうした?聖遺物を見つけたのなら、早く我の元へと持ってこい。」
「それが…⋯村中、我々の部隊、百部隊を挙げて捜索しましたが、手がかりすら掴めませんでしたッ!!」
「なんだと!?それは誠か!?」
カルスは、激昂と驚愕の入り交じった表情で、紅き瞳を開いた。
「この村に、地下ダンジョンの存在が示された文献があったはずであろう?まさか、それは見つけたのだろうな?」
「恐れながら…」
「チッ、無駄足だったと言うのか!」
カルスは酷く焦った様子で舌打ちをする。
「面目ありませんッ!どうか、どうかご容赦を――」
「もう良い。そなたも、報告誠に大義であった。さっさとこのような辺境の村の事など忘れて、城へと帰るぞ!全軍、撤収の準備をさせるのだっ!!」
「勿体なきお言葉…⋯!直ちに、全軍に伝達致します!」
尊敬すべき主の言葉に、兵士は大袈裟な歓喜の涙を流し、その場を後にした。
カルスはキョロキョロと見回し、周りに誰もいなくなった事を確認すると、地面に穴が開くほどの力で拳を叩きつけた。
「クソォッ!!わざわざこの我が、こんな辺境の地まで赴いてやったのに!何の成果もあげられないだと!?このままでは、魔王様に顔向けが出来ぬでは無いか!!」
怒りのあまり、その強大な魔力が抑えられなくなってしまったカルス。
そのまま、既に壊滅した村の瓦礫に向かって、深紅の炎雷を叩きつけた。
そして、禍々しい黒の電撃が走る扉を召喚し、姿をくらましてしまった。
数時間程が経ったであろうか。
『ネコ耳族の村が一つ壊滅した』そのような異常事態の報告を受け、人間の冒険者たちが大急ぎで駆けつけた。
「こ、これは、現実…⋯なのか…⋯?」
あまりにも凄惨な光景に、持っていた愛用の武器を落とし、膝から崩れ落ちる赤いバンダナを巻いた冒険者。
落ち込む彼の元に、パーティーの仲間も駆け寄ってくる。
「なあ、ここって確か、緑豊かな静かな村だったよな?」
「ああ。」
青いバンダナを右腕に巻いた冒険者は、何度も地図を確認する。
「お前、地図の読み間違えとかしてないよな?」
「ふざけるな!この俺を誰だと思っている!Bランクのベテラン冒険者だぞ!」
「だよなぁ。正直、お前がヘマしてくれた方が、今夜の酒の肴になっただろうに。現実ってのは、こんなにも残酷なのだな…⋯」
揃ってため息をつく2人。
「一応俺たち、生存者の確認をして来い、ってギルドの姉ちゃんに言われたんだが…⋯探すか?これ?」
生存者などいない。そう諦めた青バンダナの冒険者の頬を、相方が全力で引っぱたく。
ペシン!
静かな村に、平手打ちの音が木霊した。
「何すんだよテメェ!」
咄嗟に胸ぐらを掴みかかる冒険者。
「今、この場には俺たちしかいないんだ!俺たちが、俺たちだけが最後の希望なんだぞ!!何勝手に見捨てていやがるんだ!!」
胸ぐらを捕まれ宙に浮きながらも、赤バンダナの冒険者は熱く決意を言い放つ。
「こんな惨状だろうが、絶対に一人ぐらいは息があるやつが居るはずだ!探すぞ!お前がなんと言おうが、俺は探すからな!!」
あまりの熱意に、掴んでいた手を離し決意が伝播した青バンダナの冒険者。
「すまん。弱音なんか吐いちまってよぉ…⋯こうなったら、俺も全力で探してやる!」
「やっとその気になったか!よし、俺はあっちを見に行く!お前はこっちを――」
「あのさぁ…そこのバカ男共お二人さん?何勝手に盛り上がっちゃってるわけ?」
男の冒険者2人が盛り上がってる中、別で動いていた黄色いリボンの女の冒険者が冷ややかな視線を送る。
「おお、怖い怖い。そんなに怒っちゃ、せっかくの美人が台無しだ――」
「この子、まだ息があるから。じゃ、あとはよろしく。無能コンビさん達♪」
そう言って、ボロボロの毛布で丁寧に包まれた赤子を、青バンダナの仲間に雑に手渡す女性。
赤バンダナの冒険者は、自分に渡して貰えなかった悔しさを心の奥に押し込めたまま毛布を呆然と眺める。
「おいおい、こんなアッサリと…⋯」
「フン、茶番だな。さて、もう引き上げるとするか…⋯」
そこへ、緑のリボンを着けた小柄の女の冒険者がトコトコとのんびり走ってくる。
「ごめ〜ん、遅くなっちゃったぁ~はい、まだ生きていそうな子を見つけたから、治癒院まで連れてってあげてね♪あ、この子、まだ赤ん坊だから優しくしてあげてね。それと、私たちが見た限り、この村にはこの子たちしか生きている人が居なかったみたい〜」
「おっ!リーダーの俺にも待望の赤子がッ!」
「手が空いてたからだよ?じゃ、私キャンプに戻ってるね~」
終始緊張感の無い様子で、だがしれっと重要な情報を吐き捨てて、女性は仮に建てておいたキャンプの方へと引き返して行く。
「なあ。俺たち、来た意味あったか?」
「無いな。」
赤バンダナの冒険者の問いかけに、相方は素っ気なく返す。
「おっふ。そう言わないでくれよ〜悲しくなっちまうだろ〜?」
「気持ち悪い。さっさと、治癒院まで送るぞ。」
「ああ。だが、それにしても…」
男たちは、毛布に包まれた二人のネコ耳の赤ん坊を覗き込む。
片方はピンク色の髪の女の子、もう片方は黒い髪の男の子であった。
「やっぱネコ耳族の赤ん坊は可愛いよな〜俺も、ネコ耳族に産まれたかったぜ…⋯よしよし、いい子でちゅよ〜♪」
ニマニマとした表情で、毛布の中の男の子を撫でるリーダー格の冒険者。
「ますます気持ち悪い。ほれ、さっさと行くぞ。」
「はいはい。はぁ…⋯ギルドへの報告、面倒くさそうだなぁ…⋯」
そうして、四人の冒険者一行は、壊滅した村『アルフィリア』を後にした。
この村は、ネコ耳族が多く暮らす、自然豊かな、知る人ぞ知る秘境の村であった。
そんな村が、魔王の手先と思われる程強大な存在によって壊滅させられたことを報告された際、人間の冒険者ギルドの幹部たちは騒然とした。
その惨状のあまり、すぐに緘口令が敷かれたものの、噂を止めることは出来ず、あっという間に悲劇の噂が広まった。
人々は、この悲劇を、『紅のカタストロフ』と呼び、魔王への畏怖をより強めたのであった…⋯
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます