白魔

 ある晩、そろそろ寝ようかと、俺、須藤藤乃は洗面所で歯を磨いていた。

 うがいを終えたところで、小さな足音が聞こえた。

 洗面所の扉を開けたら、五歳の息子の藤也が二歳の双子の娘、桔花と蓮乃に挟まれて階段から下りてきたところだった。


「どうしたのさ」

「せまくて、ねられないよ!」


 藤也が怒った顔で言った。

 確かに妹たちにぎゅっと挟まれて狭そうで、笑ったら、藤也はますますむくれた顔になってしまう。


「桔花、蓮乃。お兄ちゃん寝られないから。自分のベッドで寝なさいよ」

「やら!」「こわい!」「さわられちゃう!」「さらられちゃう!」

「……何に?」


 ともかく二階へ連れて行こうとしたら、戸締まりしていた妻の花音ちゃんがやって来た。


「どうしたの?」

「さあ……触られちゃうのが怖くて寝られないんだって」

「さわられ……?」


 首を傾げる花音ちゃんも一緒に子どもたちを寝室まで連れて行った。


「藤也は自分のベッドに行きな」

「んー」


 ふわっとあくびをして、藤也は自分のベッドですぐ寝てしまった。

 妹たちに起こされただけだったんだろう。


「で、二人は?」


 双子から話を聞いていた花音ちゃんを見たら苦笑していた。


「夕方見ていたテレビで白魔っていうのをやっていて、それが怖いから藤也にくっついて寝ようとしたらしいよ」

「白魔って?」

「大雪のことです。雪国でたくさん雪が降ってくるのを『白魔に襲われる』みたいな使い方をするらしくて」


 知らなかった。

 うちのあたりは数年に一度降ればいい方だし。


「それを桔花と蓮乃は、白いお化けが来ると思ったらしくて」

「さわられちゃうの」「さらられちゃうの」

「さらわれると思ってるみたいです」

「ああ、だから藤也に掴まって、連れて行かれないようにしてたんだ」


 それでもみくちゃにされた藤也が、狭くて寝られないと起きてきたらしい。

 なんだかんだ、藤也は瑞希に似て面倒見がいいから、妹たちを放っておかなかったんだろう。


「じゃあ、一緒に寝ようか」

「ねる」「だっこ」「おにいちゃんは?」「さらられない?」

「一緒に寝てれば大丈夫」


 双子をベッドの真ん中に寝かせて、俺と花音ちゃんは両脇で寝る。

 俺は体が半分くらい藤也のベッドにはみ出ていて寒い。


「おやすみ」

「おやすみなさい」「おやすみなさい」


 双子はさっさと寝てしまった。


「花音ちゃんもおやすみ」

「おやすみなさい、藤乃さん」


 花音ちゃんが遠いのは寂しいけど仕方ない。

 子供たちの寝息に挟まれて目を閉じた。

 白魔はたぶん、当分来ない。

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