昴
その日、僕、江里理人は馴染みの花屋に顔を出した。
閉店間際だから、入り口近くのミニブーケは一つもないし、店内の花も半分近くなくなっている。
アレンジやリースも全部なくなっていた。
「こんばんは、藤乃さん」
「よお、理人。もう店じまいだよ」
「はい、通りがかったから藤乃さんの顔を見に来ただけです。……藤也くんはどうしたんですか?」
レジの締め作業をする藤乃さんの横で、息子の藤也くんがカウンターに突っ伏していた。
遅い時間だし、まだたしか幼稚園児だから疲れて寝ちゃったのかも。
藤乃さんは穏やかに笑って、藤也くんの頭を撫でた。
「ちょっと面白くないことがあってさ。拗ねてるんだ」
「うるさいなー」
藤也くんがムスッとした顔を上げて、藤乃さんの手を払った。
「すねてないもん」
「なら、さっさと家に帰ってごはん食べな」
「たべない」
藤也くんは、またプイッとそっぽを向いてしまった。
「悪いね、理人」
「いえいえ、不機嫌なことくらいありますから。そうだ、クリスマス明けなんですけど」
「正月飾りだろ? 仕入れてあるよ」
少し仕事の話をして店を出た。
……出ようとしたら、藤也くんが着いてきた。
「藤也、理人は帰るから」
「藤也くん、何かありましたか?」
「ないけど……」
藤也くんは俯いてしまった。
「藤乃さん、少しだけ散歩してきます」
「わかった。正月飾り、豪華にしとくよ」
「それよりレイラさんに贈るブーケをお願いしていいですか? レイラさんはものぐさだから手入れが楽なものを」
「はいはい、承知しましたよ」
藤乃さんに見送られて、藤也くんと外に出た。
夜空には星が瞬いている。
「ねえ、りひとはレイラとなかよくしてる?」
「レイラさんと呼んでください。してますよ」
「そっかあ」
「何かありましたか?」
藤也くんは黙っている。
並んで歩いて、僕が乗ってきた車までやってきた。
「みおちゃんがきたの」
「瑞希さんの奥様ですよね」
「うん。みおちゃんね、みずきがだいすきなんだ。……ぼくじゃなくて」
ああ、そういうことか。
彼は失恋したらしい。
「藤也くん、あそこに三つの星が並んでいるのが見えますか?」
「……うん?」
ようやく顔を上げた藤也くんにオリオン座の場所を教える。その先にあるおうし座のアルデバラン、そしてプレアデス星団。
「プレアデス星団は日本だとすばる星とも呼ばれています」
「ふうん」
「まあ、だから何だって話なんですけど。好きな人が自分を好きじゃないなんてよくあるし、オリオンはアルテミスと恋仲になった結果、アポロンの不興を買って射殺されています」
「こわい……」
「いつか藤也くんにも、君だけを好きになってくれる誰かが現れます」
「そなの?」
「ええ。君は藤乃さんの息子ですから。僕、君のお父さんが大好きです。だから君にも幸せになってほしいですね」
「……ふうん」
藤也くんは納得のいかないような顔で頷いた。
僕も自分が慰めるのがあまりに下手でびっくりしていた。
あの人はあんなにも僕を救ってくれたのに、僕はあの人にも、この子にも気の利いたこと一つ言えない。
「ねえ、りひと」
「なんですか?」
「すばる、みおちゃんからもみえるかな」
「見えると思いますよ」
「そっか。みえてるといいな。きれいだから」
この子はやっぱり、僕の大好きな人の息子だった。
見上げた昴は輝いていて、迎えに来た藤乃さんを照らしていた。
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