教会/賛美歌

 僕、江里理人が妻(予定)のレイラさんと歩いていたら、歌声が聞こえた。


「……賛美歌ですね」

「クリスマスが近いものね」


 レイラさんの視線を追うと、すぐ近くに教会があった。

 なんとなくソワソワしてしまう。

 僕と彼女は近々結婚予定だ。

 少し前まで、人前式にするか、教会にするか、式場併設のチャペルにするか、散々見て回っていた。

 結局、移動の手軽さから式場併設のチャペルにしたけど、やっぱり教会も捨て難かったかな。


「私、昔少しだけ教会に行っていたことがあるのよ」

「そうなんですか? 初耳です」

「ええ、初めて言いました。といっても、ミサの後のお菓子目当てにね。当時の仲のいい子がクリスチャンだったから、一緒にお菓子を食べて、教会の庭で遊んでたわ」


 レイラさんは微笑んで教会の建物を見上げていた。

 僕が彼女と出会ったとき、レイラさんはすでに社会人だった。

 だから子供の時のことも、学生の時のことも、レイラさんが教えてくれたことしか知らない。

 彼女の手を握り直した。


「レイラさんも、賛美歌を歌っていたんですか?」

「どうだったかしら」


 ふふっと笑って、レイラさんは僕を見た。


「たぶん、歌うふりをしていたか、ハミングで誤魔化していたと思う」

「レイラさんにも、そんな頃があったんですね」


 そう言うと、レイラさんは頷いてから僕の手を引いて歩き出した。


「それはそうよ。私、そんなに真面目な子どもじゃなかったもの」

「意外です。今はすごく真面目で落ち着いているじゃないですか」


 少し低い位置にある彼女の顔を覗き込んだ。


「あなた、本気で言ってるの?」


 レイラさんは笑って僕を見上げた。


「真面目で落ち着いた大人は、酔っ払ってマンションのゴミ捨て場で寝ないし、三食コンビニで済ませないし、結婚式を面倒くさがらないのよ」

「でも、あれ以降一度も泥酔しないし、僕と出会ってからは自炊してますし、面倒くさがりながらも式の準備は一緒にやってるじゃないですか」

「さあ、どうだったかしらね」


 レイラさんは唇を尖らせてそっぽを向いた。

 後ろから、風に乗って賛美歌が聞こえる。

 振り向いた彼女の髪が風で揺れてベールがかかっているように見えた。

 僕は早く、世界で一番綺麗な彼女に愛を誓いたい。

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