脳筋都市国家に飛ばされた男が「詩人」として成功するためのたったひとつの方法

キュノスーラ

第1話 待ち人来たる

 荒野に、一本の道が伸びている。

 陽炎かげろうがゆらめく暑さである。

 照りつける陽光は、ごつごつした土の道から全ての水分を消しとばし、あらゆるものの影を大地に焼きつけてしまいそうだった。


 それでも、生命力旺盛な植物たちは岩がちな地面をおおって茂り、大ういきょうナルテークスやアザミ、名も分からぬ背の高い草などが、そこらじゅうにかたまって生えている。

 そこへ突然、


「ホゥッ!」


 と声をあげ、茂みのひとつを割って、勢いよく道に飛び出した人影があった。

 若い女だ。

 彼女とすれ違う者が、十人いたとすれば、九人までは、目をそらして急ぎ足で通りすぎ、あとの一人は、目を丸くして凝視し、いったん行きすぎてから、もう一度振りかえって見るだろう。

 それくらい、女だった。


 はだしで、毛織の肌着キトン一枚を身にまとっている。

 ここまでは、この地方では珍しくもない姿だったが、衣の丈が、やけに短い。

 布地の仕立てはふつうだった。

 つまり、本人の背が高いのだ。


 ここまでずっと茂みを突っ切ってきたのか、その衣のあらゆるところに、とげとげした草の種がくっついている。

 だが、彼女はそれを気にする様子もなく、つまさきだって、道の伸びてゆく先を見た。

 邪魔そうにかきのけた黒く長い髪は、豊かではあったが、ぼさぼさで、手入れのあとが見えない。


 そして、彼女の見た目をさらに強く印象付けるものは、腰にぶら下げた、一丁のおのだった。

 飾りものではない。

 実用品だ。

 その証拠に、握りの部分が黒ずみ、つやつやと光っている。


 野山を駆け巡り、獣を引き裂くというディオニューソス神の信女マイナスだろうか?

 だが、彼女は、忘我の状態におちいっているわけではなかった。

 きらきらと光る黒い目には、明らかに、彼女自身の意志がある。

 その目の上に手をかざしながら、彼女は限界まで伸びあがって、道の伸びてゆく先を見つめ、


「まだ、こないなあ」


 と声に出して言い、


「よし!」


 と叫ぶや、あっというまに道をはずれて走り出した。

 とげのある草も気にせず踏みつぶし、風のように走り抜けてゆく。

 彼女は、たちまち一本のオリーブの大木の根元にたどりつくと、迷いなくその太い幹に取りつき、樹皮の割れ目にがっちりと指をかけて、すばやくよじ登っていった。

 高い枝の上まで、あっという間に登りつめ、銀色の葉裏も美しいオリーブの梢をかき分けて、もう一度、道の先に目を凝らす。

 強い光と、乾ききった大気の下で、すべてのものの輪郭と陰影とが、くっきりときわだって見えた。

 広がる荒れ地と、峻険しゅんけんな山々。

 人間にとっては、厳しい土地であった。


「うわー! きれい!」


 彼女はそう叫んだ。

 実のところ、彼女は、昨日もここに来て、この木に登り、そう叫んでいたのだった。

 その前の日にも。

 また、その前の日にも。


「とっても、きれいだなあ!」


 だれも聞いていない。

 周囲には、見渡すかぎり、だれもいないのだから。

 それでも、彼女はにこにこしながらそう叫び、飽きることなくその風景を眺めつづけた。

 何のためにそうしているのか忘れるほど、眺めつづけているうちに、


「お?」


 彼女は、不意に、顔を前に突き出し、大きな目を転げ落ちそうなほどに見開いて、伸びてゆく道の先を見つめた。

 あれは……陽炎かげろうのゆらぎか?

 強すぎる陽光に、目がちらついているのだろうか?


 いや、違う。

 遥か遠く、道の先に、まるでありのように小さく、いくつかの人影がうごめいている。


「……きた」


 顔じゅうに、輝くような笑みが広がる。


「帰ってきたあ!」


 歓喜の叫びをあげると、彼女は、ひょうのような身ごなしで木から飛び下り、すさまじい速さで駆け出した。

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