2話
「うぅ……頭が…ボーッとする………」
明日未はベンチに腰掛けたまま、うつける頭を抱えなんとか心を落ち着かせる
「…………」
チラリと視界の端に映る'それ'を見る
そこにはその公園には似つかわしくない物々しい装置が悠然と構えられていた
「…………あはは……ウケる……」
思わず乾いた笑い声が漏れ出てしまう
おもむろにスマホをポケットから取り出す
電源ボタンを押すが画面はうんともすんとも言わない
「………………」
ふと左手首につけていた腕時計を見る
そこに表示されていた日付を見て、明日未は青ざめる
2005/7/14/15:25
「あ………えーーっと…………んーー………ん……?」
深く息を吸い、空を仰いだあともう一度腕時計を見る
2005/7/14/15:25
「…………マジ…………?」
明日未は自身が生きている時代からちょうど20年前……
自分が生まれるよりも更に前の世界にいることを直感的に理解した
2005年7月14日15時33分………
明日未は公園から出てしばらく歩き町へ出た
そこは真っ直ぐ進めば最寄りの駅へと辿り着く周囲には様々な店が立ち並ぶ大通りだ
時間帯から下校中の学生がちらほらといたり、散歩している老人や外回りをしているスーツを着たサラリーマンが行き交っている
だがそれは明日未が見慣れた光景とは決定的にかけ離れていた
まず誰一人としてスマートフォンを持っていない
ほとんどの人々が手に持っているのはスマートフォンではなく2025年では全くと言っていいほど見かけなくなった二つ折りの携帯、フィーチャーフォン…すなわちガラケーである
「…………」
信じられないという表情で通り過ぎる人々が持つガラケーを凝視する明日未
明日未が最後に見たのは小学生になったばかりの頃、父親が使っていた時であった
そんな追憶の遺物を目の前で大人や高齢者だけでなく同年代の中高生も両手で握り締め、真剣な顔で小さなボタンを押して操作している
特に中高生のガラケーには見たこともないでかい尻尾のようなストラップや樹脂できたカラフルなストラップの塊をジャラジャラと揺らしている
そして自身と同い年程度の女子高生は今どき珍しい分厚いルーズソックスで闊歩していた
「へ、平成レトロってやつ………?」
半ば現実逃避気味に呟き、呆然と立ち尽くす明日未に荒っぽい中年女性の声がかかる
「ちょっとお嬢ちゃん!邪魔よ!」
「わっ…!?ご、ごめんなさい…!」
横に捌けた明日未の脇をしかめっ面のまま通り過ぎていく中年女性
明日未は通行の妨げにならないよう道の端へと移動する
道行く人々はどこに急いでるのかツカツカと早歩きで行き交っていた
その時ふと地面に落ちている映画のチラシが目に映る
そのチラシを拾い上げ、まじまじと見る明日未
今では配信サイトの隅にある作品が誰も結末を知らない名作として期待を集めているような
その大々的な煽り文句が描かれているそのチラシの上映日を見た
その瞬間、明日未は全身の血の気が引く感覚に襲われた
2005年12月17日………
「マジで……20年前の世界に……」
その世界のいたるところにある情報から過去にタイムスリップしてしまったことを確信したと同時に周囲を再び見渡す
見慣れた建物はほとんどなく、見知ったスーパーやコンビニは記憶にない全く別の店に変わっていた。いや、変わったのではない、過去の姿に戻っているのだ
見知ったはずの住宅街はなくそこは雑草が広く生い茂る空き地でランドセルを背負った子供達が甲高い声を上げながら無邪気に駆け回っている
ほんの僅かに残った記憶にある古びた建物は明日未が見ていた時よりもずっと綺麗で新築同然であった
そして目を凝らした先の遠景には、明日未の記憶では災害によって損壊し、既に撤去されてなくなっていたはずの巨大な風力タービンがぐるぐると不気味なまでにゆっくり回転しているのが見えた
ほとんどが自分の記憶にない過去の世界に佇むことしかできない現状に明日未の胸の中でふつふつと不安が湧き上がりはじめた
(どうしよう…………)
自分が生まれるよりも前の世界に来た歴史的感動などはなく、明日未はただ途方に暮れていた
この世界には'東雲明日未'を知るものが誰一人存在していない
帰る場所もなく頼れる人もおらず、ただ一人自分だけが自分であることしか知らない世界に置いてけぼりにされている
その状況を認識した途端、底無しの孤独と恐怖が明日未に襲いかかった
(どうしよう……どうしようどうしよう…!)
思わずその場でしゃがみ込んでしまう明日未
近くを通る人々は心配そうにこちらの様子を見たり、何も見ていないかのようにそのまま通り過ぎていく
「…………さよちぃ……」
元の世界にいた親友の名前をポツリとつぶやく
その小夜ですら、この世界では明日未のことを欠片も知り得ていない
知る由もないのだ
じわりと目元から涙が溢れ出す
周囲に人はいるはずなのに、明日未の心は真っ暗闇の中で孤独に染まり、透明な檻に閉じ込められたようだった
道端の端っこでうずくまり涙をこぼし震えるその姿は母親とはぐれ迷子になった幼子そのものであった
「……………あ……」
その時、ふと小夜が言っていた事を思い出す
自分よりもずっと年上で、誰よりも包容力のあった大人の小夜がなぜだか寂しそうに言っていた言葉
『今の君と同じ……17歳の時だよ………』
「そうだ………この世界のさよちぃは………」
明日未はこの時代の小夜が自分と同じ高校生であることを思い出した
たった一人で彷徨うことしかできなかった明日未にとってそれは唯一の希望だった
その瞬間、明日未は意を決してその場で立ち上がった
「………探そう……!さよちぃを…!」
時空を超えて迷子になった少女の瞳に、未来を切り拓く強い光が宿った
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