異世界モンスターテイマーサバイバル

凸凹珊瑚

プロローグ 子犬と俺の後悔

 子どもの頃の記憶だ。

 忘れようとしても、何度でも夢に出てくる。


「やめてっ……! 連れていかないで……!」


 かすれて裏返った叫び声が、静かな住宅街にひびいた。

 声を上げているのは、小学生くらいの小さな男の子――あの頃の俺だ。


 作業着姿の男の人は、少しだけ困ったように眉を寄せた。

 けれど、俺とは目を合わせない。無言のままキャリーケースを持ち上げ、白い車の後部座席に押し込む。


 金属がこすれる音。鈍いドアの閉まる音。


 その一瞬、ケースの中の子犬と目が合った気がした。

 小さく尻尾を振って、「大丈夫だよ」とでも言うみたいに。


 追いかけなかった。

 掴みかからなかった。

「やめてください」と、もう一度、言い張りもしなかった。


 ただ、それだけのことを。

 俺は今でも、何度も夢に見る。


 逃げたのは、子犬じゃない。俺の方だ。


 ◇


「……また、この夢か」


 見慣れた天井を見上げながら、ため息をひとつ吐く。


 日野結人。大学二年生。

 成績は中の中。友達は数人。夜は飲食店でバイト。

 どこにでもいる、ごく普通の学生だ。

 ――一つだけ、忘れられない記憶を持っている以外は。


 あの日から、動物が苦手になったわけじゃない。

 むしろ今でも好きだ。動物園や猫カフェに行けば、普通に楽しい。


 ただ、「飼う」とか「預かる」とか、一歩踏み込むことだけは、ずっと避けてきた。


 また、守れなかったらどうするのか。

 あの時みたいに、何もできずに立ち尽くしたら――そう考えると、足がすくむ。


「……昼、どうすっかな。夜はバイトだし」


 寝癖を撫でつけて部屋を出る。

 カップ麺でも買いに行こうと、近所のスーパーへ向かって歩き出したときだった。


 ――キュ。


 か細い鳴き声が、車の走る音の隙間から聞こえた気がした。


「……今の、鳥?」


 足を止める。

 街路樹の根元、アスファルトとの境目。小さな影がうずくまっている。


 近づいてみると、羽を傷めた鳥だった。

 翼を片方だらりと下げ、息は浅く、目だけがこちらをじっと見ている。


 見たことのない種類の鳥だ。


 猛禽類に近い。一枚だけ金色の羽が混ざった黄褐色の鳥。姿としてはタカとかワシに近いだろうか。


 胸の奥がざわつく。


(また、見なかったふりをするのか?)


 足が動かない。

 いままでなら、このまま通り過ぎたかもしれない。


 でも、今日はあの夢を。

 忘れられない記憶を思い出したばかりだ。

 頭の中で、あの白い車のドアが閉まる音が蘇る。


「……っ」


 気づけば、スーパーで段ボール箱をもらっていた。

 スマホで近くの動物病院を検索し、箱ごと抱えて走る。


 診察室で、獣医が淡々と告げた。


「見たことのない種ですね。検査と処置をしてみますが……診療は自己負担なので、二万円ほどかかります」


「二万……」

(今月、終わった)


 財布の中身をざっと数える。

 数えなくても分かっていた。今月の残りが、ほぼ消える額だ。


 それでも、口から出たのは別の言葉だった。


「お願いします」


 サインをして、預けて、診察室を出る。

 受付の前でふと振り返ると、ケージ越しに鳥と目が合った。


 夕陽を閉じ込めたような琥珀色の瞳。

 何かを訴えるような、どこか安心したような、不思議な目だ。


「……また、明日来るよ」


ケージ越しなのに、

鳥の瞳が、まるで言葉を理解しているみたいに揺れた。


 小さくそう告げて、病院を後にした。


 財布は軽くなった。

 でも、その夜は久しぶりに、あの夢を見なかった。


 この時の俺はまだ知らない。


 あのとき手を伸ばしたことが。

 今度は俺の運命をごっそり書き換えて、失うものと同じくらい、大事な何かをくれる場所――

 見たこともない世界へと、まっすぐ繋がっているなんて。










――――――――――――――――――――――

はじめまして。凸凹珊瑚といいます。


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次話からは、異世界要素満点です!!

お楽しみください。

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