縁 ーENISHIー

翠月るるな

前編

たける! ごめんね? 待った?」


 渋谷のハチ公前。艶やかな黒髪を揺らして、駆けていく女性がいる。その声に応えて、正面の男性が片手を上げて迎えるように動き出した。


「……」


 一方で、その光景に目を留め足を止めた男性がいる。耳下まで伸びた焦げ茶の髪に、黒い目をした二十歳前後の青年。


 彼は、二人の知り合いだった。


 久々に見かけた元カノと、久しく会ってなかった友人。


 だけどその直後、ツキンッと痛むこめかみ。それと同時に、遥か遠くに押し込められていた記憶が蘇った。青年はふらつき、近くの壁に手をつく。


「……っ!」


 夢に似ていて、けれどと頭が理解している。それは遥か遠い時間の記憶。数年前なんて話ではなかった。


 幻のような曖昧な──遠い遠い過去の出来事。


 薄い白いモヤに包まれて、黒い人影が影絵のように浮かび上がる。


 ー 負けた方は二度と…… ー


 微かな声がかすめた。青年が呟く。


「尊……か?」


 白い薄煙の中での会話。その相手の姿をハッキリ覚えていないのに、それが先ほどの友人だと何故か確信していた。


 そのとき彼は、承諾を返した、ような気がしていた……──。



 その不思議な感覚にぼんやりしていると、横から明るい声がする。


「亮、どうした? 早くいこうぜっ!」


 いきなり肩へ手を回されて、のしかかる体重に思わずよろけてしまった。


「っ!」

「って、あれ? 須崎と尊じゃん! 久しぶりだよな。声かけるか?」

「おい達也、驚かせるなよ」


 唐突に現実が戻ってくる。一緒にいた達也に思い切りジト目で見ると、彼は「ごめんごめん」と軽く言う。そしてすぐ続けた。


「それより、声かけないのか? 行っちゃうぞ?」


 聞かれて、再度視線を戻す。達也の言葉に一瞬迷いながらも「そうだな」と返して、足を踏み出そうとした。


「!」


 ──でも出来なかった。


 まるで、近づくことを許されないかのように体が動かない。


 再度、耳に響く声。


ー 負けた方は二度と……二度とえにしが交わらない ー


 ああ、そうか。俺は──負けたのか。


 胸にじわりと広がる敗北感。達也が顔を覗き込む。


「亮一?」

「あー……ごめん。やっぱいい。今日はやめとくよ。二人の邪魔するのも気が引けるし」

「ふ~ん? まあ、そうか。そうだよな。んじゃ、新しく出来たビルでも行かね? なんかゲームフロアがあるらしいって」


 思い出すような言葉に、乗っかる形で会話を続ける。


「ゲームフロア? ゲーセンかよ」

「違うって。ソフトも売ってるって。なんかゲーム会社とコラボったらしい」

「へえ。コラボ、ね」


 聞きながらも視界の端で、尊たちが歩き出すのが見えた。人込みに紛れながら、こちらへ来るようだ。


 その距離に、わずかに緊張する。


 隣を歩く達也はそれに気づかないまま、あーだこーだ言っていた。ゲームフロアの話から派生して、今では欲しいゲームの話に移っていた。


 でも全くと言っていいほど、それが耳に入らない。それよりも、直前に掠めた記憶がより鮮明に思い出されていく。


 俺は──元カノの友梨に、前世でも惹かれていた。


 だがそのとき、結ばれることはなかった。すでに彼女は……今と同じように尊の魂を持つ男の妻になっていたから。


 それが不満で尊に訴えたのが、きっかけだった。


『出会った順番って、絶対あると思うんだけど』


 前の生を終えて、次の生を受けるまでの短い時間、薄煙の中でアイツを見つけて訴えた。


 数多の魂が行き交う世界で、出会えたのはきっとまだ縁が繋がっていたから。


 だが見つけたアイツは、シレッと返した。


『今さらそれ言ってもな』

『今だから言ってるんだよ』

『?』

『次の人生、彼女が結ばれるはずの相手の中で一番始めに出逢えるようにしてもらおうかと思ってるんだ』


 必死で訴える。今を逃したらもう機会はない。アイツは、ほんの少し間を空けて『へえ…』と短く言う。


 その時、彼が何を考えていたのか、俺は気にも止めなかった。


 ただ、次の生への期待に心が躍っていた。そのせいかもしれない。彼からの申し出を受けたのは。


 彼は『それなら』と続けた。

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