第4話 貴女の一番の友達

 それから、私は針に糸を紡ぎ続けました。少しずつ、少しずつ、傷口が塞がっていきます。その間、私はずっと眠り続ける貴女に話かけていました。貴女に髪を撫でられて嬉しかったこと。貴女のいろんな気持ちを、全部受け止めてあげられて誇らしいこと。針を縫うごとに、マキナが修復されていく。


「私が直してしまったら、貴女は私を必要としなくなるかもしれません。それでも――私は、貴女に生きてほしい」


 マキナは目を瞑り、何も答えません。ですが、きっと届いている。かつて、貴女がそうしてくれたように、私は貴女に話し続けました。世界が、少しずつほどけていく。星が、月が、姿を消していく。ガタガタと窓枠が震える音が部屋に落ちる。夜明けは、近い。


 ――大丈夫、大丈夫。きっと上手くいく。


 貴女は私を抱きしめて、ずっとそう囁いていましたよね。貴女は手術に怯えていた。私は、貴女の傍にいることしか出来なかった。震えるあなたをそっと抱きしめることも出来なかった。それが、すごく悲しかった。私は人形だから。外では人形たちが動きを止めています。まるでゼンマイが切れたかのように。世界から、温もりが消えていく。


 でも、今はこうして、私は貴女に語り掛けることが出来る。私の気持ちを伝えることが出来る。愛してくれてありがとう、マキナ。私は貴女がくれた幸せを、少しでも分けてあげたい。だから、私はこうして糸を紡ぐのです。貴女の鼓動を縫い合わせていくのです。


 ――それが、私たち人形の使命だから。


 私の、失われていた記憶が少しずつ、泡沫となって溢れてくる。

 私の髪を梳いてくれた日もあった。

 着せ替え遊びをした日も、ままごとをした日も。

 ぎこちない手つきだったけれど、それがとても愛しかった。


 ――貴女と遊んだ記憶、その最後の一欠片。


 私は貴女のお人形。幸せな、貴女だけのお人形、ライラ。

 私の名前は、ライラ。貴女がくれた、大切な名前。


 最後の針を通して、傷が閉じる。ひび割れた箇所が光を放ち、まっさらな肌に塗り替えられていく。白く滑らかな陶磁の肌。触れると、蜘蛛の巣のような跡が出来ていました。傷は、完全には直りませんでした。痕になってしまった。それが、少し、気がかりでした。

 でも、目を覚ました貴女は、その黒曜石の瞳に光が宿っていました。目を開けて、私に微笑んだような気がして。

 そして、確かに、言ったのです。貴女は私の目を見て、唇を震わせながら確かに紡いでくれたのです。


「ありがとう。あなたライラは、私の一番の友達だよ」


 私は人形です。心臓は無いし、涙も流せません。ですが、この時、涙がこぼれていました。胸の奥が熱く高鳴り、私の目に、涙が流れていたのです。


 ――ええ、こちらこそ。マキナ。


 私は、使命を果たせていたでしょうか。

 私は、貴女の支えになれていたでしょうか。

 私に、意味はあったでしょうか。


 部屋は音も無く崩れていきます。星が、一つ。また一つと消えていき、空が白んでいく。たくさん浮かんでいたお月様も、今は一つしかありません。人形の国が崩れていく。傷ついた人形たちが光の粒子となって消えていく。私は、微笑むマキナをそっと抱き寄せました。腕が余るほど小さな背中。サラサラと揺れる絹のような髪が、私の無機質な手に触れました。


「マキナ。大好きです」


 ――貴女の目覚めが、孤独をそっと溶かす、優しい光になりますように


 貴女と話せて、本当によかった。ここに来て、心からよかったと、そう思います。マキナ。私の、一番の友達。

 そして、私は光に包まれ――貴女の元へと還っていったのです。


つづく

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