第22首 首姫は、王子に“正しい処刑”を教える



 礼拝堂の裏庭。


 誰も使わない

 古い断頭台があった。


 祭のための台ではなく、

 訓練用の台。


 レオンはそこに立たされる。


 カイが息を呑む。


「殿下、まさか……」


「切らない」


 レオンは即答した。


「学ぶだけだ」


 首姫の気配は、

 台の上に漂っていた。


 誰も見えないのに、

 そこだけ空気が白い。


「ねえ、王子さま」


 首姫が囁く。


「“正しい処刑”って知ってる?」


「知らない」


「じゃあ教える」


 姫の声は

 無邪気なほど明るい。


「まずね、

 処刑っていうのは

 “誰かを殺す儀式”じゃないの」


「……?」


「“誰かを生かす儀式”」


 レオンが眉を寄せる。


「どういう意味だ」


「簡単」


 首姫は笑う。


「観客が

 自分の首に触って

 安心するための儀式」


 カイが目を逸らす。


 思い当たる。

 歓声。

 祝祭。

 拍手。


 あの瞬間、

 誰もが

 自分の首を守った気になっていた。


「ねえ王子さま」


 首姫の声が

 少しだけ低くなる。


「だから“正しい処刑”はね」


 一拍。


「観客の首から

 落とすの」


 空気が凍る。


「……何だと」


「観客が

 拍手した瞬間の首」


 首姫は静かに言った。


「“自分は安全だ”って

 思った首を」


 レオンは

 言葉を失う。


 それは処刑の否定じゃない。

 “処刑の核心”だ。


 レオンは理解する。


 首姫は復讐者ではない。


 この国の

 首の論理そのもの。


 祈り。

 棚。

 帳簿。

 順番。


 全部を

 “ひとつの正しさ”として

 笑っている。


「……首姫」


 レオンが言う。


「お前の目的は

 王を殺すことか」


「ううん」


 即答。


「もっと綺麗」


 少女の声が

 楽しげに弾んだ。


「“首の正しさ”を

 全部同じ重さに戻すだけ」


「同じ重さ……?」


「うん」


 首姫は

 優しく言った。


「王子の首も、

 神官の首も、

 子どもの首も」


「同じ?」


「同じ」


 カイが

 喉を鳴らす。


「それって……

 全員、落ちるってことじゃ」


「うん」


 首姫は

 笑った。


「だから面白いの」


 レオンは

 その笑いを

 真正面から受け止める。


「じゃあ俺は」


 声が静かに燃える。


「“同じ重さ”にする前に

 “正しい数え方”を壊す」


 首姫は

 くすっと笑った。


「いいね」


 その声は

 褒美のようだった。


「じゃあ次は、

 ミナの首だよ」


 レオンの心臓が

 冷える。


「ミナ?」


「前夜」


 首姫が囁く。


「ミナの首が

 消える」

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