第12首 首になった姫と、王子の最初の会話



 丘の下の死体置き場から、さらに奥へ。


 カイが持つランプの灯りだけを頼りに、三人は狭い地下通路を進んだ。

 先頭が処刑人見習いのカイ、その少し後ろに王子レオン。

 一番後ろから、無言の処刑人ガルドがついてくる。


 やがて通路が開けた。


 石を積んだだけの、小さな部屋。

 礼拝堂よりも深い、城の誰も知らない場所。


 部屋の中央に、粗末な台。

 その上に乗った丸いものを、白布がすっぽり覆っている。


 形を見ただけで、レオンにはわかった。


(……首だ)


 あの日、処刑台の上から転がり落ちた「それ」と同じ高さ。

 同じ大きさ。

 ただ違うのは、いまそれが“祀られている”ということだけ。


「ここが、首を祀る部屋です」


 カイが振り返る。

 顔は強張っていた。


「王子。ここから先で見るもの、聞くことは……王国の“首の掟”そのものです。

 引き返すなら、今です」


「引き返さない」


 レオンは遮るように言った。


「ここまで来て目をそらす方が、王族として恥だ」


 ほんの一瞬、カイの目が揺れ、すぐに沈む。


「……承知しました」


 ガルドは壁にもたれ、何も言わず二人を見ているだけだ。


     ◇


「まず、“首の種類”の話からです」


 カイは台の横に立ち、淡々と口を開いた。


「この国には四種類の首があると言われています。

 斬る側の首。斬られる側の首。

 見て見ぬふりをする首。……そして、“見てしまった首”。」


「斬る側が、処刑人。斬られる側が罪人」


「表向きは、です」


 カイの目が、焚き火もない暗闇で細く光る。


「本当に厄介なのは三つ目と四つ目。

 血の匂いを知りながら、目を逸らす首。

 そして、一度でも『本当は誰が斬られたのか』を見てしまった首です」


 その言葉に、レオンの喉がひくりと動いた。


 処刑台の上。

 白百合姫の首が飛んだ瞬間。

 歓声の中で、最後まで目をそらさなかったのは、自分だけだった。


「“見てしまった首”は、放っておくと狂います。

 だから本来、王族は処刑台の近くに立つことさえ禁じられている」


「それでも俺は、見た」


 レオンは、自分の首筋にそっと指を当てる。


「線を授けたのは、そちらだ」


 礼拝堂で刻まれた、細い印。

 それは、首を「物語の側」に引きずる線。


「“線の入った首”だけが、首の音と声を聞く。そう教わった」


「……ええ」


 カイの返事は重かった。


「だからこそ、ここにお連れしたんです」


 そのとき。


「レオン」


 布の下から、声がした。


 時間が、ぱきりと割れた。


 心臓が跳ねる。


 あの日、断頭台の上で飛んだ首。

 血を浴びながら笑っていた王女の顔。


 その口が、今、はっきりと自分の名を呼んだ。


 隣を見る。


 ガルドは、何も聞こえていない顔で壁にもたれていた。

 視線だけが少し鋭くなったが、布の下を警戒しているだけだ。


(……聞こえないのか)


 礼拝堂で神官が言った言葉が蘇る。


──首の声が届くのは、“線の入った首”だけ。


「……今の声は」


 レオンが絞り出すように問うと、布がかすかに震えた。


「久しぶりね、レオン」


 今度ははっきりと、女の声がする。


「処刑台の上のときより、顔色が悪いわよ?」


 喉の奥が、ひゅっと細くなった。


「覚えて……いるのか」


「もちろん」


 布の中で、誰かが首を傾げる。


「あなたが、最後まで見ていたこと。

 目を逸らしたくて、でも逸らさなかったこと。

 私が落ちる瞬間に、ちゃんと“見てしまった首”だったこと」


 レオンは拳を握りしめた。


「目を逸らせなかっただけだ」


「それでいいの」


 くすりと、笑い声。


「見て見ぬふりをする首は、最初からここには連れてこられないわ。

 いまここにいるってことは、あなたの首はもう──」


「姫様」


 カイが布の上からそっと手を押さえた。


「言いすぎです」


「わかってるわ、カイ」


 布越しに、彼の名を呼ぶ声。


「“首になった姫”なんて、本当は存在してはいけないもの。

 私のことは、王子にも、半分くらい嘘で説明しておいて」


 ガルドの眉がわずかに動いた。

 言葉だけは聞き取れているが、声の主まで結びついていない顔だ。


「レオン」


 再び、名を呼ばれる。


「ここであなたにお願いしたいのは、たったひとつ。

 王子としてじゃなくて──」


 布の中で、誰かが笑う。


「一人の“見てしまった首”として、ここにいてくれる?」


 問いというより、招待に近い声だった。


 逃げることもできる。

 知らないふりをして、礼拝堂の祈りに紛れることもできる。


 でも、一度ここで背を向けたら、二度と自分の首から目をそらせなくなる。


 レオンは、ゆっくり目を閉じ、開いた。


「……わかった」


 台の上の白布を、まっすぐに見据える。


「ここにいる。

 王子としても、“見てしまった首”としても。

 お前の声が届く限りは」


 布の中で、小さく息を呑む気配がした。


 カイは、誰にも聞こえないくらい小さくため息をつく。


(ほんとは、王子をこんな場所に連れてきたくなかったんですけどね)


 でも、線が入ってしまった首は、いずれここに辿り着く。

 ならせめて、自分の目の届くところで。


 ガルドだけが、まだ物語の外側に立っているように見えた。


 けれど、この地下室で交わされた言葉が、いずれ彼の首にも線を引くことになる──その未来を、この場の誰もまだ知らない。


 こうして、「首になった姫」と「線を持つ王子」の、最初の会話は終わった。

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