第3話 「巣ごもり雛、外界に出て思う」 ~その1~
幼子に「物の価値」を理解しろと言っても、それは無理な話だろう。
きれいか、きたないか
かわいいか、かわいくないか
おいしいか、まずいか
その判断基準しか、無いと思う。
私の子供の時の家族構成を簡単に述べさせて頂きますと
祖母 : 父の母、明治26年生(1893年)
父 : 昭和5年生(1930年)
母 : 昭和11年生(1936年)
兄 : 昭和38年生(1963年)
姉 : 昭和39年生(1964年)
私 : 昭和43年生(1968年)
そんな家族構成です。
時は高度経済成長期、苦しい戦争と終戦の敗北から立ち直った…
と言うか、押さえつけられていた色々なものが弾けて弾け飛んで
いたかもしれない、昭和の後半戦。
戦前の価値観と戦後の価値観が、入り乱れてせめぎ合っていた
そんな中で生まれ育った自覚はある。
うちの家の食べ物の「ランク」を気にしたことは無かった。
18歳で家を出るまではだ。
ただ、世代の違いで
「親兄弟が食えても私だけ食べられ無かった」
ものは少なくなかった。
まずはその一部を列挙したい。
・鯨のベーコン
・しめ鯖の寿司
・イナゴの佃煮
・ドジョウ汁
・とろろ汁
・ホヤ
・ウニ
思いつくのはこんな感じ。
大人になって食べられるようになったのは、ホヤとウニかな。
特にウニは、私が幼少期の夏、気仙沼の旅館に夕飯に出た。
身を割られてなお、針が動いている鮮度の「活ウニ」が出た。
それを少し食べてみたが、当時舌には合わず、親にあげた。
ホヤは好みが大きく分かれる食材だ。
家では酢醤油と刻んだ大葉を混ぜるていたが、これも臭いで
ギブアップ。
どちらも大人になって味の深さに気付く。
たぶん、酒が吞めるようになったからかなぁ。
鯨ベーコンは、私の幼少期はドンブリ一杯の量が300-400円で売られていた。
いわゆる庶民の味方だったが、今現在は高級品だ。
でも私は、その油の匂いが苦手で、箸をつけないどころが茶の間にも入らなかった。
今はもう、別の意味で食べられ無い。
ここまで書いて読んで、随分ワガママなガキだと感じる。
しかしこのおガキさんのワガママは、まだ続くんじゃよ。
次は、美味しいと感じていたが「価値」に気づかなかった食材
を、上げる前に我が家の事情ざっと説明。
父は公務員だった。
他者との交流を重きに置いている人で「家族サービス」の文字は
父の辞書に無かったろうくらい、身内の扱いは雑だった。
父の通いの小料理屋があった。もちろん他者を接待するための場所だ。
家族もたまーに連れて行ってもらえて、そこそこの物は食わされたと思う。
その小料理屋が他の町に移転し、父と小料理屋の蜜月は終わった。
次に父が通ったのは寿司屋だ。ここでは「Y寿司」と呼ぼう。
父は自分で食を楽しむというよりは「
させることが目的で、しょっちゅうY寿司に通って「ご馳走」していた。
まあ幼子の私には、そんな世界まだ理解できなかった。
年末になると、Y寿司から毎年食材が送られる。
内容は以下の通り
・毛蟹たくさん
・イクラいっぱい
・アワビもあるよ!
・ホタテもどうぞ!
ようはお得意さんを手放さない為のお届け物だ。
また当店をご利用くださいの、挨拶の品だ。
しかし子供にはそんな大人の事情は理解できない。
Y寿司の店長さんありがとう!!くらいにしか感じない。
なので、年の暮れにはまず、茹でられた毛蟹が
ザル一杯山盛りに出る。
毛蟹は確かに美味しい。身がプリプリしていて
味噌はコクと旋律さを兼ね揃えている。
しかし不満はあった。
毛蟹は表面がトゲトゲしていて剥きにくい
トゲが刺さって指から血が出る事もしばしばだ
なのでテレビでみる、ズワイやタラバのような
甲羅にトゲが無い蟹を食べてみたかった。
父にお願いしたが「俺は毛蟹が好き」で一蹴された。
アワビは蒸したものが好きだった。
なので食卓にアワビの刺身が出たとき私は
「これ堅い、蒸して」
と母に注文つけて蒸してもらった。
ホタテは七輪で焼いて、殻が開くとバターと醤油を入れて食べた。
貝類は多く出た。どれも好きだった。
てか、子供の脳味噌では
ホタテもアワビもシジミもアサリもハマグリもカラス貝も
「みんな同じ『貝』」
程度の認識力しかなかった。
カラス貝を知っているでしょうか?
長めのちょっと大きい二枚貝で、名前の通り真っ黒な殻
時期になると大量のカラス貝の煮つけが食卓には出た。
こいつなんだかいつの間にか「ムール貝」なんて洒落た名前になって
パエリアの上で鎮座する立場になっていた。
イクラは醤油と酒に漬けこんで食卓に出た。
粒が大きく歯ごたえも旨味もあるイクラ。
現在スーパーで売っている、軟弱なイクラとは雲泥の差だ。
港町からトラックで売りに来る魚屋さんから、母は良く魚を飼っていた。
その中で好きだったのは「ヒラメの刺身」だ。
ただエンガワは殆ど食べられ無かった。
それは父のものだったから。
とまあ、こんな食材を良く食べていた。
もしくは合わなくて拒否していた。
そんな生意気舌の子供は、高校を卒業して進学した。
ここまでちょっと長くなったので、分割します。
後半へ、続く!!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます