005 君には男色の疑惑がある その5

「さて……誰もいないよな……?」


 授業時間が終わるまで時間を潰して……いや、教材取得の出張に行っていた俺は出張を終えて学園に戻ってきていた。


 リクセリア・ラインバート、アゼート・クーム、メル・ドワド。

 彼女たちが素直に自習してくれるとは思わなかったが、一応その可能性も排除できず……こうして時間を潰して戻ってきた俺は、こっそりと特進クラスヴァルキュリアの教室内をドアの隙間から覗いているのだ。


「よし……誰もいないな」


 中に誰もいないことを確認して教室のドアを開く。

 特に女性の残り香などはない。

 そもそもあの時にいい匂いがしたとはいえ、きつい香水の匂いがしたわけではない。直前まで彼女たちが教室にいたとしても、教室に匂いは残らないだろう。


 俺は初めて教室の中へと足を踏み入れる。

 どうして教室に入ったのか。それには重要な理由がある。


 それは、男子宿舎を追い出された俺が代わりに住む部屋が教室に隣接していて、出入口が教室側にしかないからだ!


 つまり俺の部屋は玄関が教室に繋がっていて、どこに行くにも教室を通らなければならないという欠陥構造。

 元々教室の隣の部屋だったものを宿舎に改良したらしいのだが、どうしてその時に外への出口を付けておかなかったのか……。


「それでも、男子宿舎を追い出された俺はここに住むしかないんだよな、はぁ……」


 教室の奥、居住スペースに続くドアを開ける。


 まずは荷物整理からかな、などと思っていた俺の視界には、そこにあるはずのない光景が映っていた。


「えっ?、着替え?、女子?」


 ドアを開けたら着替え女子。

 幻覚だ。うん。だって、おかしいだろ。

 制服のシャツのボタンを開けて、スカートから足を抜こうとしている女子生徒がいるなんて。


「き。きゃぁぁぁぁあぁぁぁぁぁ!」


 ワンテンポ遅れて耳をつんざくような悲鳴が上がった。


「え、本物? ドワドくん? 本物?」


「み、見ないでくださいっ!」


「え、あ、すまない!」


 バタンとドアを閉める。

 先ほどまでの白くキラキラした幻想と異なり、木製のドアが視界一面を占めるようになる。


「…………」


 どういうことだ。部屋を間違えたか? そんなことは無い。学園長から渡された資料には間違いなくここが俺の部屋であることが示されている。じゃあどうして……どうして教え子の一人であるメル・ドワドがいるんだ? 


 見間違いなんかじゃない。あの顔、あの背格好、間違いなくメル・ドワドだった。彼女が着替えていて……シャツとスカートの間には白の……


 だ、駄目だ駄目だ! 思い出しちゃいけない。俺は教師なんだ。教え子をそんな目で見てはいけない! まずは記憶を忘却して、そしてしっかりと謝るんだ。


 でも小っちゃかった……。

 あっと、何がって、どことは言わずに全体的にだけど、主に背丈が小っちゃくって、一瞬見ただけじゃ中等の子かと、って、謝罪謝罪!


「ドワド君! もうしわけ――」


 ――バタン


 俺が謝罪を口にした瞬間、目の前全てを占めていた木目が消える。


「先生! お金払ってください。見ましたよね、私の着替え」


「え? え?」


 俺は瞬間的に天井へと視線を向けた。


 状況を整理したい。

 謝罪を口にしたところでドアが勝手に開いた。もちろん俺が開けたわけではない。つまり内側から開かれたことになるのだが、目の前にいる彼女、メル・ドワドが開いたことは確実である。

 まあそこまでは理解できる。準備が整った、つまり着替えが終わったからドアが開いた、という事が考えられるからだ。

 じゃあ今まさにこの瞬間、彼女の準備ができているということだろうか。


 この目の前の、スカートを履いていない下着姿の女の子の。


 見間違いだと思いたい。一瞬の事だったから、脳内が勝手に作り出したイマジナリーメル・ドワドという事も考えられるが、武芸教師の俺は動体視力は良い。

 見えた。だから、瞬時に視線を上へと向けたのだ。


「お金払ってください! 見ましたよね、いえ、今また見ましたよね。私の着替え」


 見ましたというか見せられたというか?

 それよりも、なんでさっきより露出が上がってるの?


「先生、上を向いてないでこっちを見てください」


 無茶を言うな。そっちを見たら見えるだろ。


「急いでるのでこれ以上見なくてもいいですからお金払ってください。1回5000ファニーで2回ですから1万ファニー!」


 あ、ちょっと、ネクタイを引っ張るな!。そんなに引っ付かれたら……貢いじゃう!


 ――ピロン


 『メル・ドワドにスキル【試験薬作成】を貢ぎました』


 いわんこっちゃない! 


「お財布、どこですか? ここですか?」


 こら、胸ポケットをまさぐるんじゃない。財布はそこじゃない、あっ!


 ――ピロン


 『メル・ドワドにスキル【微熱耐性(弱)】を貢ぎました』


 だ、駄目だ、この場を乗り切るためには金を払うしかない……


「い、一万ファニーだ、これでいいだろ」


「はい! ありがとうございます!」


 ――バタン、ガチャリ


 俺の手から金を奪い取ると、流れるように扉が閉められた。そして鍵まで閉められた。

 いったいどういうことだ。説明を要求する。


「ドワド君、事情を……」


「ごめんなさい先生、今急いでるので、帰ってきてからでいいでしょうか」


 ガサゴソと慌ただしく動いている音だけが聞こえる。

 どこかに行くのか? でもそんなに急いでいるのなら俺から金を徴収している暇が惜しかったのでは?


 ――バタン


「ちょっと先生、そんなところに立ってたら通れません」


「す、すまない」


「それじゃあバイトに行ってきます。きゃー、遅刻遅刻!」


 私服に着替えたドワド君は、俺の隙間を縫って教室から出て行ってしまった……。

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