第9話 変わらない関係

 久遠揚羽は、使い捨ての紙皿を広げていた。

 本部から帰る前に、カガリの本日のエリート速報が寮内に流れて、同室の仲間から連絡がきたのだ。

 

 そこで、基地に帰りがてらケーキを買ってきた。

 地球外生命体ヴォイドフォークが初めて地球を襲った日――ブラック・アセンションから一転、地産地消が始まった日本では酪農も盛んになった。

 

 都内も近接して牧場や畑がある。

 そういう意味では肉よりもケーキのほうが入手しやすい環境にあった。

 

「……ほんとに買ってきたんか、ケーキ」

 

 のっそりとカガリが男女共同ルームに入ってきた。

 男子寮と女子寮の中間にあるこの場所は、男女交流をしたい若者に人気で人が多い。

 

 本日の英雄が現れて、共同ルームのあちこちから声がかかる。

 カガリは上官には丁寧に、下の者にはややざっくらばんに返事をして揚羽の向かい側に座った。

 

 ツンツンととがらせた髪の毛は昔と変わらず。

 鋭いまなざしはまた一層鋭くなった。

 

「クリームケーキとチーズケーキしかないけど」

 

「チョコレートケーキがあるとは誰も思わねえよ」

 

 チョコレートの味は、今では幻だ。

 あんこはともかく、貿易が止まってからは口に入らないものだ。

 

 本州の南のほうでは、カカオの栽培に苦心しているが都内までは出回らない。

 

「どれ食べたい?」

 

 揚羽はケーキをサーブするつもりだったが、カガリは素手でチーズケーキを掴む。

 ほろり、とチーズケーキの端が欠けた。

 

「もう、私がとったのに。ほーらー、紙皿!」

 

「え、いらん」

 

 揚羽が仏頂面をすると、カガリは無言で紙皿を受け取る。

 次いで、フォークを渡されると、不承不承フォークを使って食べ始めた。

 

「えらい、えらい!」

 

「……やめろ、そういうの」

 

 カガリの頭を撫でると、心底嫌そうな顔をされる。

 それでも、揚羽の手を振り払ったりしないのは変わらない。

 

「紅茶も淹れてきたんだ~」

 

「くれ」

 

「ほんっとにあんたはもう~」

 

 ティーカップなどはないので、可愛いマグカップに紅茶が注がれる。

 いかにも女の子らしい柄は、カガリには似合わないが躊躇せずにガブリと飲んだ。

 

 周囲が思わずひそひそするのは、カガリの態度があからさまに違うからだ。

 生まれからエリートなだけあって、カガリはモテる。

 

 材料が乏しくても、手作りなどは女子は熱量でなんとかしてしまう。

 そういうプレゼントは、泣かれようとなんだろうとカガリは基本的に受け取らない。

 

 カガリの為――と言われるとなおさら頑固になる。

 唯一の渡し方は「みんなで食べて」のパターンしかない。

 

 なので、カガリの為に買ったケーキを食べさせられるのは、この久遠揚羽だけだ。

 だが、そうしたことを揚羽は一切気が付いていない。

 

 不知火カガリ、哀れなり――二人を見守るものたちは気長に見守るのだ。

 

「不知火兵長、本部より命令です。速やかに本部に移動してください。重症患者です」

 

 頭上からいきなりアナウンスが流れた。

 カガリは、お茶でケーキを流し込むとすぐに立ち上がる。

 

 一緒に立とうとした揚羽の頭を、軽く指で弾くと微笑んだ。

 

「ありがとな、ごっそーさん」

 

 片付けたいが、軍務には勝てない。

 コープスイングでの百キロ移動には、バイオメタリック・エクソスーツが必要だ。

 

 着替えて、二分以内には到着できるだろう。

 結果的に軍服から着替えなくて良かった。

 

 揚羽に手を振って、カガリは駆け出す。

 長期的医療でなんとかなる範囲の怪我ながらば、呼び出されることもない。

 

 どのみち、出撃したのなら本部での検査からは逃げられなかった。

 カガリはこの際、一石二鳥だと思うことにした。

 

 そうでなければ――せっかくの甘い時間が無駄にされたことを恨むしかない。

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