ケロフォビア

くるみ 座標

はじまり

第1話 それじゃ、元気でやってね。

一ノ瀬 葵。都会に住む一人の人間。今ね、とっても幸せ。


どれくらい幸せかっていうと、他の人に妬ましく思われちゃうくらい…って言えばわかるかな。



とにかくとにかく、めちゃ幸せ。



私の思ってることって、どうしてだか全部うまくいく。


そう、どうしてだか。


どうして?


…。



考えてみたけど。わからないんだな、これが。


どんなに考えを巡らせてみても、「運が良かった」としか言いようがないの。


私はブスじゃない。観測上ね。自分の顔は嫌いだけど。


仕事も第一志望の大企業に入社出来た。愛想もいいからね。


友達もそれなりにいるし、ガチで笑いあえる仲の人だっている。ほんと、最高だよね。



最高?



これって本当に現実なの?私は甚だ疑問に思う。まるでフィクションみたいに出来事は上手く進んで。


もしかしたらこの世には監督がいて、最近のZ世代でも見れるような短期刺激に特化したTikTok的コンテンツとして私を創りあげているのかも。


「馬鹿らしい。」


そんなわけない。


これは現実。


そう、現実。だからこそね、



気味が悪い。



ケロフォビア。響き、ちょっとかわいくない?


幸せ恐怖症という意味。



結論から言うと私、これみたい。



今、とっても幸せ。でもそれが、とっても不安で怖くてたまらない。


前提1。私みたいな人間が幸せになって良いはずがないのだ。楽して生きていいわけがない。


生きる資格なし。


前提2。この幸せは、長くは続かないのだ。


ほら、楽しいことってすぐに過ぎるでしょ?過ぎた後の気分がどんなかっていうのはほら…言わなくてもわかるよね。


だから私決めたの。



死ぬことにしようって。



私ね、頭は働く方だから計画的に死のうと思って。


お薬、いっぱいもらってきた。市販薬とかじゃなくて、ちゃんとした治療薬ね。


効かない効かないっていうとどんどん処方してくれるの、面白い。だからたくさんストックしといた。


あとは周りに迷惑かけないように、遺品になるものは全部捨てたり売ったりした。口座だけ大切な場所に置いといたけど。


そうそう、最後に顔を見たい人には会ったり、会えなかった人にはお別れのメッセージを送った。…迷惑だったかもだけど。



そしたら、今持ってるこれで腕を切る。もう頭もぼんやりしてきたし、お酒も眠剤も効いてきた。


その腕を、お風呂のお湯に浸けて後は寝るだけ。


後は寝るだけ、後は寝るだけ。


「痛い。思ったより痛いじゃん、ネットの嘘つき。」


これは逃げじゃない、どのみち終わる人生に、自分で蓋をしてるだけ。


後は寝るだけ、後は寝るだけ。


おやすみ、みんな。



それじゃ、元気でやってね。



―目が覚めた。お風呂場じゃない…ここは。


懐かしい匂いがする。畳の懐かしい匂い。


「葵~早く起きなさい。」


わ、久しく聞いてなかったな、お母さんの声。

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