現世のあわいの辻占い

草森ゆき

1

 どこに現れるかわからない、都市伝説のような辻占い師がいるという。林田はそんなもの信じてはいなかったが、運命や宿命は数奇なもので、平素と変わりない帰路の途中、住宅街の電燈と電燈の間にぽつねんと立っている影を見つけてしまった。

 机も椅子もなく、本当に立っていた。林田は初め、近場の住人か自分と同じ帰宅中の人間だと思った。しかし、違っていた。違うと明らかにわかる事柄が一つだけあった。

 首。生首だった。

 佇んでいる人影はバスケットボールのような球体を片掌に乗せていたのだが、それが、どう足掻いても生首であると、近付けばわかってしまった。

 林田は走り去ることもできた。踵を返し、回り道で別の帰路を選ぶことも。ところが立ち止まってしまった。生首の双眸と視線が絡み、まるで糸に繋がれるよう、引っ掛かった。釣られる魚の感覚に似ていたのではないかと林田は後々思った。ぐいぐい、ぐいぐいと引っ張られ、人影の目の前まで歩み寄ってしまった。

「林田様。お仕事、お疲れ様でございます」

 人影は影であるまま、中性的な声で話した。

「本日はこうして立ち止まって頂き、感謝致します」

「あ、ああ、ええと、」

「わたくしはだいだいと申します。辻占い師でございます」

「辻占い……」

 ここで林田は思い出した。

 どこに現れるかわからない、都市伝説のような辻占い師。

 そのようなものが本当にいるとはこの時点でも考えていなかった。林田は訝りつつ、一歩下がった。橙は影のまま、片方の掌、生首を乗せている掌を、林田へと差し出した。

「占います」

「はっ? いや、そんな勝手にされても困る」

「こちらの腥をご覧ください」

「待てよ、俺は占いに金を払う気なんて」

「お代はいらんよ」

 林田は両肩をびくりと跳ねさせた。声が自分の耳よりも下から聞こえてきたためだ。恐る恐る、見下ろした。生首と、また視線がかち合う。生首は唇を緩やかに笑みの形にした。うち、なまぐさって言うねん。よろしゅうな。そう話してから、瞼をかちりと両方落とした。

 数秒、数分、林田は動けなかった。目視できぬ釣り針が足に突き刺さり、コンクリートに縫い付けられているような感覚だった。住宅街であるのに人の声、歩行音、炊事の香り、車のヘッドライトなどが、一つもなかった。どこにいるのかわからなくなった。事象のあわいに放り込まれた気さえした。自分と、辻占い師と、生首が、静止した茫洋たる世界の中で、途方に暮れているのではないかと錯覚した。

「あ……」

 なんとか出した声は掠れており、それ以上形にはならなかった。このまま佇み続けるしかないのかと林田は恐怖を覚えたが、次の瞬間に、一気に足から力が抜けた。いや、足を縫い付けていた見えない針が、抜けた。

 その場に尻餅をついた。延々と人影である橙と、話せる生首である腥を見上げ、ぽかんとした。

 腥がゆっくり瞼を開いた。

「林田はん、もう帰らはってもええよ」

「え……?」

「来年の春、思いもよらん幸福がある。具体的に言うてまうけど、細々描いてSNSに載せとるイラストが、大手の画家はんの目にとまって拡散されるねん。せやから、今日はここにおった方がよかった。なんでも比率っちゅうもんがあってな。幸不幸、釣り合いが取れるんや。うちはそれをちょっとは変えられる。まあ、なくせるんやなくて変えられるだけやから、不幸は起こるんやけどな」

「あ、の、俺の絵、知って」

「ほな、しまいや。橙はん、後はよろしゅう」

「かしこまりました」

 腥は目と口を同時に閉じた。唖然としたままの林田に向けて、橙が深く頭を下げる。どうぞ、ご帰宅ください。頭を下げたまま、そう告げる。林田は乾き切った舌先で言葉を紡いだ。あんたたちなんなんだ、占いってなんだ、生首がなぜ話す、どうして誰もいないんだ。

 林田はいつの間にか汗だくで、額から流れた汗が両目に染みた。思わず目を閉じ、袖口で拭い去ってから、再び橙と腥を見上げた。

 何もなかった。

 電燈の間にある壁に向かって尻餅をついているだけになっていた。林田は立ち上がり、辺りを見渡した。スーツ姿の男性が無表情に歩いていった。そう遠くない音量で車のクラクションが聞こえる。煮物の甘い香りが過ぎって夜空に溶けていく。

 林田はふらふらと、他に何もできず、帰路についた。自宅であるアパートに近付くに連れ、騒々しさが増していった。妙だと思った時には見えていた。夜空の下が赤い。けたたましいサイレンが夢うつつを破り去る。

 アパートが燃えていた。

 人だかりができており、消防車が必死に消火活動を続けている。林田は先程までとは違う種類の呆然を味わった。自分の部屋が激しく燃えていた。隣室の住人の寝タバコが原因の火災だった。住処が一瞬にしてなくなって、林田は、生首の言葉を思い出さざるを得なかった。

 なくせるんやなくて変えられるだけやから、不幸は起こるんやけどな。

 アパートは全焼し、林田は引っ越した。約一年物静かに暮らし、ある日SNSにイラストを載せた。大手の、自分がファンである素晴らしい画家に、イラストを褒めてもらえた。

 広まり、イラストの依頼が届き始め、林田はイラストレーターという肩書きの名刺を作った。

 気鋭の新人イラストレーターと評されて、成功の秘訣を聞かれた際に、林田は、言った。

「辻占い師がいるんです。どうやって出会えばいいかわからない、未来を見通せる二人組の辻占い師が……」

 果たして今はどこに現れ、誰の未来を眺めているのか。

 林田はもちろん、恐らく神や仏すら、神出鬼没の行方を知らない。

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