オリガミ様は神にあらず

BPUG

第1話 選神の儀


 神主が手にした火が、山と積み上げられた千羽鶴たちへと伸ばされる。

 紙でできた色とりどりの鳥たちは、費やされた時間の何百分の一の刹那の時間で瞬く間に燃え上がった。

 黒い燃えカスが風でヒラリと舞い、千鶴ちづるの元に届く前に砕けて空気に溶ける。


 何年も母のために折り紙を折った日々が、鮮やかに燃え上がる炎によって溶けるように消えた。

 それはある種の救いと解放のようで、また何もできなかった千鶴の後悔を表しているようだった。


 立ち上る煙が目に入り、千鶴はそっと目元を拭う。

 それでも千鶴はその場から動かず、全ての折り紙が炎によって焼き尽くされるのをじっと見ていた。




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「――オリト・アシュヴァルに与えられた加護は、”紙の神”!」


 神官が言い渡した言葉に、神殿内は束の間の静寂に包まれ、そしてサワサワとさざ波のように潜められた声が広がった。

 その瞬間、オリトは無表情鉄仮面を保ったまま、頭の中で怒涛のように言葉の羅列をまき散らす。


(紙の、神? え? 火の神じゃなくって? あれ? 今なんか変な記憶が混ざった。僕ってオリトで合ってるよね。でもなんか違う全然知らない記憶が入って来たんだけど、これって何? 前世? え? そんな馬鹿なことある?)


 オリトは跪いて頭を垂れた姿勢のまま内心首を傾げ、荒れ狂う心情は全く外に出さず他人から見れば冷静に「なるほど」と一つ頷く。

 とりあえず、自分はアシュヴァル家が信奉する神、火の神には選ばれなかったようだ。面倒臭い人生を歩むことになりそうだと十歳らしからぬ泣き言を胸の奥に押し込み、オリトは息を吸い込む。


選神せんじんたまわり、感謝いたします。心を込めて、紙の神にお仕えいたします」


 神官から自分が今後仕える神を宣託された瞬間、脳内を駆け抜けていった光景。

 大量の記憶の波に圧倒されつつ、オリトは持ち前の冷静さで前々から準備していた感謝の言葉を述べた。

 とはいえ、準備していたのは”火の神”への感謝ではあったが。


 オリトは再び深く礼をし、立ち上がって回れ右をする。

 するとすでに選神が終わった子供や待っている子供からの視線がオリトに集まった。

 その視線に含まれているのは嘲笑や憐憫。中には明らかにオリトに向けて勝ち誇った笑いをする者もいた。


「……なるほど」


 紙の神は人気のない神であることはすぐに悟ったが、これは今後の人生が厳しくなりそうだ。

 そんな悟りを胸に、オリトは先ほどまで自分が座っていた席に戻り、その後も続く選神の儀をぼんやりと眺める。

 火の神や水の神、力の神、剣の神など有名で人気の神の加護を受けた子供たちは喜びを露わにしている。

 一方で、泥の神、扉の神、蟻の神などマイナーで人気のない神に選ばれた子供たちは一様に沈んだ表情だ。

 それも仕方がない。受けた加護により、今後の人生がほぼ決まるのだ。


 十歳で選神せんじんで加護を受け、十五歳で成神せいじんとなり祝福を授かる。

 成神となった暁には、正式に神の信徒として生きていくことが定められている。

 どんな職業に就くかは自由ではあるものの、選ばれた神が持つ力を発揮できる仕事を皆選ぶもの。

 選神は一生を左右すると言っても過言ではないのだ。


「はぁ……どうするかなぁ」


 アシュヴァル家は代々火の神を信奉し、火の神から選ばれるために子供のころから火の神をまつる神殿に通うだけでなく、屋敷の中に礼拝所を設けて日々火の神に祈る熱心さを持つ貴族である。

 ある種の洗脳にも近いが、アシュヴァル家の者である限り火の神以外に仕えることは許されないのだ。


「まぁ、なんとかなる、かなぁ」


 何とかならないだろうと悟りながら、オリトは淡々と選神の儀の終わりを待った。


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