第2話 別の道もアリ
城下町は今日も人々のざわめきで、とても賑やか。
卒業式の後だからか、いつもより人が多い。
「ルエリアー!」
振り向くとベージュの髪を束ねてなびかせ、手を振る姿があった。
「アミ!」
友達のアミティエともうひとり。緑の髪に柔らかい笑みを浮かべた女性の姿。
「ラヴィニアも! ふたりとも城下町に来てたの?」
「卒業式の後だし、パーッと遊ぼうって思ってさ」
アミティエが元気良く答える。
「せっかくだし、3人で卒業祝いに遊ぼっか」
ラヴィニアが柔らかい笑みを浮かべて少しふざけて言った。
三人で一緒に遊べるのも……最後かもしれないな。
私は、もうすぐ始まる入団試験のことを歩きながら考えていた。
城下町にある喫茶。
「あ、せっかくだし、ここでお茶しようよ!」
私たちはアミの提案に乗って、喫茶のドアに手をかける。
カラン。
ドアのベルが涼しげな音を立てた。
テラス席もある城下町でも人気の場所。
何人か見知った顔もいる。
「卒業後はふたりとも何するの?」
ふと思ってアミとラヴィニアに尋ねた。
「あたしは魔法のほうが得意だから、魔導師会に入ろうかなって」
アミがにっと笑って答える。
「私は、神殿で、神職になるための修行、かな」
ラヴィニアも柔らかな笑みを浮かべながらまっすぐな瞳で答える。
「……さすがラヴィニア。神官長の娘」
私とアミは口を合わせた。
「ルエリアは、やっぱり受けるの? 騎士団の入団試験」
アミの問いに私は顔を曇らせる。
「……うん、受けるつもりだよ。たぶんそうなると思う」
曖昧な口調で答える。
「――騎士団長の娘も、大変ねぇ」
ラヴィニアが少し困った表情をしていた。
敷かれたレールの上で、私はこのまま両親や兄のような騎士になるのだろうか。
喫茶を出て、城下町の噴水を見ながら私たちは歩き始めた。
明日からは私たちも別々の道を進むんだ。
空は青からオレンジへとグラデーションを描き、風が頬を撫でていく。
私は、歩きながら明日からのことを考えて気が重かった。
おそらく、家に帰ってからは父からも入団試験の念押しがあるだろう。
二人と別れ、家のある方向へ向かう。
歩く足取りが、だんだん重くなっていくのを感じた。
――お兄ちゃんは卒業した時、入団試験を受けるのに疑問はなかったのかな?
そう考えながら、しばらく家に帰る気が起こらなかった。
ふと立ち寄った城下町の噴水の水面に、私の顔が歪んで見えた。
--
家に帰ると、両親と兄がいた。
「――ただいま帰りました」
私は体にぎゅっと力を入れる。
父は、思いのほか表情は柔らかかった。
「――ルエリア。卒業おめでとう。入団試験のことだが……受ける気は、あるのか?」
父は、柔らかい表情ながらもまっすぐ私の目を見て話した。
その言葉が来るとわかっていたが、改めて言われると胸がぎゅっとなる。
私は、重い口を開こうとしたが言葉が喉の奥に詰まり、でも、まっすぐに答える。
「……大丈夫、受けます。父さん、母さんも心配しないで。入団試験の覚悟はできてる」
「それならいいんだが……」
父は手元のコーヒーに目を落とす。
その横にいる母はいつもの厳格かつ冷たいオーラを放っている。
母がいると、私の心臓がきゅっと縮む。
「……部屋に行きます。おやすみなさい」
そう告げて、私は2階の自分の部屋に入った。
コンコン、とドアを叩く音。
「ルエリア、入ってもいいかー?」
「お兄ちゃん。いいよ。入って」
兄が部屋に入って、空いている椅子に腰を下ろし背もたれに深くもたれた。
「なぁ、父さんも……多分オレと同じ気持ちだ。受けたくないなら、受けなくてもいいんだと思う」
「母さんはめっちゃ怒るかもしれないけど、ルエリアが別の道に行きたいならそれでもいい」
そう言って兄は心配そうに私の目を見る。
「お兄ちゃん……ひとつ、聞いてもいい?」
私は意を決して兄に尋ねた。
「あのさ、卒業した時、入団試験受けたいって思った?」
兄は、飄々とした感じで、口を開く。
「いや、オレは何も考えずに試験を受けてた。――そうするもんだって、思ってた」
「そっか……」
一瞬、ズシッと重いものが私の心にのしかかる。
「……でも、ルエリアは違うだろ?」
「オレとは違って、別の道もアリなんじゃないかって思ってる」
兄は真剣な目で話を続ける。
「例えば……フレンとか」
――!
兄が突然出した殿下の名に私は一瞬胸が跳ね上がる。
「違うよ……! 殿下はもうひとりのお兄ちゃんみたいな感じで……そんなこと、考えてないよ……」
胸の鼓動が早くなる。こんなこと、考えたこともなかったのに。
殿下のことは子供の頃から知っていて、もうひとりのお兄ちゃんって感じで三人一緒にいた。
急に体が、熱くなる。
「ルエリア、何照れてんだよ。本当にフレンのことなんとも思ってなかったのか?」
「……まぁいいや、オレ、先寝るわ。おやすみ」
そう言って、兄は部屋から出ていった。
突然兄の口から出た殿下の名前に、私は胸を突かれたように跳ね上がった。
今までずっと兄妹のように過ごしてきたはずなのに――。
気づかないふりをしていただけなのかもしれない。
頬がじわりと熱くなり、鼓動はおさまらなかった。
――その晩、私はドキドキしてあまり眠れなかった。
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