第2話 警備区画は、話す場所じゃないはずだった
次にログインしたとき、時間を確認してしまった。
昨日と、ほとんど同じ時刻。
わざとじゃない。
でも、結果としてそうなった。
夜の《アルク・フロンティア》は、やっぱり静かだった。
街の中央区画を避けて、僕はまっすぐ警備区画へ向かう。
理由は、考えないことにした。
入口を抜けると、白い床と低い天井。
同じ照明、同じ点滅。
昨日と同じ場所に立った瞬間、声がした。
「あら。昨日の子」
振り向くと、あの警備NPCがいた。
同じ制服。
同じ落ち着いた表情。
「……覚えてたんですか」
「一応ね。
夜勤は人少ないから、顔は覚えやすいの」
それだけの理由。
特別扱いじゃない。
そう言われた気がして、少し安心した。
「今日も体調悪そう」
「……まあ」
「まあ、って。
あんた、それ便利な返事ね」
軽く笑われた。
昨日より、距離が近い。
「立ってると辛いでしょ。
また、そこ座りなさい」
「はい」
言われる前から、体は動いていた。
床に座ると、彼女は壁に寄りかかるように立った。
巡回の途中らしく、視線は時々通路の奥へ向く。
「学校は?」
不意に聞かれて、少し詰まる。
「……行ってます」
「間があったわね」
「……はい」
それ以上、突っ込まれなかった。
その距離感がありがたい。
「夜が好き?」
少し考えてから、答えた。
「静かだから」
「うん」
彼女は短く頷いた。
「夜勤向きよ、それ。
昼は情報多すぎるでしょ」
警備NPCがそんなことを言うのは、少し変だった。
「夜はね、
必要なものだけ残るの」
彼女はそう言って、通路を見た。
確かに、ここには何もない。
敵も、イベントも、派手な演出も。
でも、不思議と落ち着く。
「……警備、大変じゃないんですか」
「んー。
退屈ではある」
正直な答え。
「でも、誰も来ないよりはマシね」
その言葉が、少しだけ引っかかった。
誰も来ないより。
じゃあ、僕がいるのは――。
そこまで考えて、やめた。
彼女は腕を組み、軽く伸びをした。
「長居する気?」
「……少しだけ」
「なら、いいわ。
巡回、ゆっくり回るから」
「……?」
「すぐ戻るって意味。
仕事だからね」
そう言って、彼女は歩き出した。
昨日と違うのは、足音が遠ざかっても、
また戻ってくるとわかっていることだった。
数分後、本当に彼女は戻ってきた。
同じ通路。
同じ場所。
ただ、それだけなのに、
胸の奥が少しだけ軽くなった。
警備区画は、話す場所じゃない。
たぶん、本当はそうだ。
でもその夜、
僕は初めて、ここで時間を忘れていた。
ログアウトする直前、彼女が言った。
「無理しないでね。
夜は、逃げ場に使っていいから」
逃げ場。
その言葉を、
僕は現実に戻ってからも、何度も思い返していた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます