僕の故郷はおかしな村でしたぁ! 〜生贄?、因習村?、そんなの聞いてない!〜

柚亜紫翼

001 - すばる -

001 - すばる -


ごぉぉぉぉ・・・


「ラーララー、ラララー・・・」


鼻歌を歌いながら掃除をしていた僕は手を止めた。


「降りて来たっ!」


掃除機を壁際に置いて手を洗う、お部屋の外に出ると薄暗い廊下の先に階段があって屋上に出られるのだ。


僕はリノリウムが所々剥がれた廊下を歩き転ばないよう注意深く階段を上る。


ギィ・・・


屋上へ続く錆びた鉄扉を開けて秘密基地の中へ・・・。


ここは都心から少し離れた場所にある古い雑居ビル・・・の屋上に置かれた廃バスの中だ。


真夏は過ごせたものじゃないけれど春先や秋は風が心地いいし冬の寒さも創作活動の程良いスパイスになる。


ぽろん・・・じゃかじゃかっ・・・


バスの客席に置かれたリゾネーターギターを手に取り無造作に掻き鳴らす、今から頭の中に浮かんだメロディを曲にして吐き出すのだ・・・。


僕はこの「曲が降りてくる」瞬間が好きだ。


「早くしないと消えちゃう!」


ペグを回して狂ったチューニングを急いで直す、これからが本番・・・僕はポケットに入れてあるレコーダーの録音ボタンを押した。


・・・


・・・


じゃかじゃんっ!


「録音停止っ・・・気に入ってくれるといいなぁ・・・」


独り言を呟いて膝上に抱えたギターを座席に置き、白杖を持って立ち上がった。


・・・僕は生まれつき目が不自由だ。


弱視というらしい・・・全く見えないわけじゃないけれどメガネをかけていても足元の段差が分からない程度には視力が弱い、だから日常生活では白杖が無いと怖くて歩けない・・・。


僕は屋上へ通じる扉に鍵をかけてお部屋に戻った。


転んだ時に危ないからと普段は外しているメガネをかけパソコンを立ち上げてモニターに顔を近付ける、弱視だけどこうすれば問題無く見えるのだ。


現代人にとってスマホやパソコン、ネットの無い生活なんて考えられない。


先程録音した曲の断片をパソコンに取り込み再生・・・叔父さんの置いて行った古いダイヤトーンのスピーカーからリゾネーターの渋い音が聞こえてきた。


以前録音した素材と組み合わせて曲を組み立てる、この曲に取り掛かって1ヶ月、ようやく完成した!。


「おかしなところは無いかな・・・でも完璧を追求するなら通しでもう一回録り直した方がいいかも・・・」



僕の名前は神威崎昴(かむいざきすばる)、今年で16歳になる高校1年生・・・なのだけど今は10月だ、夏休みを挟んで2ヶ月ほど学校には行っていない。


理由は・・・僕が中学1年の時に被害に遭った誘拐事件、その情報が夏休み前に突然クラスメイトの間で拡散された。


生活費や学費を出してくれている叔父さんに申し訳なくて何度か学校に行こうと努力した、でも僕に聞こえるように囁かれる誇張された噂話が嫌でどうしても学校に足が向かない。


「中学一年でパパ活をしていた」「買春していて妊娠した」「5人の男達にレイプされた」・・・こんな嘘まみれの酷い噂を流されて平然としていられるほど僕の心は強くない。


「・・・確かにレイプされたけど1人だけ、それに妊娠もしてないし・・・」


可能なら先生に相談して1年留年させて貰おうと思っている。


視力が弱い僕みたいな生徒に理解のある学校だったし受験も頑張ったのに・・・人生何かと上手くいかないものだ。


「曲が出来たから時間のある時に聴きに来て・・・と、送信」


今メールを送ったのは僕がお付き合いしている彼氏・・・累塚誠(かさねづかまこと)君、僕より3つ上で本人によると福祉?の大学に通っているらしい。


付き合い始めたのは僕が高校に入学してすぐの頃、自作の曲を動画サイトに投稿していたら会いたいと連絡があった。


たまたまここから電車で1時間ほどの場所に住んでいたから会ってみるとお互いアマチュアのミュージシャン、好みの音楽も同じですぐに意気投合した。


ぽんっ!


「あ、返信だ・・・忙しくて行けないから曲のデータを圧縮して送ってくれ?・・・」


最近誠君に距離を置かれているように感じる。


お付き合いを始めて数週間後に彼はこのお部屋にやって来て、僕は半ば強引に唇を奪われベッドに押し倒されてしまった・・・行為が終わり怖くて泣いている裸の僕を抱き締めて彼は言った。


「初めてじゃないんだな・・・昴が可愛すぎて理性が抑えられなくなったんだ、ごめんね」


僕は過去に起きた出来事を彼に全部話した、それでも僕の事が好きだと言ってくれて今度は嬉しくて涙が溢れた。


彼はその後も週に一度はこのお部屋に来てくれたしデートだって何度もした!、でも最後に彼と会ったのは1ヶ月以上前だ。


「僕の作る曲が好き、僕みたいな胸の小さい娘も好みだって言ってくれたのに・・・」


ぽふっ!


僕はベッドに寝転がり枕に顔を埋めて足をバタバタさせる・・・お掃除をしたばかりなのに埃が舞ってしまうかもしれない・・・。


「僕みたいに障害のある女の子・・・嫌になっちゃったのかなぁ・・・」


・・・


・・・


「んぅ・・・寝てた?」


お部屋の中が薄暗い・・・枕のそばにある携帯を手に取って時計を見る。


「17時30分・・・お夕飯買って来なきゃ」


僕はベッドから起き上がり服装を確認する・・・上は白いパーカー、下は黒地に白のライン入りレギンスだ、日が落ちてちょっと肌寒いかもだけど近くだから大丈夫。


帽子を被り白杖を持つ、玄関でハイカットのコンバースを履き叔父さんが貼ったままにしているジョニー・ウィンターのポスターに挨拶をした後お部屋の外へ出た。


歩き慣れた廊下の端には年代物のエレベータがある、4階から1階に降りればこの雑居ビルで30年以上営業しているラーメン屋さんだ。


今日はラーメンの気分じゃないから香りだけ嗅いで油で薄汚れた裏口から外へ・・・出ようとするとラーメン屋のおじさんに声をかけられた。


「よぅ昴ちゃん!、今日はラーメン食ってくれないのかい?」


「ごめんねおじさん、今日の僕は和風の何かを食べたい気分なんだぁ」


「ははっ、そうか、暗くなるから気をつけるんだよ」


「はーい!」


外に出た後振り返って僕の住んでいるビルを見上げる、ぼやけて殆ど見えないけれど誠君が言うには九龍城のような香ばしい外観らしい、しかも似たようなビルが周りに7棟集まっている!。


休日には廃墟マニアが写真を撮りに全国から訪れているし、最近ではユーチューバーも増えてきたとラーメン屋のおじさんが言っていた・・・。


この周辺は歩き慣れた道だ・・・将来全く目が見えなくなってしまった時の為に目を閉じて歩く練習をした方がいいとお医者様に勧められて繰り返し練習した。


この辺りなら目を瞑っていても歩けるのだ。


いつものように路地を通り近くの小さなスーパーに入る、今日はお弁当とお惣菜をいくつか買って帰る事にした、明日の朝の分も忘れずに買わないと・・・。


ここの店員さんとは顔馴染みだ、僕の為にお惣菜コーナーの価格表示を少しだけ大きく書いてくれているから顔を近付ければ僕でも読める。


からからっ・・・


「あら昴ちゃん」


ちょうどバックヤードから店員さんがカートを押して出て来たようだ。


「おばさんこんにちは、お惣菜を買いに来ましたっ!」


「そうかい、これから出来立てを品出しするからね」


・・・


・・・


「今日の夕食は揚げ出し豆腐といなり寿司っ、ポテトサラダも買っちゃったぁ!」


どんっ!


「あぅ・・・ごめんなさいっ!」


お買い物を済ませてスーパーから出たところで目の前の人の背中にぶつかってしまった・・・悪いのは僕の方なのですぐに謝罪をする。


「この近くに住んでいるのは調査済みでしたが・・・僅か1日で見つけられるとは運がいいですね」


男の人が何か呟いている・・・でも声が小さくてよく聞き取れない。


がしっ!


「ひっ・・・嫌ぁ、離して!」


男の人のゴツゴツした手が僕の腕を掴んだ・・・過去の悪夢がフラッシュバックして叫びそうになる。


「いきなり触れて申し訳ありません、貴方は神威崎瑠花(かむいざきるか)さんの娘で間違いないでしょうか?、私は貴方のお父様に頼まれて居場所を探していたのです」


「え・・・お父さんに?」


・・・


・・・





僕はスーパーの近くにあるファミレスに入り、おじさんの話を聞く事になった、怪しそうな人だけど僕はお父さんの事について全然知らないから興味があったのだ。


「自己紹介を致しましょう、私の名前は押翼(おしよく)と申します、貴方の父親、牛鬼源一郎(うしおにげんいちろう)様が母親と共に行方不明となった貴方を探しておりまして・・・」


「・・・行方不明?」


「そうです、村では母君は行方不明扱いになっております」


・・・


・・・








ばたん・・・がちゃ・・・


僕はすっかり暗くなったお部屋に戻り、押翼(おしよく)さんと話した内容について考えている。


「どうしよう・・・僕一人じゃ決められないよぅ」


僕は物心ついた時から母親と2人暮らし、お母さんは職を転々としながら引っ越しを繰り返し僕に何もしてくれなかった、でも放置して死なれると困るから最低限の食事は与えられていた。


そのせいで幼少期に発見される事が多い弱視の症状が見過ごされてしまった、お母さんは僕の出生を役所に届けていなかったそうだ。


10歳の時、子供が毎日家に居る事を不審に思った近所のおばさんが役所に連絡してくれてようやく僕の存在が明らかになった。


育児放棄の罪に問われたお母さんは様々な精神疾患を抱えていたらしく病院に収容、それ以降僕はお母さんに会わせて貰っていないし会いたいとも思わない。


「叔父さんに電話して・・・」


僕は携帯を手に持ったまま動きを止めた。


「・・・」


10歳の時から今まで僕を育ててくれたのはお母さんの弟にあたる叔父さんだ、彼は失踪して行方不明だったお母さんを長い間探していたらしい。


叔父さんからはギターをはじめ色々な事を教わった、彼はプロのミュージシャンで実力も評価されていたのに僕のせいで6年という長い時間を無駄にさせてしまったのだ。


僕の高校入学を機に以前から勧誘されていた人気バンドに入り今はアメリカに住んでいる、僕を保護して学校まで通わせてくれた恩人だ。


生活費だって叔父さんからの仕送り・・・叔父さんが所有しているこの雑居ビルの家賃から出ているのだ。


1階のラーメン屋、2階はタトゥーショップと中古レコード店、3階にはゲイバーが入居していてそこそこ繁盛している。


「これ以上叔父さんに心配かけちゃダメだ・・・誠君に相談してみよう」


誠君とのやりとりは主にメールだ、ラインはお友達がいないから使っていないし誠君もメールがいいと言ってくれた。


「相談があります、お返事をください、時間があれば僕のお家に来てください・・・っと、送信!」


・・・


・・・


夜の11時を過ぎても誠君から返事が来ない、最近避けられてるのは気のせいじゃないみたいだ。

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