第一章:「特殊派遣会社ヤシマ」

「特殊派遣会社ヤシマ」の社長秘書室。秘書の「匿名秘書E」は、受信ボックスに飛び込んできた奇妙なメールに眉をひそめた。


 件名:採用応募(山田太郎)  添付:履歴書(山田太郎).pdf


「……なにこれ? 大学生の就活メール?」


通常の暗殺依頼は、高度に暗号化されたダークウェブ経由で届く。しかし、彼女は直前にボスである「匿名社長B」から受けた奇妙な指示を思い出した。


『本日行う新人殺し屋の最終試験だが、ターゲット情報はテストとして普通のビジネス書類に偽装して送る。一般人を装った形式にするから、受け取ったら試験官の「匿名面接官K」に転送しておいてくれ』


「匿名秘書E」は納得した。


「なるほど、これがその『ダミー情報』ね。凝ってるわ」


彼女はPDFを開いた。そこには「山田太郎」の平凡な笑顔、住所、そして「自己PR」が並んでいた。


――困難な問題解決への強いコミットメント。  ――迅速かつ正確な実行力。


「ふふ、標的の能力を暗喩しているわけね。住所も電話番号もバッチリ。身体能力も高そう」


「匿名秘書E」は何の疑問も抱かず、そのファイルを試験担当の「匿名面接官K」へと転送した。


(ちなみに、手違いで入れ替わった本物の「暗殺ターゲット」の極秘資料は、山田の志望先である上乗テックに届き、そのあまりに危険で反社会的な経歴が逆に「コンプライアンス対応外の内緒の汚れ仕事の要員として即戦力すぎる」と評価され、書類選考を通過してしまったのは、また別の話である)


 ヤシマの地下面接室。 黒いマスクにスーツ姿の面接官「匿名面接官K」が、殺気に満ちた新人殺し屋たちを見回した。


「次が最終試験だ。今から送る標的を、明日までに始末しろ」


「匿名面接官K」が手元のタブレットを操作すると、候補者たちの端末が一斉に振動する。


画面に表示されたのは、平凡な証明写真と「志望動機:御社の理念に共感し~」という文章。


「定員は一名。早い者勝ちだ」


「匿名面接官K」の言葉が終わるか終わらないかのうちに、室内の空気が弾けた。彼らにとって、写真の男は人間ではない。歩く「内定通知書」だ。 新人たちは無言で、しかし雪崩のように部屋を飛び出していく。


一瞬にして誰もいなくなった部屋で、「匿名面接官K」は首をかしげた。


「……しかし、なんで履歴書なんだ?」

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