第10話 何かが……

 近見ちかみ 颯真そうまはやっと帰ってきて、親のところへ土産を持ち報告に行った。


「お疲れ。面倒はなかったか?」

「境については、意外とハッキリしていたし、面倒はなかったよ」

「そうか。それは何より」

 報告よりも、土産に上げた芋サブレ『大地の恵み。いもっ子シリーズ。ポテ子。サクッとした性格のようで、中身はねっとり。でも、甘すぎない女』とまあ、そんな文言を書かれた説明を見ながら顔をしかめている。


「軽めのサブレの間に、芋で作ったクリームが入っているらしいよ。人気は山の恵み、栗っ子シリーズと二分しているらしい」

「栗か、そっちはないのか?」

「あるよ。いるの?」

「気にはなるな」

「まあいいか。ほい」

 親父に渡す。


 『濃厚な地元産の栗を使用。ひと舐めするだけで、あなたは快感の中へ』

「おお、ありがとう。じゃあ、早く仕事を探せよ」

 土産を受け取ると、いきなり玄関を閉められた。

 親父いぃぃ……


「あー、まあ良いけどね」

 何か少し寂しさを感じながら、自分のマンションへと帰る。


 仕事は、特に何がしたいのか思いつかず、高校の時に機械制御がおもしろいと思って、工学部へ行き、制御系を勉強。そのままメーカーへ就職をした。

 だが、就職をして数年後、いきなり社長の方向転換があった。


「今の時代、設計は外注の時代だ」

 確かに、今は部品屋さん達が、設計から試作まで行ってくれる。

 手が足りなくて、幾度か部品を頼んだことがある。


 そうそれは丁度、実力のある先輩達が定年で辞めてしまった頃だ。

 その後を担うはずの中堅達は、先輩達におんぶ抱っこでいい加減な仕事をしていた。

 その優秀な先輩達からノウハウを習ったはずなのに、彼等は何も知らず、いい加減な事ばかり。

 当然まともなものが組めず、それなのに俺達が手を出そうとすると嫌がる。

 いわば、会社にとって、お荷物達がいたわけだ。


 困った会社は、結局一度開発部門を無くした。


 そうなんだよ。

 俺もついやめてしまったのだが、残った奴に話しを聞くと、使えない先輩達の首が切れなくて開発を潰したらしい。

 今の日本、労働者側の首を切るのが、非常に面倒だとか。


 俺も一時期配属されて畑違いの業務をやっていたのだが、営業とかに回された彼等はバラバラとやめていったとか。

 社長としては、別の業務も覚えておくのは、良い経験になると思っていた様だ。


 使えない奴らが居なくなった後、企画開発室が新設されたそうだが、その時にはすでに俺はやめていた。


 今は、わずかな退職金と貯金を運用して、多少小銭を稼いでいる。


 でだ、当然だが、戻ってきてから就職先を探したり、やることはある。


 決して、彼女のことを忘れていたわけじゃない。

 アプリでは愚痴を聞いたり、いろいろフォローもしていたしな。

 だけど、それはいきなりやって来た。


 夜半、とは言ってもまだ八時くらい。

 着信音が鳴り響く。

「非通知?」

 また詐欺電話か?

 取らずにいるが結構しつこい。

 名乗らないようにしながら通話ボタンを押す。


「わたし静香…… 今あなたの家の前に居るのぉ」

 そんな恐ろしい電話が掛かって来たのだ。


 玄関を開けて、苦情を言う。

「こわいわ。なんで非通知なんだよ」

「あれ? 楽しくなかった?」

「やるなら、駅前から順にやってこい」

「ちぇぇ」

 そう言う彼女から、荷物を受け取る。


 彼女は、本気で仕事を辞めてやってきた。

 まああれだけ、会いたいだの、体が疼くだの、あなたのせいよなどと聞いていればそうなるのはわかっていた。


「まあ、今日からよろしくね。これお土産」

 そう言って彼女から渡されたのは、三ダースほどの避妊具……


「ああまあ。よろしく」

 当然俺は引きつることに……

 そんな感じで、秀幸が幸せ? を掴んでいた頃。


 

 一部の界隈では、恐怖が支配し始めていた。

 一人二人なら偶然だろう。

 だが三人となり、それも目の前で起こった。


「この会社、呪われているんじゃない?」

 そんな話が給湯室を中心に、まことしやかに囁かれ始める。


 特に、昭和の精神を色濃く残した、定年間際の連中は気が気ではなかった。


 真面目にやっていれば良いことなのに、ただ恐怖する。


 それは周囲に伝搬をして、さらに混迷を深める。


「早期退職に応募します」

 そんな意見が社内でトレンドになる。


「この会社はおかしいです。絶対呪われています」

 その社員は、会社でも、通勤中でも、家に帰ってもずっと視線を感じるらしい。

 無論気のせいだろうが、彼の目の下にはクマが住み、ガオーと主張。

 やつれた感じで、よろよろとしていた。

 無論彼は元々あまり仕事が出来ないタイプで、気にするなら仕事をしろと言いたい。


 だがまあ、そんな意見を聞いて、社長はお祓いを頼む事になる。


 そんな矢先、会社でまた被害者が出る。


 部長の一人、いい人だと言う噂だったのに彼は見てしまった。

 人事部の良住よしずみ部長。

 社内でも評判が良く、部下思い。


 だが、彼が持つ裏の顔。

 困っている部下を飲みに連れて行き、支援という形で体を求めていたこと。


 会社には色々な背景を持った人間がいる。

 家族が病気で、とか、介護が必要とか……


 今の日本社会は、家庭から社会へなどと言って、家族をバラバラにして来た。

 そう専業主婦が家庭のことをしてしまうと、税金が取れない。

 『女性の社会進出を!!』

 『少子化の今、社会を支えるのは、家庭で冷遇されている女性よ』

 などと言って、少子化を後押しする。


 だが効果はあり、家庭から女性は解放されて、子どもは保育園、老人はヘルパーさんを頼る。


 そのため、すべてに金が掛かる。

 国は税収が増えて嬉しいだろう。


 計算をすれば、その負担はかなり大きく、親だけではまかなえずヤングケアラーという言葉が周知されてからも久しい。

 若者は、介護のために正規職員となれず、さらに貧乏となった。


 会社が大きければ、そんな者達もいるという事だ。


 月波つきなみ小幸こゆきもそんな一人。

 従業員貸付制度を使うさいに、勤続が浅い者は保証人が必要だった。

 彼女は不幸にも、良住よしずみ部長が広げた罠に引っかかってしまった。


 彼女の母親や、父親が祖父達の介護に必死で、収入が落ちていたことは見ていた。

 昨今、子どもが少なく、両家の親を見ることが多い。

 そんな苦しい中でも、両親は彼女を大学まで出してくれて感謝をしていた。


 だが当然の様に奨学金を利用していたために、無慈悲な事に七ヶ月後から支払いが始まる。

 無論相談には行った。

 だが、「月波さんは、立派な会社に就職されて、お給料も多いですね。却下です」とまあそんなニュアンスで断られてしまった。



 父母への金銭的支援や手伝い。奨学金の支払い……

 介護相談窓口は平日しか開いていないので、家族で順に休むのだが、色々と無理があり、母親はパートへと仕事を変えた。

 それにより、彼女の生活は破綻していく。


 だから、生活を改めるために、従業員貸付制度を頼った。

 それだけなのに、それがすべての始まりだった……

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