第21話 初めてのMPK⁉︎ ―舞い降りる悪夢―
「グオォォォン!」
洞窟の広場全体を震わせるほどの轟音が鳴り響く。
レアボスの咆哮が岩壁を震わせ、石片を落とす。地鳴りのような重低音が胸を突き抜け、耳の奥を焼き切った。
「は、はーちゃん、これがレアボスなの?」
「そうよリン、これがレアボスよ」
二人して語感を揃えて叫ぶ。
その声が妙に明るく響いて、場の緊張感とまるで噛み合っていなかった。
「お、おっきい……はーちゃん、こんなのに私たちで勝てるのかな?」
肩越しに覗くレアボスは、高さ二メートルを軽く超えていた。怪物は、ただそこに立っているだけで圧が桁違い。
「大丈夫よ。私がいる限り、リンには指一本触れさせない!」
はーちゃんがデザートイーグルを構え、意味ありげに銃身を傾けてポーズを決める。
……なんか、ちょっと演劇っぽい。
それを見たレアボスは咆哮を上げ、はーちゃんに拳を振り下ろした。空気が暴風となり砂塵が舞う。
はーちゃんは軽くステップを踏むようにかわし、ふわりと宙を舞っていた。
まるで演出を知っているかのようなタイミング。
「グォォォ!」
すかさずレアボスの反対の爪が、はーちゃんに襲い掛かる!
音と同時に、はーちゃんの影は怪物の頭上を飛び越え――
『ガンッ!』
――鈍く重い衝撃。
デザートイーグルのグリップが後頭部に叩き込まれた。巨体がグラリと揺れ、レアボスは頭を押さえてうずくまる。
「く……グォォォォ!」
「ああ、レアボスさん、だ、大丈夫?」
私は思わず声を掛けてしまった。……だって本当に痛そうだったから。
「いやいやいやいやいや! リン、それは敵だから! 私たちが倒さなきゃいけない相手なのよ!」
「そ、そっか〜。レアボスさん、お大事に……」
「リン……クッ、その優しさ、尊いわ」
「や〜、はーちゃん戦闘中だよ」
はーちゃんが唐突に、銃を持ったまま私に抱きついた。
「ちょ、ちょっと⁉︎ 戦闘中っ! 戦闘中だよ⁉︎」
「尊さが限界突破して、トリガー引けないのよッ!」
「引いてぇぇぇぇ!」
私の叫びと同時に、レアボスも一瞬動きを止め、まるで空気を読んだようにこちらを見ている。
妙な間に、私はちょっと笑いそうになった。
「ああ……その優しさがあれば、きっとクリティカルで倒せるはずよ。私がチャンスを作るから、トドメはリンが刺してね」
「うん。任せて、私がんばるよ〜♪ シュッ! シュッ!」
私は短剣を構え、口で風切り音を鳴らしながら突き出す。……弱々しいのは自分でもわかってる。
「というわけで、少しもったいないけど、通常弾を使うわ。悪いけど……リンのために踊ってちょうだい! レアボスさん!」
『バンッ!』、雷鳴のような轟音。マグナム弾が空気を裂き、赤い巨体を後方へ吹き飛ばす。
地面がズシーンと揺れ、洞窟全体に地震のような振動が走る。
「グマァァァァァ!」
「いまよ、リン!」
「う、うん! いくよ!」
私は駆け出す。けど、足が遅い! トテトテトテ……自分でも笑っちゃうくらい走りが遅い。
「リン〜がんばれ〜♪ 足の遅いリンも可愛いわよ〜♪」
「足が遅いのはゲームの中だけだもん! リアルなら五十メートル十八秒だよ! は〜ちゃんのバカ〜! グサッ!」
短剣が脇の下へ突き刺さる。
レアボスは全身を大きくのたうち回り、地面を叩き岩を砕く。
「グマァァァァァァァァァァァ!」
洞窟に響き渡る断末魔。
……でも、どこか苦しそうというより、ちょっと芝居がかっていた。片腕を天へ突き上げたままピタリと動きが止まった。
「…………」
なんか微妙な間が流れ、私はぽかんと口を開けた。
「このあと、どうするんだっけ?」
振り返ると、はーちゃんが口パクで必死に教えてくれる。
「リ〜ン!……解除して」
「あ! そ、そうだった……」
私は慌ててメニューを操作した。
「よし。行くよレアボスさん……3、2、1……!」
「グマァァァァァァ!」
断末魔を上げたレアボスの巨体が強烈な光を放ち、霧散しながら消えていく。
残されたのは地面に散らばるドロップアイテム。
そして――。
洞窟が、嘘みたいに静かになった。
砂塵がふわりと落ちて、呼吸の音だけが耳に残る。
勝った。……そう思った、その瞬間だった。
「いまだ! イケイケイケ!」
広場の入り口から、『ドドドッ』と砂煙を上げて四つの人影が突っ込んできた。
その背後では、四十匹を超えるモンスターの群れが押し寄せ、地響きを上げていた。
「な、なに⁉︎ あれ、全部モンスター⁉︎」
リンの声が裏返る。
「……っ、予想通りのトレインね」
四人は一直線にこちらへ駆け込みながら、怒号混じりの声を投げてきた。
「どけどけぇ! そのレアアイテムは拙者たちが頂くでござる!」
「はあ⁉︎ なによ、アンタ達、止まりなさい!」
はーちゃんが銃を構えようとするが、相手は止まる気配がない。
駆けながら、挑発するように笑っていた。
「え〜、止まるわけないでしょ? MPK舐めんなって!」
「MPK⁉︎ やっぱりそういう人たち!? こういうのはみんな迷惑するから、やめて下さい!」
「へえ……知ってるのか? でも残念、やめないが答えだ!」
先頭の男が、すれ違いざまに白い球を取り出す。
足元にパシンッと叩きつけた瞬間――モウモウと白煙が立ちこめた。
「なっ⁉︎」
真っ白な煙が男たちの姿を包み隠す。
硝煙みたいな臭いが鼻を突き、息が詰まる。
「このゲームは自由が売りだぜ? 泣こうが叫ぼうが、それもプレイのうちだ!」
男の声だけが残響のように響き、
次の瞬間、彼らの姿は煙の向こうへ消えた。
その直後――
地の底を唸るような音が響いた。
広場全体が獣のうなりで満たされ、タゲが一斉に私たちに移る。
「リン、走って! 通路まで!」
「——あわわわわ⁉︎」
はーちゃんの声に、私は反射的に駆け出した。
足音が耳の中で反響して、自分の心臓の音と区別がつかない。
背後では、モンスターの波が怒涛のように押し寄せ、牙を剥きながら洞窟を揺らしている。
「リン、前だけ見て! 走るのよ!」
「わ、わかってるけど……!」
視界の奥に、ようやく広間の出口が見えた。
ほの暗い通路の灯りが希望みたいに滲む。あと少し――そう思った瞬間だった。
足元の岩に、爪先がひっかかった。
「はえっ⁉︎」
バランスを崩す間もなく、私は勢いのまま顔から地面にダイブした。
――ゴッ!
石畳に額をぶつけ、世界が一瞬チカチカと白く弾ける。
鋭い痛みが走って、涙が滲んだ。
「いった⁉︎」
でも、体は動く。動けるなら、走れる。
「アイタタ……、なにこれ⁉︎ 痛みを軽減していても、ちょっと痛いよ……!」
そんなことを呟いてる間にも、影が落ちた。
見上げると、コウモリ型のモンスターが刃みたいな翼を広げて急降下してくる!
「ひぃっ⁉︎」
思わず目をつぶる――その瞬間、『ガンッ!』という鋭い衝撃音。
銃声じゃない。金属が肉を打ち据える鈍い一撃音だった。
「リン、大丈夫?」
はーちゃんの声だ。
目を開けると、コウモリが地面に叩きつけられ、光の粒になって消えていくところだった。
はーちゃんは銃を片手に、片膝をつきながらこちらを見ていた。
その横顔は真剣そのもので頼もしい。
「立てる? 走って!」
「う、うん……ありがとう、はーちゃん」
「礼はあと。走るよ、まだ追ってくる!」
「わかった!」
二人で再び駆け出す。
背後では怒涛の足音が洞窟を震わせ、モンスターたちのうなりが追いすがる。
岩壁の隙間から漏れる光が見えた。――出口だ。
息が焼けるように熱い。でも、止まれない。
私たちは、ただ前を見て走り続けた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
女二人が洞窟の奥へと逃げていく。
赤いクマ型モンスターとの戦いを終えたばかりだというのに、その背中にはまだ戦意の炎が残っているように見えた。
……ふっ。噂通りの手際だな。
片方は銃を使うガンナー。もう一人は――白いメディックローブを羽織った、ヒーラーかサポート職か。
レアクエストを二人で突破するなんて、どう考えてもただの初心者じゃない。
二人の足音が遠ざかり、戦闘の余韻だけが焦げた空気とともに漂っている。
俺は透明化を解除すると、仲間に合図を送った。
「チッ、しぶといですね」
タンク佐藤が舌打ちしながら姿を現す。松明の炎が肩の金属を赤く照らした。
「あの動き、初心者じゃないでござる。まあ、アイテムを拾えれば結果オーライでござるが……」
シーフ佐藤は険しい顔で足跡をなぞりつつも、口元だけが緩む。
「はいはーい、お待ちかねのレアチェックタイム♪ あーもう、この瞬間が一番好き~。汗かかずに美味しいとこだけゲット♪ 最高だよね」
浮かれた声を出したのは、いつも調子に乗るヒーラー佐藤だ。視線はもう足元の戦利品に釘付けだ。
こいつらは、いつもこうだ。
俺たちは本来狩る側だが、こいつらの頭の中は拾う側でいっぱいだ。
「焦るな。回収は慎重に行け……」
「へーへー、わかってるって〜」
ヒーラー佐藤がふてぶてしく笑いながら、レアボスの死体に近づいた次の瞬間――。
「え? ちょ、ちょっと待ってよ。なにこれ⁉︎」
甲高い悲鳴に、俺は即座に顔を上げた。
松明の灯りの中で、奴が手にしていたのは、毛皮と肉、そしてコボルトの棍棒。
「なんだこれは……コボルトのドロップ品だと⁉︎」
タンク佐藤が一歩詰めて覗き込み、眉をひそめる。
「な⁉︎ 確かに赤いクマ型だったはずでござる!」
シーフ佐藤の声が、怒りと困惑で上ずった。
「どういうことだ……?」
胸の奥がざわついた。
俺たちが見たレアボスと、落ちているアイテムがまるで噛み合わない。
まさか――あの二人、演技してたのか?
その時だった。洞窟全体が揺さぶられる。
地鳴りと共に、遠吠えが轟いた。
「ワ……!」
「犬の遠吠えみたいでござるな?」
「ワオ〜ン!」
耳をつんざく遠吠え。背筋に冷たいものが走る。
そして通路の奥から、それは現れた。
角張った犬……いや、鋼鉄の怪物。
眼光は溶鉱炉の火みたいにぎらつき、床を踏み抜くたびに洞窟が揺れる。衝撃が足の裏から脊髄に突き上がり、歯の根が勝手にカチカチ鳴った。
「こ、こっちに来るのか⁉︎」
タンク佐藤の声が震えていた。あいつが動揺するなんて初めて見る。
「ま、待て……犬? いやロボット⁉︎ なんでこんなのがダンジョンに⁉︎」
シーフ佐藤は半歩後ずさり、壁に背をぶつける。
「犬じゃない……ど、どう見てもロボットだよ⁉︎」
ヒーラー佐藤は、ぽかんと口を開けたまま固まっていた。
……クソッ、やばい。いや、やばいなんてもんじゃねえ。
俺は喉を動かしたが、声が出なかった。
通路の奥に目を凝らす。
見た瞬間、背骨の奥まで氷水を流し込まれたみたいに凍りついた。
鋼鉄の犬の背後から、果ての見えねえ黒い塊が押し寄せてくる。
群れ? 違う。洪水だ。怒涛のモンスターの津波。
百鬼夜行、地獄の軍勢……どんな言葉を使っても足りねえ。
「なっ⁉︎」
タンク佐藤が息を呑む。
「えっ!」
シーフ佐藤の声が裏返る。
「はっ? 無理無理無理!」
ヒーラー佐藤が一歩引いた瞬間、足がもつれて尻もちをついた。
「バカな⁉︎ あんな数集められるわけがない!」
百を超えるモンスターの軍勢……いくら低レベルなモンスターといえど、数の暴力の前では高レベルプレイヤーも無力だ。
ダメージはゼロにできない。痛覚は軽減されてもヒリッと来る。百体に囲まれれば刺激は雪崩になり、パニックでまともに操作できなくなる。――それがこのゲームのリアルだ。
「こ、こんなの……実質デスループですよ⁉︎」
タンク佐藤が恐怖に震えた。
「ど、どうするでござるか⁉︎」
シーフ佐藤は混乱気味に叫ぶ。
「あんなの無理! 早く逃げようよ!」
ヒーラー佐藤は喚き散らかす。
「わかっている!」
俺は冷静に対処しようとするが……足が動かねえ。重くて鉛みたいに固まってやがる。
俺は奥歯を噛みしめた。
痛みだけじゃねえ、恐怖そのものがステータス異常になっている。
頭の中で逃げろと叫ぶのに、体は硬直したまま動かない。
VRデバイスが脳信号を正確に拾っているせいで、現実の恐怖反応がそのままゲーム内に再現されているんだ。
「クソッ……なんだよコレ、悪夢か⁉︎」
……そうだ、これは悪夢だ。
現実の終わりみたいなそれが、俺たち《シュガー同盟》に降りかかってきやがった。
俺は息を呑み、握った剣が汗で滑りそうになる。
もはや狩る側も狩られる側もねえ。
この瞬間、俺たちはただの――獲物だった。
広場が揺れる。天井がきしみ、崩れた粉塵が光を受けて白く舞った。それは雪みたいに静かで冷たい。
俺たちの頭上に、悪夢が崩れ落ちようとしていた。
……To be continued
次回予告
次回、『追跡者……ネームカラーにご用心!』
虚構が軋み、心が吠えたとき、世界は書き換わる。
次話は、12/17 20時ごろに更新予定です。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます!
もし「コタロウ可愛い!」「続きが気になる!」と少しでも思っていただけたら、
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