第8話 はーちゃん先生の冒険者講座 ―ドッグフードと弾丸の経済学―

ギルドを後にした私たちは、町の中央にある大きな噴水の前にやって来た。


町のシンボルのように高く吹き上がる水柱が、太陽の光を受けて虹色の粒をまき散らしている。


「よし、レアクエストは無事に受けられたね」


噴水脇のベンチに腰を下ろした私たちは、ほっと胸をなでおろす。

コタロウはロボットなのに、足元で半目になって微睡んでいた。


――が。


隣のはーちゃんだけは、腕を組み、真剣に「う〜ん」と唸っている。


「ど、どうしたの、はーちゃん?」


「これからのことを考えていたんだけど……リン君、本当に気づいてないんですね?」


「リ、リン君……!?」


急に、先生に名指しされた生徒みたいな呼び方をされて、私は思わず背筋を伸ばす。


その時だった。


はーちゃんはスッと立ち上がると一歩前へ。

そして掛けてもいないメガネを、指先で『クイッ!』と押し上げた。


(な、なに!? 今のエアーメガネ……初めて見るよ⁉︎)


次の瞬間!


「よろしい。では授業を始めましょう」


きっぱりと言い切ると、はーちゃんはクルリと踵を返し、胸を張った。


「えっ、じゅ、授業!? いま⁉︎」


(えっ、待って! なんか知らないスイッチ入ったー⁉︎)


「当然です。レアクエストを受けただけで満足していては、冒険者として半人前」


はーちゃんの声色が、完全に教壇のそれに変わる。


「いま我々には、圧倒的に不足しているものがある。それが何か……わかる人はいるかな?」


唐突にハルカ先生、いや、はーちゃん先生の授業が始まる。


私は思わず姿勢を正してしまった。


「わうん?」


足元で微睡んでいたコタロウが、

はーちゃん先生の声色に条件反射のように耳をピンと立て、

いつの間にかお座りして真面目な顔になっている。

私はちょっと首をかしげる。クエスト受けただけで十分じゃないの?


……と思ったけど、こういうときに手を挙げないのも何だか負けた気がして、つい手を挙げてしまった。


「わうん?」


「はいっ、はーちゃん先生!」


「よろしい。では、リン君、発表してみなさい!」


はーちゃん先生がビシッと指を差す。その動きがキマりすぎてて、思わず背筋が伸びる。


えっと……きっとこれに違いない!


「ズバリ、ドッグフードです!」


「ブッブ~。リン君、マイナス10点です」


「えぇ~! 減点⁉︎」


「わうん……」


見事に外れてしまった。コタロウまでしょんぼりしてる。胸がきゅっと痛む。


「というか、ロボットなのにドッグフード食べられるの⁈」


「食べられるよね、コタロウ? この間発売された禁断のチョコレート味とか! ゲーム内にもあったら絶対買うのに~」


「こらこら、リン君! 犬にチョコレート味だなんて、愛犬を毒殺する気ですか⁉︎」


「ち、違います先生! 味がチョコなだけで、カカオは入ってません!」


「ふむ……ならばよし。しかし、かつてマカデミアナッツとチョコをコタロウに与えて、瀕死に追いやった前科がある者の言葉、簡単には信用できませんね」


「うっ、それは言わないで~! 飼い始めたばかりで、当時は本当に知らなかったんです」


「わ、わう……」


コタロウがぶるっと震えた。青い目が不安そうに揺れている。やっぱり思い出しちゃったんだ。あの時のことを。


「リン君、いくら何でも、バレンタインにチョコを犬に与えるなんて、完全に殺しにいってますよ?」


「はーちゃん先生、それは言わない約束だよ、ヨヨヨ……」


私はベンチの上で縮こまりながら、手で口元を隠した。


「リン君、そのヨヨヨの泣き方は反省が足りませんね。追加でマイナス百点!」


「そ、そんなぁ~!」


「さらに、次回のお泊まり勉強会では、タクアン持ち込み禁止!」


「えぇぇぇっ!? 先生、それは罰が重すぎるよぉ」


「情状酌量の余地なし」


はーちゃん先生はにやりと笑って指を立てる。


でもそのあと、少し楽しそうな声で言った。


「ただし、100点に達した暁には、特別賞として最高級タクアンセットを進呈します」


「さ、最高級……⁉︎ はーちゃん先生、次の問題お願いします!」


「うむ、よろしい。やる気がある生徒は大好きだ!」


「わん!」


「さて、では正解を発表します。我々に足りないのは――ズバリ! レベル、お金、そしてオシャレ!」


「オシャレも!?」


「そうです。レベルが低ければ行動範囲は狭まり、貧乏では服も買えません。冒険とは、努力とセンスの融合なのです!」


「なるほど~。つまり、遊ぶためにはまずレベル上げってことだね」


「その通りです。リン君、+20点」


「やったぁ♪」


「効率的にレベル上げをするには、高レベルの敵を倒すか、あるいは雑魚敵をサクサク討伐するかの二択です」


「なるほどですね先生」


「うむ。そして、私の職業はガンナー。強力な攻撃を放てますが、問題があります」


「問題?」


その時、はーちゃん先生の手が目にも留まらぬ速さで動いた。


カシャン! と小気味よい金属音。

いつの間にか腰のホルスターから抜かれていた愛銃から、マガジンが抜き取られる。


先生はそこから親指で弾丸を一発弾き上げると――キラリと宙を舞ったそれを、人差し指と中指で華麗に挟み取った。


「おぉっ、すごい! 映画みたい!」


私がパチパチ拍手すると、先生はふっと前髪を揺らし、指に挟んだ金色の弾丸を私の目の前に突き出した。


「この弾丸を消費するんです」


「……え、それ消費しちゃうんですか?」


「そう。リン君と合流する前に町の道具屋を覗きましたが、この一発で三百ゴルもしました。無駄撃ちすれば赤字確定! 経済観念も鍛えねばなりません」


先生は嘆くように肩をすくめると、手品のような手つきで弾丸をマガジンに戻し、カチャンと銃に再装填(リロード)した。


「銃って金食い虫なんですね」


「戦いには、お金が掛かるのです」


「もちろん、解決策はあります。スキル【弾丸作成】を使えば、マナを消費して弾を生み出せる。……ですが!」


先生はそこで言葉を切り、悲劇のヒロインのように大袈裟に天を仰いだ。


「このスキル、一回使うごとにMPを『5』も消費するのです」


「5も?」


「対して、私のMP最大値は『13』。……割り算はできますね?」


「えっと、13割る5は……2?」


「リン君、2と余り3です。どんぶり勘定はいけませんよ。」


「数学は苦手」


「これは算数! つまり、たった二回スキルを使えば、すぐガス欠。息切れコースなのです!」


「先生のMPは十三だから……ほぼ二回分か」


「そう。このスキル一回で、ハンドガンのワンマガジン分、七発が生成されます。全MPを注ぎ込んでも、たった十四発しか作れません!」


「えぇ~! 先生、それじゃ全然足りないよ」


「もちろん、MPは時間経過で自然回復します。しかし!」


はーちゃん先生は、ビシッと人差し指を立てた。


「私のINTは『1』です。MPが全快するのに、カップラーメンが伸びて汁を吸い尽くすくらいの時間が掛かります」


「うわぁ、回転率が悪すぎる」


「その通り。今は貴重な春休み、時間はたっぷりあります。だからといって、道端で地蔵のように座り、MPバーが1ミリずつ増えるのを眺めて過ごしたいですか?」


「それは……確かに嫌かも。退屈だし」


「でしょう! 春休みは冒険のためにあるのです。回復待ちでボーッとする暇があったら、一匹でも多くのモンスターを狩り、未知の景色を見に行く。これぞゲーマーの矜持!」


「なるほど……。退屈な時間を、お金で解決するんですね」


「正解、+50点!」

「わ〜い♪」


現在ー50点、高級たくあんまであと150点だ。思わず私は両手を上げてしまう。


「時は金なり。ゲーマーが快適にプレイするためには出費を惜しみません。『ゲーマーは食わねど高楊枝』なのです。……まあ、そのせいで万年金欠になり、入学後の購買パンを我慢する未来は見えますが」


「先生。リアルのお昼ご飯に影響しないよね?」


「……コホン。ともあれ、まずは現状把握です。実際に見てみましょう。パーティー申請を送ります!」


【プレイヤー、ハルカからパーティー申請がありました。パーティーに参加しますか?】


迷わずYESを押すと、視界に私とはーちゃん、そしてコタロウのHPとMPバーが表示された。


――――――――――

     HP MP

リン 55 40

コタロウ 500 20

ハルカ  80 13

――――――――――


「はーちゃん先生、みんなの名前が表示されました」


「はい、ここが本日の実習ポイント。先生の名前をタップしてみて下さい。これがハルカ先生の現在のステータスです」


―――――――――――――――――――

名前:ハルカ

職業:ガンナー LV15


HP : 80/80

MP : 13/13


◇基本ステータス

STR : 31(+10) VIT : 1 AGI : 36

DEX : 11(+50) INT : 1 LUK : 1


◇戦闘ステータス

攻撃力 : 65+140×2  防御力 : 1+0 

回避 : 95 攻撃速度 : 175

命中 : 70 クリティカル率 : 1%


ステータスポイント残り 0



所持スキル:銃打/弾丸作成

―――――――――――――――――――


「へえ〜、こうやって他の人のが見られるんだ。……あれ? 先生、私と同じレベルのINT(知性)なのに、MPが少ない?」


「そこに気づくとは、いい観察眼です。職業補正の違いですね。リン君の召喚士は魔法系職。自然とMPが高い。一方で、ガンナーは前線職ゆえにHPが高め、MPが低い傾向にあります」


「へぇ~。あ、確かに私のHPは55しかないけど、先生のは80もある」


「そう。HPとMPのバランスは職業の個性を表すのです。ちなみに、AGI(素早さ)が高いのは……授業中、飛んでくるツッコミや消しゴムを避けられるようにです!」


「そんな授業怖すぎるよ先生」


「さて、ここからが本題です。戦闘中にMP回復を待って弾丸を作っている暇はありません。ですので非戦闘中にできるだけ、弾丸作成を行いストックしておく必要があります」


「そっか、できるだけ弾を作り置きするために、レベルを上げて、MPの最大値を上げるんだね」


「その通り! リン君、+20点」


「やったー」


「わん、わん!」


両手を上げる喜ぶ私の周りを、コタロウが駆け回り一緒に喜んでくれた。


「では次の問いです。なぜお金が必要なのか、わかりますか?」


「弾丸を買うため、ですよね先生!」


「うむ、正解。しかしそれだけではありません。お金の使い道は、冒険における生きる知恵です。例えば、美味しいものを食べたり、いろんな場所へお出かけしたり。そして……これが超重要!」


はーちゃん先生が妙に真剣な顔になり、わざとらしく咳払いをした。


――嫌な予感しかしない。


「リン君に可愛い服を着せて、私の思い出コレクションを充実させるのです!」


「やっぱりそう来たぁ……」


「人生も冒険も、彩りが大事です。楽しく遊ぶためには資金が必要。稼がざる者、遊ぶべからず、ですよ」


「せ、先生……ここ、ゲームの中ですよね? もう遊んでる最中なんじゃ?」


「リン君、ゲームを楽しむために、リアルを削って金策に励むその姿勢を先生は否定しません」


「えぇぇ……」


私は言葉に詰まる。ゲームのためにリアルを削るって、なんか矛盾してない?


でも、胸を張って言い切るはーちゃん先生を見ていると、説得されそうになるから不思議だ。


「は、はーちゃん先生……現実の息抜きに遊んでいるのに、リアル削ってたら息抜けないですよ……?」


「リン君。もしコタロウが散歩に行きたがっていたら、どうします?」


「もちろん、一緒に行きます」


「では、明日が中間テストの日でも、散歩に行きますか?」


「はい、行きます!」


「それと同じ理論です」


「……な、なるほど、そう言われると確かに」


「そう! これは仕方ないのです」


私たちは顔を見合わせてうなずいた。


「わう~ん……」


けれど足元で吠えたコタロウの声は、明らかに「いや、違うでしょ……」と言った気がした。


「よし、ではまずは街の外に出てレベル上げをしましょう。これが本日の実地授業です!」


「はいっ、先生!」


「わん!」


「と、その前にもうひとつやる事がありました」


「え、まだあるの? もう外でレベル上げする気満々だったのに」


はーちゃん先生は噴水の前でくるりと振り返り、ビシッと指を立てた。


「冒険者として最低限、かつ絶対に外せない基礎があります。それはズバリ見た目です!」


「み、見た目!?」


「見た目を疎かにしたまま外に出るのは、寝癖ぼーぼー、ジャージのままデートに行くようなものです!」


「それは嫌かな!」


「でしょう? だから、レベル上げより優先すべき実習があります」


「じ、実習って?」


「『見た目整備(アバターコーデ)』です!」


「コーデって……授業科目だったの!?」


「今日からそうなりました。私が決めました」


勝手に決めたなぁ、と思いつつ、胸を張る先生が妙に頼もしいのも事実。


「冒険者は戦いだけではありません。格好も大事。気分も変わる。視界に映る自分が強そうだと、強くなった気がするのです」


「なんか、わかる気がする」


「そして君は召喚士。ローブ系も可愛いし、軽装も似合う。選択肢は広大です!」


はーちゃん先生の熱量に押され、思わず前のめりになる。


「わん!」


コタロウも元気に尻尾を振って賛成していた。


「ほら、コタロウ君も言ってます。『僕もかっこよくしたい!』と」


「え、言ってないよね? でも、コタロウにも何か付けてあげたい気はするけど……」


「その優しさ、+30点!」


「点数の基準がよくわからないよ先生! でもあと120点だ」


「よろしい。では、次の授業会場へ向かいます」


はーちゃん先生は噴水の向こう、光の粒がふわふわ舞う商業区の方を指差した。


そこにはホログラム看板のきらめきが揺らめいていて、まるで別世界の入口のようだ。


「ここから数十メートル先に、冒険者の見た目がすべて整う、アバターコーデショップがあります」


「そんなに近くに!?」


「もちろんです。初心者の街は導線が優秀なのです」


先生は軽く銃を回し、クルッと踵を返した。


「では諸君、足並みをそろえて進軍開始!」


「わ、わかったよ先生!」


「わん!」


噴水の水しぶきが虹を描く中、私たちは歩き出した。


次の授業は……はーちゃん先生のオシャレ講座・入門編。


新しい冒険は、まず『見た目』から始まる。


――そう信じて疑わない私は、まだ気づいていなかった。

どれほど夢のある世界でも、結局は『先立つもの』が必要だという残酷な現実に。


…… To be continued



次回予告

光と人のざわめきが混ざり合う、まるでお祭りみたいな始まりの街。

実習授業の前にリンたちが向かったのはアバターコーデショップ。

はーちゃん先生のオシャレ授業がはじまる!


『アバターは勝負服⁈ ―鏡の中の冒険者―』


虚構が軋み、心が吠えたとき、世界は書き換わる。


次話は、12/04 21時に更新予定です。


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