第2話 尋ね人展
彼女は、もう何度目かになる転職の面接へと向かっていた。人波と共に電車を降りて、乗り換え口へと急ぐ。
「出口を教えなさいっ!」
そこには、鬼のような形相で、駅員へと詰め寄る中年女性の金切り声が響いていた。
青白く、頬がこけた女性の額には冷や汗のようなものが滲んでいて、左手には、ぐしゃぐしゃの紙を握りしめている。
「行き先を教えて頂ければ、出口番号の案内は出来ますけど……どちらへ行かれたいんですか?」
「違う……そうじゃないのっ!」
長い時間拘束されているのか、疲れ切ったような駅員の声には覇気がない。
真っ赤な顔で怒鳴りつける女性の瞳には涙も浮かんでいた。
中年女性が駅員を怒鳴りつける異様な光景。
カメラを構える人、ひそひそと横目に噂話をする人、そんな人が居そうなものなのに、歩を止めたのは彼女ただ一人だった。
数人の警備員が駆け付けて、中年女性は拘束されていった。
駅窓口の隣に貼ってある、カスハラのポスターが目に入り、彼女は乗り換え口へと向かおうと足を踏み出す。
『ただいま、人身事故により、運転を見合わせております。お急ぎの方は、別路線、もしくは、南口より出ている路線バスをご利用ください』
駅構内のアナウンスと共に、彼女が向かおうとしていた路線の電光掲示板の表示が変更される。
彼女はスマホを取り出して時刻を確認する。構内のデジタル時計に少し遅れて、時刻が一致する。彼女は溜息を吐いた。
『君。分かってる? 面接だよ。何か言ってくれないと……』
『も、申し訳ありません……あのっ……し、失礼します』
呆れたような面接官の表情が浮かぶ。面接官が男性であるというだけで、彼女の頭は真っ白になってしまう。
あの雨の夜から、彼女の転職は失敗続きだった。
「今回も駄目ね。もう間に合わない」
呟いた彼女は、証明写真機の横の手すりへと腰掛けた。ふと顔を上げた視線の先は、あの夜の転職広告の場所だった。
今は、”尋ね人展のポスター”へと差し替えられているようだ。
「尋ね人展面白かったね!」
「全部フィクションでしょ?」
「でも私、ずっとざわざわしてたよぉ~」
チェーン店のプラカップを持つ女子高生たちが、楽し気に彼女の横を通り掛かる。彼女たちが眩しく見えた。
スマホを鞄へとしまおうとした女子高生の一人が、手を滑らせてしまったのか、手すりで休む彼女の足元へとスマホが滑って来た。
それは、尋ね人展について話すSNSの画面だった。
Foxes_L:尋ね人展リアルだった!
pierrot0:【高橋 遥】さんを捜しています。情報提供は0x0-4245-xx04もしくは以下のコードまで……。
尋ね人展委員会:pierrot0さんの投稿を削除しました。
pierrot0:この投稿は表示できません。
すぐに削除されたpierrot0の投稿。一度眉根を寄せてから、彼女はスマホを拾い上げ、女子高生へと返す。
「ミキどした?」
「スマホ拾って貰っただけ」
女子高生は一礼して、三人で去って行く。やたらと大きなキツネの尻尾チャームがスマホに揺れている。
去り際、スマホを落とした女子高生の口角が、僅かに上がった気がした。
彼女は女子高生を見送って、電光掲示板へと視線を戻した。掲示板の表示は未だに復旧中となっており、もう少し時間が掛かりそうだった。
『今日は、全国的に、気持ちのいい青空が広がる一日になるでしょう!』」
掲示板横のモニターから、不意に流れる、明るい女性アナウンサーの声が、今日の天気を知らせていた。
気持ちのいい……青空?
改札口付近から見上げた空。今日も青くくすんでいて、薄雲が掛かっているように見える。
すっきりとした晴れ間は、ここ数日無いはずだ。
首を傾げた彼女は、何かに誘われるように”尋ね人展”の行われているホールへと向かって行った。
季節の変わり目にも関わらず、会場はエアコンが効いていて、空気がひんやりとしている。
彼女は両肩を擦りながら、当日券の短い列に並ぶ。
「次の方、こちらへどうぞ?」
ひょろりと背の高い、糸目の案内人に声を掛けられ、窓口へと移動する。
料金を支払い、手渡されるパンフレットへと手を伸ばす。
ふと香る甘い匂いに懐かしさを感じた。軽く触れた男の指先が妙に冷たい。
その温度に、彼女は一度指先を引っ込め、改めてパンフレットを受け取る。
「きっと見つかると思いますよ。見つけたところで、現実は何も変わらないとは思いますがね」
薄ら笑う男の口元。男の胸元の小さな名札には『闇魔(YAMA)』と、書いてあった。
背筋は冷える心地がするが、これも演出の1つなのかもしれない。
平日の昼間。流石に人は少なく、すれ違う人も疎らだ。
寂れた一角に佇む、意味ありげな電話ボックス。電柱や石壁に行方不明者を捜すビラが貼られている。
スーパーでリアルな行方不明者のビラを見掛けたのは何年前だったか。遠い記憶が呼び覚まされる。
携帯の廃棄ステーションのような場所の隣を通り過ぎると、赤い壁。否、無数の尋ね人のビラが貼りつけられた路地へと差し掛かる。
隅の剥がれかけたビラに彼女は立ち止まる。
【高橋 遥さんを捜しています】
身長157センチくらいの10代後半~20代女性。
髪型はボブ(今は少し伸びているかもしれません)
最後に見掛けた服装はカジュアルスーツ姿で、
お心当たりの方は、0x0-4245-xx04まで。
妙にリアリティーのあるそのビラの写真の女性の顔は、ピンボケしていてはっきりとは分からない。
その名前と、写真のシルエットに既視感があり、彼女は記憶の中の誰かを思い出した。
これは知人かもしれない。フィクションであるはずの展示に何故、知人の名前があるのだろうか?
その名前が気になり、その先の展示も見たはずなのに、何があったかはもう思い出せない。展示会場を出ると、生温い風が彼女の頬を撫でた。
「就活が失敗続きだったんだって」
「まだ若いのにねえ」
「最期くらい迷惑掛けるなよ……」
事故の処理がまだ終わっていないのだろうか? 彼女が電光掲示板を見ると、『復旧済、運転再開』の文字が目に入った。
いつの間にか夕方になっており、彼女は帰宅するため電車へと乗り込んだ。
混み合ってきてはいるが、なんとか座ることが出来た。そういえば、先ほどの女子高生のスマホの画面に、同じ名前があったのを思い出した。
彼女は、スマホを操作して、そのサイトを探す。
「やっば! 青クンかっこいい~♡」
「アンタ本当にミーハーだね。こら、吊り広告は撮らないの!」
ふと賑やかな声に顔を上げる。OL風な女性がスマホを向けているのは、電車内の吊り広告だった。
新人アイドルグループの一人が主演を務める、話題の映画の広告だ。
青と呼ぶということは、きっとメンバーカラーなのだろう。
「再会した恋人の手を握って、”手放したのは未来だろ?”って、必死に現在に引き戻すシーンなんか最高なんだよ~♡ 今度ある企画も楽しみ! 推しで生きてける!」
車内にしては声が大きい。スマホ画面へ戻そうとしていた彼女の視線が、広告のキャッチコピーを再度捉えた。
焦ったようにもう一人の女性がシーっとスマホを向ける女性を制している。
『――手放したのは未来だろ?』
映画のキャッチコピーはアイドルに合わせて青色だ。滲むように掠れていく書体。車内の空調で揺れるコピーが、ゆらゆらと光を反射している。
探していたサイトが見つかり、彼女の視線はスマホ画面へと戻った。
pierrot0の投稿は削除されたままのようだが、DMは送れそうだった。
降車駅のアナウンスが入り、彼女はスマホを一旦スリープして、鞄へとしまって立ち上がった。
駅へ落ちていた紙切れが、どこかへ転がりながら飛ばされていく。
すっかり暗くなった空。月光の落ちるホームの端に、影が潜む気配を感じて、肌が粟立つ感覚を覚えた彼女は、足早に帰路へとついた――。
――――(2)――――
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