17. 紹介

「あの人に全てを委ねるのはやめた方がいいです」


「それはどう言うこと?」


「俺も詳しくは分かりませんが、猿喰は昔、とある宗教団体から保護されたと先代組長が仰っていました」


「先代組長って……」僕は瞳を震わせる。


「現組長、鴉さんとあなたのお父様です」


「お、お父さんが……」


 もし、ここにお父さんが居たら猿喰について聞き出したかった。だけど、彼は僕が物心ついた時に亡くなってしまった。お母さんは僕が産まれてすぐにだ。


 猿喰の幼少期をよく知っているのは逆井と兄さん、そして先代若頭の莅戸さんくらいだ。


「坊は先代組長の死因はご存知ですか?」


「えっと、事故死だって聞いてるよ。兄さんが教えてくれたから」


「……やはり、そうでしたか」


「どういうこと?」


 逆井の謎めいた態度に眉を顰める。


「落ち着いて聞いてくださいね。お父様は、で亡くなったんです」


 ……え?


「ちょ、ちょっと待ってよ。お父さんが、自殺……?! 何で、どうして……」


 逆井の両肩を掴み、上半身を揺さぶる。それもその筈だと逆井が同情の目で「落ち着いてください」と宥める。


「俺も詳しくは分かりません。ただ、お父様の第一発見者が組長だったんです」


「兄さんが……?」


「組長が言うには、寝室でお父様が遺書を遺して首を吊って死んでいたということなんです」


「じゃあ、兄さんが嘘をついてるってことなの?」


「……その時は、組長は十八歳と高校生でしたから。坊はまだ七歳でしたから、きっと組長なりの優しさだと思います」


「兄さん……」


 今朝の兄さんの顔が思い浮かぶ。僕が体調悪かったり、浮かない顔をしているとすぐに気付いて気にかけてくれる。そんな、優しい兄が僕は大好きだ。


 だけど逆井から聞かされた事実に、ほんの少し兄さんに裏切られたと失望感が生じた。


 当時、僕がまだ幼かったからと言っても、それだけは言って欲しかった。兄さんだけが苦しい思いを背負って生きて欲しくなかった。


 本当は、井戸口組の組長なんて辞めて欲しかった。ヤクザなんていつ誰かに狙われても可笑しくないのに、ましてや組の長だなんて。

 重荷を背負って生きているのに、それでも変わらない笑顔を僕に見せてくるのが辛い。


「でも、お父さんの死と猿喰にどんな関係が? 猿喰はお父さんに拾われたから?」

 

「どうやら、その遺書に猿喰について書かれていたみたいなんです。どんな内容だったのかは俺も教えてくれなかったのですが、どこか辛そうな表情で……」


 逆井の悲痛な顔が僕の目に映る。兄さんの右腕的存在の逆井に、兄さんのことについて頼れば詳しく教えてくれる。


 だけど、その逆井でさえも分からないのならお手上げ状態だ。

 だけど、猿喰についてとなるとどうしても知りたい意欲が勝つ。僕らしくないけれど、ある一つの考えに辿り着いた。


「自分で猿喰について調べる」


「ほ、本気ですか?」珍しく逆井が狼狽えた。僕は迷わず頷いた。


「だって、兄さんが僕に隠すってことは何か理由があってのことでしょう? それに、色々調べれば、遺書に記された猿喰のことも分かるかも。兄さんがどうして思い悩む必要があったのか、きっと知ることができる」


 僕は自分で言うのも何だが、井戸口組の人たち全員から過保護に扱われている。だからこそ、人の汚い部分も見ずに済むことができた。

 だけど、僕ももう高校生。善悪の区別は付くし、組内の仕事も一体何をしているか分かる。


 何より、兄さんが苦しむ姿を見るのは嫌だ。そして、猿喰のことを知れるという浅はかな感情を同時にも抱いていた。


 謎めいた世話係の個人情報を知れるチャンスだ。


「なら、俺も手伝いましょう」


 逆井の返事に僕は思わず前のめりになった。


「え?! いいの?」


「はい。坊の為ですから」


 逆井は控えめに微笑み、僕を見つめた。


「だけど……兄さんにバレたら……」


「大丈夫です。怪しまれそうになったら俺が何とかしますから。……そうですね、坊。この後、何か予定はありますか?」


 予定?

 どうして急に……。


 今日は特にすることがないと答えると「なら、丁度いいですね」という独り言が聞こえた。そのまま彼を見つめていると、逆井は誰かに電話をし始めた。


 数分後、逆井はスマホをポケットにしまい、惚ける僕にこう言及した。


「これから俺と一緒に着いてきて欲しい場所があります」




 逆井の車に乗って、向かった先は個人経営の喫茶店だ。観葉植物が沢山置いてあり、落ち着いた雰囲気が僕の肌に纏わりつく。


 何でも逆井の行きつけの喫茶店で、以前兄さんを連れて新作のコーヒーを飲みに行ったことがあるらしい。


「坊、注文はどうしますか?」


「え、いいよ。僕あまりお金持ってきてなくて……」


「いえ、坊に払わせるなんてそんな恐れ多いことしませんよ。それに、そんなことが組長に知られたら切腹か斬首、将又銃殺か拷問を受ける羽目になります」


「に、兄さんはそんなことしないよ……!」


 逆井から物騒な言葉が出てきて、両手を振る。それらの単語もどうやら言い慣れてるようで、逆井がどれだけ極道の世界にのめり込んでいるのか分かる。


 拉致が開かず、と言うより逆井が一向に食い下がるため僕は渋々カフェラテを注文した。逆井もいつも飲んでいる物を頼み、やっと落ち着いて話すことができる。


 腕時計を何度も確認する逆井に僕は首を傾げた。


「そんなに気になるの……?」

 

「いえ、もうすぐ到着する頃かと思いまして……」


 もうすぐ到着……?


 話を上手く理解できずいると、逆井が更に言い加える。


「今日は坊に、俺の知人を紹介しようと思いましてね」


「逆井の知り合い?」僕は背筋がピンっと伸びた。


 逆井の知り合いなら、凄く厳かな人っぽそう。それか、逆井と同じで寡黙そうだ。


 表情が露わになっていたのか、「そんなに身構える必要はありませんよ」と逆井が済ました顔になる。


 やがて、僕たちの席の方へ近付く足音が聞こえる。逆井がその方向を向くと軽く会釈したのだ。

 僕も釣られて首を向けると、そこには逆井と同い年くらいの男性が現れた。

 

 艶のある黒髪に、色白の肌。彫刻で彫られたような筋の通った鼻。

 切れ目の長い両目と目が合った。


 僕は彼を一目見てかっこいいと思ってしまった。


 いや、猿喰もこの人に負けないくらいカッコいい。でも、猿喰は「美しい」が似合うかも。


 余計な考えが僕の頭を駆け巡る中、目の前に、例の男性が座る。


 逆井も猿喰もこの人もそうだけれど、どうして僕の周りには顔が整っている人しかいないんだろう。


「友人の釣瓶つるべすずりです」


 逆井が彼を指し示し先に紹介する。僕が会釈紛いの首を上下にすると、彼、釣瓶さんは微笑んだ。


「初めまして。僕の名前は釣瓶硯と申します。よろしくお願いしますね」


「い、井戸口墨怜です。どうも……」


 釣瓶さんの人懐こい態度とは反対に、ぎこちなさMAXの自己紹介に申し訳なさが出る。それでも気にしない様子にホッとした。


「釣瓶は、泰泉会しんせんかいという所に所属しているんです」


「し、泰泉会……?」


 あまり聞かない組名に目を固まらせる。


「泰泉会というのは、関西で最も勢力を上げている組織でして、彼はその若頭なんです」


「えぇ?!」


 僕の情けない叫び声が店中にこだまする。他の客が僕をチラリと見る中、視線を彷徨わせながら「すみません」と謝罪した。


「まぁ、驚くのも無理はありません。何せ、あなたは初対面でしたから」


「逆井。あまり、本人の目の前で情報を共有するのはどうかと思うけれど」


「坊は、釣瓶とは違って悪巧みができるような人間ではありせんので」


 逆井たちが駄弁り始めた中で、僕は内心パニック状態だ。


 ヤクザって関西っていうイメージがあるから、その泰泉会って物凄く強い所じゃん!!

 しかも、釣瓶さん若頭って言ったよね?!

 

 何でそんな人を僕に紹介しようと……?

 

「でも、どうして他の組の人を……?」


 疑問に抱いていた事が口からポロリと出る。その言葉を汲み取った二人は、途端に静かになった。


 和やかな雰囲気が一気に変わり始めたことに、僕がしどろもどろになっていると、逆井が重い口を開いた。


「釣瓶は幼い頃の猿喰を知っているんです」

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