うり坊、浄化で少女になった

秋の叶

村の居候

第1話

 夏のある日、薄暗い山の中にうごめく影が四つ。

 一つは大きく、残りの三つは小さい。

 子連れの猪が山の中を人里方向に進んでいた。

『あんた達、そろそろ乳の時期が終わるからね。食べられるものを嗅ぎ分けてしっかり食べるんだよ。』

『はーい』

 鼻先で土を掘り返し、ミミズやカエル、昆虫を見つけてはむしゃむしゃと食べる母猪。

 その後ろからトコトコと走ってついて行くのは三頭のうり坊達。


 人里から良い匂いが漂ってきた。

『ああ、これは美味しそうな匂いだね。行ってみようか。』

『行くー!』

 母親の声にうり坊達も喜んで走っていく。


 母猪よりも高さのある塀の近くに良い匂いの何かがあるようだ。

 たらふく食べられるかもしれないと期待して母猪は進んだ。

『あんた達、もうすぐっ・・・・!!』

 バキバキッ!ズドンッ!


『お母さん?・・・あっ!』

 ズシャ!


『え・・・怖い、戻ろう?』

『待ってぇー。・・・わっ!』

 ズシャ!


『・・・怖い。何の音?』


 母猪と二頭のうり坊の姿が消えた。

 一頭だけ残ったうり坊は立ち竦む。

 すると、随分低い位置から母猪の声が聞こえた。

『美味しい匂いがするものがあったけれど、上に戻れないね。小さいこ、同じ所に来るんじゃないよ。頑張って生き抜くんだよ。』


 みんなと同じ所に行ったら安心だけれど、何かが終わる気がして残ったうり坊は走った。

 山の上を目指して小さな足を動かして走る。

 途中何かに引っかかったりぶつかったりしたけれど、何度も起き上がって走った。



 ---猪は、おびき寄せるために穴の上に薄い板を敷き、その上に置いた米ぬかに誘われるように、村の周囲に作られた塀の前の穴に落ちた。

 穴に落ちて死ぬ事は無かったが、翌朝村人によって肉に変えられた。---



 走って走って走り疲れたうり坊は、山の上に辿り着く。山といっても高山ではないので、うり坊でも上りやすかった。

 周辺に小さな実が生っていたのを知っていたので食べられるだけ食べた。

 落ち着いて辺りを見回すと、母猪も他の兄弟もいない。

『いなくなっちゃった・・・。』

 とぼとぼと周辺を歩くと、月明りの下に何かが見える。


 なんだろうこれ?石?

 スンスンとニオイを確認していると、冷たい石が鼻先に当たる。

 スッと体から熱が抜けるような感覚がしたあと、体の中の何かが抜け落ちた。

 兄弟や母親と山の中を歩いた記憶、乳を飲んだ記憶、遊んだ記憶、今までの色々な出来事が浮かんでは消え、更に違う記憶も浮かんでは消えていった。

 多すぎる情報に耐えられなくなり、うり坊は意識を失った。


  


 日が出て辺りは明るくなった。

 どこかで鳥が鳴いている。

 意識を失うように寝ていた少女は身じろぎする。

「ん・・・痒い・・・チクチクする・・・。」

 自分の声に驚いて、パチッと目を覚ます。

 両手をついて上半身を起こした少女がそっと周囲を見回す。

「え?なにこれ?・・・ここ、どこ・・・って!私裸じゃん!葉っぱが痛いし、うわーめっちゃ蚊に刺されてるし。」

 慌てて辺りを見回しても草木があるばかりで服が無い。

「待って、ちょっと待って、屋外で服が無いなんて、人として死ぬ。何か隠すもの。」

 パニックになりながら服を探すが見当たらない。


「ちょっと、なんで、どうして。・・・。」

 半泣きになりながら、葉が付いた枝を拾う。

「使えるものがこれしかないってどういう事よ。大体・・・わた・・・私小さくなってる?」

 胸から下の素っ裸状態を確認して唖然とする。

 どう見ても未成年。それどころか二次性徴前である。


「何なのよこれ。おばさんが子供になるって、探偵漫画やアニメじゃあるまいし・・・。落ち着け自分、何かヒントは・・・。」

 思い出したのは昨夜、石の何かを見た事。

 視線を上げるとそれがあったので、気休めのように枝葉で身体を隠しながらそろりと近寄る。

 蓮の花をかたどった石製の置物があった。


 随分前の記憶を思い出す。

「これ・・・叔母さんと義叔父さんが作ったって言ってた『魔道具』・・・。」

 蓮の花の真ん中に埋め込まれた魔石を触ると、スッと体温が抜ける感覚がした。

「魔力が抜ける感覚って話していたのが、これなんだ・・・。」

 昔、叔母夫婦の家に遊びに行った際、荒唐無稽な話を聞いた。

 異世界に召喚されて旅をして、魔道具を作って元の世界に戻ってきたと話していた。

 いくつか異世界の品物を見せてもらったけれど、あの時は自分の魔力を感じる事が出来なかった。

 それが今は感じられる。

「じゃあ、ここは・・・叔母さん達がいた世界・・・?。」


 いや、それは今すぐ考える事じゃない。

 今の私に必要なのは服だ。

 服が無ければ人を捜せないし、このまま遭遇したら精神的に終わる。

 この際痒くてもいい、何でもいいから着られるものを!

 切実に求めていて思い出した。

「そういえば、蓮の花の魔道具の下に遺品の甕を埋めて、その中に服を入れたと言っていたはず!」

 甕を掘り出すには魔法が使えないと話にならない。

 すぐにでも使えるようにならねば・・・。


 叔母さんや義叔父さんは魔法の事をなんて話してたっけ・・・生活魔法はそれほど魔力を使わないって言うのと、熱が引く感覚から魔力を認識して、専用の異国語じゃなくても日本語で無詠唱でイメージ・・・。

 蓮の花の魔道具に何度か触って魔力を確認する。

 魔法を使うなら灯りや鑑定が安全だって言ってた。

「まずは室内灯あたりかな。」

 指先に明かりが点くように想像すると、ぽわっと点いた。

「よしっ!使える!」

 次は魔道具を鑑定。 


『浄化の石碑:石で出来た浄化の魔道具、聖の魔力を付与した魔石が使われている。魔石の魔力効率は半分。』


 魔力効率。充電みたいなものって聞いた気がする。充電・・・えーっと魔力の補充?が出来るか確認して・・・おっ、ズルっと熱が取られた感覚がするから出来たかな?鑑定。


『浄化の石碑:石で出来た浄化の魔道具、聖の魔力を付与した魔石が使われている。魔石の魔力効率は十分。』


 ここまでは何とか出来た、次は生活魔法で穴が掘れるかどうか。

 私の尊厳がかかっているんだ、絶対に掘る!

 浄化の魔道具があったところから真っすぐ下の方を掘り起こすように魔力を動かす。

 最初はうまくいかないけれど、小さなおもちゃのスコップ感覚から、シャベルで土を掘る感覚に切り替え、重機で掘り起こす感覚に変えていった。

 あった!

 五メートルほど掘ったところに目的の甕を発見する。

「叔母さん達、深く埋め過ぎだよ・・・。」

 私が掘ると思っていなかっただろうし、掘り起こされないように埋めたから当然なんだけど、叔母夫婦の慎重さが恨めしい。

 

 今度は甕をここまで浮かせなきゃいけないのか。

 生活魔法とはいえ、異世界初心者にとってハードな魔法行使が続く。

 小石や大きめの石を魔法で持ち上げる練習をしてから、割らないように甕を動かす。

 ようやく手元に甕を置いた時の達成感と言ったらもう!

 甕の表面を生活魔法で洗浄し、時間をかけて蓋を外す。

 子供の手で開けるのは難しかったけれど、強化魔法を試しつつなんとか開けた。

「服!ゲットだぜ!」

 Tシャツとチノパンを取り出し、シーツを裂いて靴代わりにし、お金も少し貰う。

 甕は蓋をしてもう一度埋めた。

「色々便利な道具が入っていたけど、小さな体じゃ持ち歩けないし、いつか必要になったら取りにこよう。」


 服を自分事洗浄し、Tシャツを着た時点で腿の辺りまで裾がくる。

 これ、チノパン穿けないな・・・お尻をカバーするように巻いて足の部分を腰で結ぶか。

 何とか着たところでようやくほっとした。

「ノーパンだけど、しょうがない。そもそもショーツが一般的になったのは昭和の時代からだと言うし、裸よりましというものよ。やっと人間らしくなったわ。」

 そう言って自分を励まし、はたと思い出す。


「あれ・・・?私・・・昨日までうり坊だったじゃないのぉぉぉ!!なんでぇぇぇぇ?」


 うり坊だった記憶もある、自分が成人女性で結構な年齢まで生きた記憶もある、生きているのか、死んでいるのか、死んだとしたらどんな死に方をしたか覚えていないけど。

 なのに今は少女。

「成人女性から少女になったのはまぁ、輪廻転生とかそういうのかな?と有りだとしよう。でも猪が人間になるって何事?」


 朝からパニック状態だった記憶を探り、昨夜の事を思い出す。

「浄化の魔道具が原因?あれって魔石を浄化するとか、凶暴性を落ち着かせるとかそんな効果じゃないの?獣を人化させちゃうの?」

 いや、そんな効果ないでしょ。

 自分で突っ込んでみるけれど、それしか思い当たるものが無い。

 もういい、原因よりもこれからよ。

 なんだかんだで昼を過ぎている気がする。お腹も空いているし人里に行きたい。

 

 少女は立ち上がって歩き出した。

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