第四章 詐欺師フィンと空っぽの財布

『詐欺師フィンと空っぽの財布』 - 1

 少年剣士カインが新たな家族と共に旅立ってから、季節は夏を迎え、そして実りの秋が訪れた。東門を巡る「幸運の門」の噂は、もはや王都の誰もが知るものとなっていた。わざわざ遠回りをして、ヨハンに見送られるためだけに東門から旅立つ者も少なくない。だが、ヨハン自身はそんな喧騒をどこか他人事のように感じながら、ただ淡々と、門番としての務めを果たしていた。


 その日、門に現れた男は、これまでの旅人たちとは明らかに異質だった。

 身なりはそこそこ良いが、どこか着慣れていない。人好きのする笑みを浮かべているが、その瞳の奥には、人を値踏みするような鋭さと、深い疲労が同居している。まるで、上等な仮面をつけた道化のようだと、ヨハンは思った。


「門番さん、精が出ますな。ここから旅立つと、幸運に恵まれるというのは本当かい?」

 男は、馴れ馴れしく、しかしどこか探るような口調で話しかけてきた。

「さあ、どうだかな。俺はただ、皆の無事を祈っているだけさ」

 ヨハンが素っ気なく答えると、男は「そいつは謙虚だ」と肩をすくめた。その仕草の一つ一つが、妙に芝居がかっている。


 男――フィンと名乗った彼は、これから西へ向かうのだという。目的を尋ねても、「昔の知人に、忘れ物を届けにな」とはぐらかすばかり。その荷物は、やけに軽いように見えた。


 ヨハンは、この男が嘘をついていることを見抜いていた。彼の言葉の端々、視線の動き、その全てが、何かを隠し、相手を欺くことに慣れた者のそれだった。おそらく、詐欺師か、それに類する者だろう。

 だが、同時に、ヨハンは彼の瞳の奥底に、仮面では隠しきれない、本物の後悔と、何かをやり直そうとする切実な覚悟が燻っているのも感じていた。


 フィンが門をくぐろうとした、その時だった。

「旅の方」

 ヨハンは、その背中を呼び止めた。

「……なんだい、門番さん。俺にも幸運の祈りってやつをくれるのかい?」

 フィンは、振り返り、おどけたように言った。


「ああ。……道中、あんたが、金では買えない、本当の宝物を見つけられるといいな」

 ヨハンの言葉に、フィンの顔から、一瞬、笑みが消えた。仮面が、ほんのわずかにひび割れる。彼の心の最も柔らかな部分に、ヨハンの言葉が届いたのだ。

 フィンは、すぐにいつもの飄々とした表情に戻ったが、その瞳の揺らぎを、ヨハンは見逃さなかった。


「……そいつは、難題だ。何せ、俺は欲深いんでね」

 そう言って、フィンは今度こそ振り返らずに、西へと続く道を歩き出した。その背中は、道化を演じているようで、どこか寂しげだった。


 彼が去った後、ヨハンの脳裏に、静かな声が響いた。


《スキル【見送る者】が発動しました。対象者フィンに、祝福『旅人の財布の紐が、ほんの少しだけ固くなる』を付与しました》


 財布の紐、か。

 ヨハンは、その皮肉な能力名に、ふっと息を漏らした。それは、彼がこれから成し遂げようとしている旅への、ささやかながらも、的確なエールのように思えた。


 ヨハンは、フィンが向かった西の空を見つめた。

 あの男が、その旅の終わりに、空っぽになった財布を抱えて、心からの笑みを浮かべられる日が来ることを、彼は静かに祈っていた。

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