書籍化:門番の俺、スキル【見送る】でいつの間にか国を救っていた件

堀籠遼ノ助

第一章 薬師リーナと月光草

プロローグ『門番と始まりの日』

 門番のヨハンは、もう長いこと同じ景色を見ている。

 王都の東門。ここから朝日が昇り、ここから人々は旅に出ていく。そして、ここから夕日が沈み、ここへ人々は帰ってくる。五十年間、ヨハンはその全てを見てきた。石畳のすり減り方も、城壁に絡まる蔦の伸び方も、全て彼の記憶に刻まれている。


 六十四歳。しわが刻まれた顔も、ごわごわになった手も、とうに年寄りと呼ばれるそれに変わった。明日、ヨハンは定年を迎える。大きな感慨はない。ただ、いつもと同じように一日が終わり、そして、いつもとは違う明日が来る。それだけのことだ。


「よぉ、ヨハン爺さん。今日も精が出るな、世界一の『ゴミスキル』でのお見送りは」


 軽薄な声で話しかけてきたのは、交代勤務でやってきた若い同僚だった。ヨハンはちらりと視線を向けるだけで、何も答えなかった。またその話か、と内心で思うだけだ。


 この世界では、誰もが神から与えられた『スキル』を持つ。人々はそれを磨き、立身出世を夢見る。剣一つで竜を斬る【剣聖】。天変地異を操る【大賢者】。傷を癒し、死者すら蘇らせる【聖女】。

 そんな中で、ヨハンが授かったスキルは、【見送る者】。

 その効果は、ただ旅立つ者の背中を見送り、「いってらっしゃい」と声をかけるだけ。攻撃力もなければ、生産性もない。まさに、同僚が言う通りのゴミスキルだった。


 だからヨハンは、万年平門番。出世もなければ、武勇伝もない。ただ、門に立ち続けるだけの五十年。若い頃に抱いていた夢は、とうの昔に色褪せて、記憶の隅で埃をかぶっている。


 定年を明日に控えた、その日の午後だった。

 一人の少女が、おずおずと門の前に立った。まだあどけなさの残る、新米冒険者。使い古された革鎧は彼女の身体には少し大きいようで、ぎこちない。


「あの……ゴブリン退治の依頼なんですけど、東の森って、こっちで合ってますか?」


 握りしめた剣の柄が、希望と同じくらい大きな不安で、小刻みに震えている。その姿に、ヨハンは遠い昔の自分を思い出していた。


 ―――五十年前、彼が初めて本気の祈りを捧げた、親友のレオ。

 彼も、騎士団の初めての遠征任務で、同じように「ゴブリン退治だ」と、希望に満ちた目で旅立っていった。その時、ヨハンのスキルは初めて発動した。

 『友の剣の柄の握りが、ほんの少しだけ滑りにくくなる』という、ささやかな能力。ヨハンは、それが友を守る力になると、信じた。


 だが、友は帰ってこなかった。ゴブリンの巣に潜んでいたオークの奇襲を受け、帰らぬ人となったのだ。『剣の柄の握り』など、あまりに無力で、無意味な奇跡だった。

 自分の本気の祈りは、この程度か。友の死を前に、彼は、自分のスキルが、祝福ですらない、残酷な悪戯なのだと思い知った。


 いつしか、俺は祈ることをやめていた。どうせ何も変わらない、と。


 だが、目の前の少女は違う。彼女は今、まさに旅立とうとしている。

 ヨハンの中で、何かが静かに動き出した。埃をかぶっていた感情が、ふっと息を吹き返した。それは、あまりにも純粋で、切実な「祈り」だった。


「お嬢ちゃん、道は合ってるよ。気をつけてな」

 ヨハンは、いつものように言った。だが、その一言だけでは足りなかった。彼は、少女の目を真っ直ぐに見つめ、言葉を続けた。

「あんたの旅路に、幸運があることを祈ってる」


 その瞬間だった。

 チリン、と澄んだ音が脳内に響いた気がした。


《スキル【見送る者】が発動しました。対象の少女に、祝福『旅人の靴紐が、少しだけ解けにくくなる』を付与しました》


「……!」


 ヨハンは、息をのんだ。レベルは、上がらない。だが、スキルは、確かに発動した。

 呆然とするヨハンに、少女は「ありがとうございます!」と元気よく一礼し、森へと駆け出していった。その足取りは、心なしか、門に来た時よりも少しだけ軽く見えた。


 ヨハンは、自分の手のひらを見つめた。

 五十年前、レオを見送ったあの日以来、一度も発動しなかったスキル。やはり、ただの義務感から口にする「いってらっしゃい」では、ダメだったのだ。だからレオを見送った時以降、1度もスキルが発動することは無かったのだ。


 心からの「祈り」を込めてこそ、このスキルは意味を成す。

 五十年の時を経て、ヨハンは自分のスキルの、本当の使い方をようやく理解した。


 次の日。

 定年を迎えたヨハンは、朝一番に隊長の元を訪れた。祝いの言葉をかけようとする隊長に、ヨハンは深々と頭を下げた。


「隊長。勝手な申し出とは承知の上ですが、どうか、この俺の定年を返上させていただけないでしょうか」


 隊長も、それを聞いていた同僚たちも、皆、鳩が豆鉄砲を食ったような顔をした。すぐに、それは呆れと嘲笑に変わった。

「何を考えてるんだ、ヨハン爺さん」

「まだ幸運の門番ごっこを続ける気かよ。めでたい爺さんだ」

 誰もが、老人の気まぐれだと笑った。

 だが、ヨハンは何も答えなかった。ただ、静かに門へと戻り、自分の持ち場に立つ。


 彼の視線の先には、今日も、朝日を浴びて旅立っていく人々の背中があった。

 商人、騎士、学者、そして冒険者。それぞれの人生を背負い、それぞれの旅路へと向かう人々。


 ゴミスキル、結構。

 しょぼい能力、上等だ。


 ヨハンは、そっと胸に手を当てた。

 その奥深く、五十年間凍りついていた場所が、ちりりと、確かな熱を持っている。


(レオ……聞こえるか。

 五十年前、お前がきっかけで発動した、この些細な能力。

 俺は、今日までその本当の意味からずっと目をそらしてきた。

 だが、ここからだ。俺の本当の仕事は、お前への祈りからもう一度、ここから始まるんだ)

 彼は、キャラバンを組んで出発する商人の一団に向かって、力強く、そして穏やかに声をかけた。


「いってらっしゃい。道中ご安全に。皆の商売繁盛を、心から祈っている」


 ヨハンの、門番としての二度目の人生が、今、静かに幕を開けた。


――――――――――

【作者より】


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