第26話 視線数多の昼休み

そして時間は流れ、昼休み。

昼食を共にするため、僕たちは本校舎裏手にある大きな庭園へとやってきたのだが……。


「……見られすぎじゃない?」


 多種多様な花が植えられた花壇の傍に設置されたベンチに腰掛けた僕は周囲に意識を向けつつ、振り注ぐ膨大な視線に口端を引き攣らせた。


 数分前、僕たちが庭園に足を踏み入れた瞬間から、この視線は注がれている。庭園の中だけでない。付近にある本校舎、その窓からも無数の視線が向けられているのだ。その数は百では収まらない。下手をすれば、千を超えているかも……


 まるで監視……いや、動物園だ。

 視線はいずれも悪意あるものではない。興味や好奇心といったものが大半。

 害はないけれど、心地よいものでないことは確かだ。


 これ、なんとかならないかな……。

 なんて思っていると、隣に腰掛けたミルエルが諦めた様子で言った。


「受け入れましょう、先生。こうなるのは必然で、避けられないことですから」

「……そうだね」


 ここ数日で生徒の僕に対する注目の高さは嫌というほど理解した。多くの目に触れる庭園を昼食の場に選んだ時点で、注目のもとになるのは仕方ないこと。このまま受け入れ、黙って食事をするしかないようだ。


 落ち着かないなぁ……。

 肩を落としつつ、ふと、僕は庭園の入り口方向を見やった。


「そういえば、レヴィアは? まだ来ていないみたいだけど」

「それが……」


 僕の疑問に、ミルエルは困ったような微笑を浮かべ、携帯端末の画面を此方には向けた。


【ごめん。クラスメイトに捕まった。逃げられそうにないから二人で食べてて】


 送信者はレヴィア。彼女も僕らと一緒に食事をする予定だったのだけど……どうやらクラスメイトたちに捕縛されたらしい。恐らく、今朝の質問責めの続きってところかな。簡単には解放してもらえないだろうね。


 頑張って。そして、楽しんで。

 レヴィアにエールを送り、僕は持参した弁当箱の蓋を開けた。


「うわぁ、美味しそうですね」

「ありがとう」


 膝上の弁当箱を覗き込んだミルエルの感想に、僕はお礼を返す。

 中身は至ってシンプルなものだ。

 白米、唐揚げ、ポテトサラダにプチトマト、卵焼き、さやえんどうの胡麻和え。

 勿論、僕の手作りだ。

 ラビラさんとリルにも同じものを渡してある。流石に朝から別々の弁当を作るのは大変なので。


「先生って、お料理上手なんですね……凄いです」

「そうかな? 普通の料理ばかりだと思うけど」

「凄いですよ。私の家族は誰一人として料理ができませんからね」

「そりゃあ、王族だからね。専属の料理人がいるなら、態々台所に立つ必要はないでしょ。プロに任せればいい」

「それはそうなんですけど……弊害もあって」

「弊害?」

「はい。それが、これです」


 言って、ミルエルがランチバッグから取り出したのは──立方体の黒い箱だ。

 漆と金細工で彩られたそれは、五段にもなる重箱。

 一瞬金庫にも思えたそれをパカッ、とミルエルが開けると、高級食材がふんだんに使われた料理の数々が露わになった。

 最高級レストランや料亭で出てきそうな品の数々。

 一段だけでも満腹になりそうな量だが、それが全部で五段。

 一人で食べきるのはほぼ不可能だろう。


 重箱を見下ろし、ミルエルは溜め息を吐いた。


「毎日専属の料理人が寮まで届けてくれるのですが……こんなにいらないと、いつも言っているんですけどね。一向に改善がされず」

「これは食べるの大変そうだね……もしかして、いつも残してる?」

「いえ、普段はクラスメイト達にも手伝ってもらっています。勿体ないですから」

「そうなんだ」

「ただ、今日はそういうわけにもいかないので……残った分は持ち帰って、夕食にします」


 ミルエルは憂鬱そうに肩を落とした。

 産まれながらにして全てに恵まれている王族。だが、大変なことも多いらしい。

 色々と苦労もしているんだなぁ──と、僕がしみじみと思った時。


 パシャ! パシャパシャ!


 不意に鼓膜を揺らしたシャッター音。

 僕が反射的に其方を見やると、視界に映ったのは離れた箇所から此方に一眼レフを向ける二人組。

 フードを深く被っているので、素顔を見ることはできない。

 ただ右腕には【広報活動中】と書かれた腕章をしている。


 二人は僕が気が付いたことを悟ると、少し慌てた様子で、そそくさと逃げて行った。その逃げ足の速いことで、数秒足らずで見えなくなってしまった。


「新聞部ですよ、ルディル先生」


 彼女たちは一体?

 首を傾げた時、ミルエルが箸を弁当に伸ばしながら答えた。


「今朝の新聞を発行した者たち……彼女たちは休み時間や放課後になると、校内を回って記事のネタを探しているのです。で、面白そうなものを見つけたら、本人の許可なく撮影し、新聞にする……悪い子たちですよ」

「なんか、週刊誌みたいだね」

「正にそれです。報道の自由を主張して好き放題する様は……とはいえ」


 ミルエルは二人が去ったほうを見やり、ポケットから取り出した端末に指を這わせた。


「抗議のメールくらいはしますけどね。黙ったまま何も言わないのは、性に合わないので」

「いいことだね。盗撮は良いことではないし、ちゃんと言わないと」

「言ったところで効果は薄いですけどね」


 アハハ、と乾いた笑いを浮かべたミルエルは慣れた手つきでメールを完成させ、送信。

 そして、フゥ……と一息吐いた後『あ、そういえば!』と声色を一変させて僕に言った。


「先日のポスター、凄く好評なんですよ?」

「ポスター……えぇ、あの肖像権フル無視ポスターが? 悪趣味な……」

「悪趣味なんかじゃありませんよ! 健全で素晴らしい性癖と努力の結晶です!」

「性癖と健全は両立しないものだよ」

「ほら、これを見てください!」


 興奮気味に携帯の画面を此方に突き出したミルエル。

 一体どんな評判が? と、僕は首を傾げつつそれを見やる。

 そこに映し出されていたものは──。


【本校舎の掲示板に飾ってあったルディル先生のドン引きポスターについて】


1.名無しの海洋寮生

  あまりにもエッチが過ぎる 視線だけで子宮がキュンキュン警報発令してるんですけど。


2. 名無しの森林寮生

  私の鑑定眼によると、エチエチレベルは200ってところかな……やるね


3.名無しの冥界寮生

  これはマナー違反できませんねぇ


4.名無しの海洋寮生

  逆に考えるんだ ドン引きされても美味しいと


5.名無しの天空寮生

  守れよマナーくらい


6. 名無しの冥界寮生

  今夜はこれで良しとしますわね


7. 名無しの森林寮生

  捗るね……


8. 名無しの海洋寮生

  ところで制作者は? さぞ高名な画家なんでしょうね


9. 名無しの天空寮生

  確か生徒会と美術部の合作だった気がする ちなみにルディル先生には無断だったらしい 許されたっぽいけどね


10. 名無しの森林寮生

   Thanks 自分のエチエチポスター制作を許してくれるとか、ルディル先生は神か?


11. 名無しの冥界寮生

   妖精王定期 王種の中の王種は器が違うね


12. 名無しの海洋寮生

   ねぇ、あのポスター売りに出されないかな。収集に加える


13. 名無しの天空寮生

   妙な収集してんなぁ。ちなみに私は50000なら出す


14.  名無しの海洋寮生

   甘いな。70000だ


15.名無しの森林寮生

  100000


16.名無しの冥界寮生

  200000


17.名無しの天空寮生

  300000


18.名無しの海洋寮生

  400000


 ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─


「……なにこれ」

「学生掲示板ですよ、先生。生徒たちが情報交換や共有、雑談を行うサイトです。ここではあのポスターについて色々と語られています」

「な。なんかオークションが開催されているんだけど?」

「実際にオークションが行われているわけではありませんよ。あくまでも、あのポスターに幾ら出せるかという話ですから。フフ、かなりの高値をつけてくれる生徒が沢山いますね」


 面白そうに笑ったミルエルは携帯の画面を暗転させ、それをポケットにしまった。


「とまぁ、こんな感じで。評判は中々です。実際の効果はこれからですけどね」

「掲示板を見たところ、逆効果になりそうな子もいたけど」

「大丈夫ですよ。掲示板に書き込むことは大抵冗談ですから」

「だといいんだけどね」


 僕の肖像権が無駄になりませんように。

 何て頭の片隅で願いつつ、僕は弁当箱の唐揚げを口に運んだ。

 と、その時。


「あ、あの………」


 恐る恐る、と言った様子で掛けられた声。

 聞き覚えのある声だ。本当に最近、数日以内に聞いた乙女の声。


 食事の手を止めた僕は声の持ち主の顔を脳裏に思い浮かべながら、声が聞こえたほうへと顔を向け……そこに立っていた少女の名を呼び、尋ねた。


「……こんにちは、リュアス。どうしたの?」

「こ、こんにちは、ルディル先生。えっと、その……」


 先日産卵室で遭遇したドリアードの少女──リュアスは何やら恥ずかしそうに、もじもじと両手の人差し指を突き合わせ……やがて、意を決したように軽く頷き、言った。


「じ、実は……お願いが、あるんです」

「「……?」」


 冗談ではない、リュアスの真剣なお願い。

 僕とミルエルは一度、互いに顔を見合わせた。

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