第2話 甘きバラ


 叔父はコーヒーに口をつけてから、

「それは、遺言なのか?」

「ううん、遺言じゃないな。その人、入院していたんだけど、夢うつつの状態で、何度も口にしたらしいの。その言葉の意味が、ご家族には全然わからなくて」

「夢うつつということは、意識が朦朧もうろうとしているということだろ。そんな状態なら、意味不明で当然だと思うけどな」

「それはそうかもしれないけど」


「まぁ、いいや。聞かせてよ、その人は何て言ったの?」

「【アマキバラヨ、エイエンナレ】」

「んん、アマキバラ? アキハバラじゃないよね」

「うん、アマキバラ。甘い薔薇ばらって意味だと思うんだけど。今、秋葉原っていったよね。叔父様、【秋葉原よ、永遠なれ】なら、心当たりがあるの?」


「いや、心当たりはないけど、何となくが浮かぶな。オタクたちが駅前広場に集結して、旗を振るアイドルに導かれている画がさ。ほら、ドラクロアの代表作みたいに」

「ドラクロアって誰? 代表作?」

「一九世紀フランスの画家,ウジェーヌ・ドラクロワだ。代表作のタイトルは確か、『民衆を導く自由の女神』。フランス七月革命をモチーフにした有名な絵だよ」

「本当に有名なの?」


 スマホで検索をかけたら、すぐに出た。なるほど、美術にうとい私でも見覚えがある。ただ、肝心の内容から随分それている。とりあえず、話を戻そう。

 私は紙切れにサラサラと【甘きバラよ、永遠なれ】と書いた。

「たぶん、こうだよね。叔父様の第一印象はどう?」


「ざっくりした印象だけど、時代がかった決め台詞かな。昔の映画とかアニメで使われたような雰囲気がある」

「決め台詞?」

「【甘きバラよ、永遠なれ】。切れ味の良い語感からして、そんな感じだろ。怪獣ブームやアニメブームが起こった後、八〇年以降の雰囲気かな」

「平成生まれの私には、ピンとこないな」


 叔父は咳ばらいをしてから、

「まず、怪獣ブームはテレビで『ウルトラQ』や『ウルトラマン』が放映されて起こったんだ。次いで『仮面ライダー』が社会現象になり、しばらくして『宇宙戦艦ヤマト』でアニメブームが巻き起こった。その流れは『機動戦士ガンダム』の映画三部作で決定的なものに……」


 叔父のレクチャーは聞き流す。言い忘れていたが、叔父はオタクだと思う。キモい感じはしないけれど、アニメについて力説する姿は、正直言って引いてしまう。


 ただ、意外なところで、核心をつくことがあるので、叔父はあなどれない。なぜなら、

「そういえば、アニソンにも【甘きバラよ】や【永遠なれ】と似たようなフレーズがあったな」と、言い出したからだ。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る