悪魔、服を買うってよ。


 〈影変身〉の要領で、『布影』をミサキちゃんにまとわせると黒ジャージ姿になった。

 もしかしたら俺が意識していないと維持ができないかと思われたが、どうやら完全に独立しちゃっているみたいで、気を緩めたり、念じても形が変わる事はなかった。

 ちなみに巫女服は着替えた時に、いったん『布影』の中に収納されて普通に取り出す事ができた。もしもの時は逆に『布影』を使って、一瞬で着替えができるかもしれない。

 これこそ正に変身だな。日本と言えば変身だろという、冷静に考えたら微妙な理由で付けたんだが、名前に適した能力になっちゃったな。


 ということで、黒いジャージ姿の成人男性姿の俺とミサキちゃん。

 顔付きもそっくりだから、これなら兄妹に見えてもおかしくないだろう。

 俺は自信を持って外へと出る。ふぅ、自由シャバの空気は美味いぜ。


 さてと、これから買い物であるが、歯ブラシから布団に至るまで俺たちには多くのものが必要だ。それらをまとめて買い物できると言ったら大型デパートになるか、まあ多分東京だから何処にでもあるだろう。


「にしたって、このまま歩いても迷子にしかならないしな」


 この家の周りには人が居ない、正にポツンと一軒家状態だ。

 でもなんというか奇妙な感じがする。元は家が建っていたような平地が数多く残っており、もう何年も放置されている場所も多く自然に侵食されており、森になる境界線が間近に迫っている。

 街からは離れているとはいえ東京都内だとは思うんだが、なんだかここだけ違う世界みたいだ。いわゆる都会のスキマってやつかな?

 ご近所の目を気しなくても良いのはありがたいが、目的地も分からずに進んでも迷子になりそうだな。


「だが、俺には秘策がある!」

「“ひさく”?」

「考えがあるって意味だよ、というわけで秘策の〈影鴉かげからす〉」

「アー!」

「……カラスだ」


 近くに居た〈影鴉かげからす〉が俺の腕に掴まる。そういえばミサキちゃんは初めて見るんだっけか。


「〈影鴉かげからす〉、俺の『布影』の1部を切り離して作ったカラスだよ」

「アー」

「……生きてる?」

「いや、命令しないと動かないロボットみたいなものな筈だけど……」

「アー!」


 ……あれ? こんな風に返事したっけな?

 首振りや羽を広げたりする動きが、本当に生きているみたいだ。

 そういえば鈴明スズメちゃん、なんか喋ったって言ったけど、本当に喋るのか?


「ヤマト?」

「ん、まあいま考えても仕方ないか。〈影鴉かげからす〉、タクシーが居る場所まで案内してくれ」

「アーイ!」

「いま日本語喋った?」


 まあ今はデパートへ行くのが最優先。〈影鴉かげからす〉に空からタクシーを見つけてもらい、先回りして呼び止めた。

 鈴明スズメちゃんから貰った100万。大切に使わないといけないけど、これも必要経費。次からは俺だけなら一瞬で移動できるしね。

 前世も含めて初めてのタクシーの席は、思った以上に居心地が良かった。タクシーのおんちゃんは物静かな人で、俺たちについて特に反応しなかったのは良かった。あるいは、外を興味深そうに見ているミサキちゃんと、それを見守っている俺に気を遣ってくれたのかもしれない。


「……人がいっぱい居る」

「いっぱい居るねぇ」

 

 デパートは結構近くにあったようで十分ぐらいで到着してすぐに〈影鼠かげねずみ〉を生み出して、目立たない場所へと移動させる。これで俺だけならいつでも瞬間移動が可能になった。

 ミサキちゃんと一緒に行けたらいいけど、まだ人ができるのか試して無いんだよな。

 ……いっそ、敵でテストしてみるか? いや、それで死んだら流石になぁ……マジでいい方法探さないと。


「ミサキちゃんは、デパートに来るのは初めて?」

「はい」


 こんなに沢山人が居る場所ミサキちゃん経験無いと思うし大丈夫かなと思ったが、特に変わらず。なんなら初めてテーマパークに来たみたいで楽しそうだ。

 かくいう俺もワクワクがとまんなくて、一秒でも早く中へと入りたい。


「そっか、じゃあ買い物しながら楽しもうか」

「はい」


 はぐれないようにミサキちゃんと手を繋いで、デパートの中へと入る。


「おお、デパートだ」

 

 馬鹿みたいな感想を口に出して、内心では店内には沢山の店があって、沢山の人が居ると馬鹿みたいな事を思う。

 【地獄】では、決して見られない人のいとなみの光景。

 俺は日本に居るんだな。

 

「ヤマト……嬉しい?」

「分かっちゃう? ……ほんと、めっちゃ嬉しい」


 鼻歌を歌いたくなるほどの気分を上げながら、内部の案内図を見て予定を決めていく。

 それはまるでアトラクションに乗る順番を決めていくみたいなもので、テーマパークに来たみたいだなと思ったが、いまの俺にとってはテーマパークそのものだった。


 +++

 

「……服がいっぱい」

「そうだね。とてもいっぱいだ」


 俺たちが最初にやってきたのは服屋だった。

 もっと、おしゃれな呼び方があったような気がするけど、【悪魔】なので分かりません。

 

 最初に来たのは入口から1番近かったというのもあるが、いくら東京、多様性に富んだ色んな人が居るとはいえ、流石に兄妹おそろの黒ジャージは目立ったのか、デパート内に入ってから思ったよりも見られたからってのはある。


「いらっしゃい……まぁ」


 まあ、原因はこのメロ顔な可能性があるんだけどね。

 若い女性の定員さんが、俺の顔を見て唖然とした。明らかに顔を赤らめている。

 ……ミサキちゃん、将来美人さんになるんだなぁ。


「あ、すいません。なにかお探しでしょうか?」


 現実に帰ってきた店員さんが声を掛けてくる。他にも買わないといけない物もあるし、ここは素直に尋ねよう。


「実は結構なトラブルがありまして、兄妹揃って服も下着も無くなっちゃって買いに来たんです」

「まあ、そうなんですか? それは大変でしたね」


 嘘も方便。誰も不幸にならないし、話がスムーズに済むので、こういう時はね。


「それで妹の服と下着を用意して欲しいんです。予算は大体二万円ぐらいで」

「分かりました。では少々お待ちください──」


 それから、店員さんはミサキちゃん用に何着かの服一式と、下着を持ってきてくれた。

 下着も含めて自由に試着してもいいという事で、早速試着室で着てみる事に。


「……ミサキちゃん。俺はここで待ってるんで、絶対どこにも行かないから安心して」

「……ダメ?」

「流石にね。いくら兄妹でも現代はそこらへんだいぶ厳しい気がするからね」

「……ヤマトお兄ちゃん、ダメ?」

「ぐっ……そういうのどこで覚えてきたのもー!?」

「?」

「え? 天然でこの威力? 将来が楽しみ通り越して不安になってきた~」


 などという、やり取りはあったものの必死の説得によって俺は試着室の前で待っている事に。

 ……あれ、店員さんってずっと隣に居たっけな、それに遠くに他の店員さんたちもこちらを見ている。


「……妹さん、お兄さんのこと大好きなんですね〜」

「そうですね。さっきのお兄ちゃん呼びは本当に破壊力高くて、ここが家だったら膝から崩れ落ちていたところですよ」

「お兄さんも、妹さんのことが大好きなんですね!」

 

 待っているだけなのもの何なので、店員さんと話をする。

 

「私も同じぐらいの妹が居るんですけど、いまはあんな風にできないので、少し羨ましいです」 

「そうなんですか……ちなみに妹さんはお幾つですか?」

「今年で17歳になります」

「それはまあ……中々難しいお年頃ですね」

「ふふっ……はい、今の妹さんぐらいの時は、お姉ちゃんお姉ちゃんって懐いてきて、本当に可愛かったんですよね」


 実際はミサキちゃんも16歳なんだが、当然言うつもりはない。でもやっぱり他の人から見てもミサキちゃんは、かなり幼く見えるんだな。

 

「……あの、お兄さんは服を買わないんですか?」

「あー、そうですね」


 服も下着も無いって言った以上は、俺もなにか買わないと変だよな。


「テキトーに下着とか変えのジャージを買います」

「そんな勿体無い!?」

「え?」

「よろしければ、妹さんと同じように私たちの方で見繕みつくろいますので、試着してみて下さい」

「あ……はい」


 勢いに押されてしまいOKしてしまう。


「こちらなんかどうでしょう!? 絶対似合いますので!」

「じゃあ、せっかくなんで」


 自分で選びますって断るよりも早く、違う店員さんが1セット持ってきてしまったので、流されるままに試着室へと入る。


「うーむ、押されてしまった。まあ1着ぐらいは買っといた方がいいか」

「お兄ちゃん?」

「俺も服を試着することになったよ。そっちはどうだい妹よ。ちゃんと着れてる?」

「はい……だいじょうぶ」

「それなら良かった」


 もしかしたら補助が必要になるかなと思ったけど問題なさそうで良かった。

 ミサキちゃんが何を知っていて、そして何を知らないのか見極めていかないとな。


「すいません、今よろしいでしょうか?」

「はい、大丈夫ですよ」

「他にも服を持ってきたのですが、試着してみますか?」

「いいんですか? じゃあ着てみます」

「分かりました。それでは手を入れさせていただきます、失礼します」

「あ、はーいって多っ!?」


 渡された服は上下合わせて十着以上はあった。



+++


 

「これってどうですかね?」

「いいですね! 最近は昼と夜の寒暖差に備えて、こちらの組み合わせも流行ってまして〜」

「なるほど、着かたはこれで合っていますか?」

「いいですねぇ!! こっちも──」

「はいよー」

「あっちも──」

「ほーい」

「あ、これなら妹さんとお揃いで──」

「着まーす!!」


 あれから、続々と渡される服と集まってくる店員たちによって、1時間ぐらい着せ替えショーみたいになった。

 

 だいぶ謎の熱狂だったな。他のお客さんがいなくて暇だったのかもしれない。

 でも前世でもこういう事したことが無かったから、新鮮で楽しかった。


 そんなわけで俺の格好は黒ジャージから、白シャツに黒の上着とズボンといったカジュアルなものとなった。鏡に映った人間姿は客観的にみても魅力が爆増したように見える。言い方を変えればさらにDV彼氏度が上がった。


 ミサキちゃんはというと、俺と兄弟コーデという事で、同じく白シャツに黒のスカート。シンプルであるが細かな所で個性が出ているタイプで、ものすごく似合っている。


 店員さんのセンスは確かなもので、他の服や装飾や寝巻き、下着に至るまで似合うものばかりだった。俺だったら暖色系とか絶対買わなかったな。

 

「──全部で、10万2千円になります」

「スゥ……」


 まあ、その結果が、レジの画面に映るこの額である。

 もしも、これが高度な売り込み戦略ならば、俺の完全敗北だ。

 まあ服も必需品だからねいいようにやられて悔いなし、敗者たる俺はお金を渡そうとしたところ、店員さんがスマホを持って話しかけてきた。


「お客様……実はいま店の服を買ってくれた方にSNS宣伝用の写真を撮らせてもらってまして〜。ご協力してもらったら、お会計が八割引きになるんです」

「え? マジですか?」

「マジです。よろしければですが、やってみませんか~?」


 そんな都合のいい割引きがあったなんて、というか、もしかして、最初からそれが狙いだったのかな?


 うーん、どうしようか。

 鈴明スズメちゃんからもらった100万円があるから払えはするけど、これからの買い物で、どれだけ必要になるか分からないから、なるべく節約はしたい。


 とはいえ、ミサキちゃんの事をSNSにアップするのは絶対にNG。

 もしかしたらネットに載せた写真が切っ掛けで、鬼灯ほおずき家に見つかって危険な目に遭うかもしれないしね。

 そう思って断ろうとした直前。そういえば俺って〈影変身〉した存在しない人間である事を思い出す。


「あー、すいません。それって俺だけでもいいですか?」


 最悪なにかしらのトラブルが起きても、俺だけなら別の姿になればいいだけだしねと提案をする。

 

「もちろんですよ」

「じゃあ、せっかくなんでお願いしてもいいですか?」

「分かりました。それでは、こちらで撮影するので、どうぞ」

 

 定員さんに誘導されたのは店の端っこの壁の前。その後は言われるがままにポーズを取ったり、違う服で写真を撮ったりした。


「――本当によくしてもらって、ありがとうございます」

「いえいえ、こちらこそ久しぶりに楽しかったです!」

「久しぶり?」

「あ、まあ、最近だとネット販売が強くて、なかなかお兄さんたちみたいな若者が店に来ないんですよ」

「あー、大変ですね……また夏や冬になったら来ます」

「はい! いつでもお越しください!」


 服が入った紙袋を持つ、結構な荷物になったが『布影』の中に入れれば問題ない。

 通常では『布影』の中に入れたものは消滅する。粉々になるのか、分解されるのかは分からないが、無くなっちゃうので俺は消滅と呼んでいる。

 だが入れる際に保管すると意識しておけば、消滅する事なく、いつでも好きなように取り出すことができる。

 これに関しては、あの家の物で確認済み。本当に1家に1悪魔な【権能けんのう】である。


「気に入ったか?」

「はい……良いです」

「そっか、ならまた来ような」

「はい」


 ミサキちゃんは今着ている服が大変気に入ったようで、分かりやすく嬉しそうにしている。

 そんな中で、俺は〈影鼠かげねずみ〉を1匹、店員さんの近くに置いていた。

 突然の8割引もそうだが、流石に様子がおかしい。

 悪い人には見えなかったが、念には念を入れて探りを入れる。


 ≪――久しぶりに楽しかったね〜≫

 ≪ね〜。それにしてもあの兄妹マジでレベル高かったね≫

 ≪ホントにそう。お兄さん本当にかっこよかったし、妹ちゃんも本当に可愛かった≫

 ≪……店長、お兄さんの写真、本当に店アカに載せるんです?≫

 ≪載せたいけど……今はちょっとね。流石にネットだと、私たちもそうだけど、あの兄妹にも迷惑かかっちゃう≫

 ≪店長優しい~。でも8割引きは流石にやりすぎだって≫

 ≪褒めるか、批判するかどっちかにしろ~≫

 ≪でもいいんですか、あんなにあげちゃって、転売とかするんじゃないですか?≫

 ≪それならいいよ。元々在庫になっていたやつもあるし、それで、あの2人が美味しいご飯食べられるなら別にいいかなって……お兄さん待っている間、1度もスマホ出さなかったんだよね≫

 ≪…………やっぱり、悪魔の子そうですかね?≫

 ≪わからないけど、まあ妹さんもお兄さんも良い人だったから幸せになってほしいよね≫

 ≪ねー。イケメンに可愛かったし≫

 ≪ほんとそれ……妹、元気にしているといいな≫

 ≪ん? すいません、途中聞こえませんでした?≫

 ≪ううん、今の日本はほんとおかしいよねって、おかげでティーンが来なくて売り上げマジやばい≫

 ≪ほんとですよね。いい加減政府がなんとかしろって感じです≫


 これ以上は聞かなくてもいいだろうと、意識を戻す。

 どうやら勘違いさせてしまったようで申し訳ない。かといって、正せるわけもなく、いつかしっかりとしたお礼をしよう。


 ――悪魔の子だとか、あの体育館の出来事だとか、ろくでもない事は沢山あるけど。


「……それでも、やっぱりいい国だよ」

「お兄ちゃん?」

「ううん、なんでもない。ていうかずっとお兄ちゃん呼びで行くのね」

「ダメだった?」

「いやもう全然! ミサキちゃんが望むならお兄ちゃんでも、お姉ちゃんでも俺はなっちゃうよ! ……でもこの姿の時だけにしようか。【悪魔】の姿だと、ちょっとややこしいことになりそうだから」

「分かった」

「よし、それじゃあ何処かで服を『布影』の中に入れたら、次の買い物しようか」

「はい」


 心機一転、新しい服を着た俺たちはデパートの中へと進む。

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