第5話 暗闇でだけ言えることがある
6月。
授業終わりの風は少し湿り気を帯びていた。
「一年生は準備できた人から集合してくださいねー!」
寮監の声に従い、
櫻とアネモネは体育館前に並ぶ。
「森の中、暗いから……手、離しちゃだめよ」
「離さないよ。
アネモネさんこそ迷子にならないでね」
「ならない。櫻がいれば」
小さな声が甘く刺さる。
足元にランタンの光。
蛍の光がふわり、点滅しながら浮かぶ。
「綺麗……」
「櫻の方が綺麗」
「へっ!?」
「光ってる。まぶしい。
……目、逸らせない」
囁き声の距離が近すぎて、
櫻の耳が熱くなった。
そんな時――
前を歩く同級生(女子)が、アネモネに声をかけた。
「アネモネさんってハーフ?
髪の色、すっごく綺麗!触っていい?」
「やめて」
「ちょっとくらいいいじゃん〜」
軽いノリで手を伸ばす女子。
その瞬間――
「触らないでください!」
櫻が間に入った。
自分でも驚くほど強い声。
「アネモネさんは……わたしの、だから」
言ってから顔が真っ赤になる。
アネモネはきょとんとしたあと――
ゆっくり櫻の手を握った。
「聞いた?
櫻は私のもの、なんだから」
今度は、アネモネがほんの少し得意げ。
女子が去ったあと、アネモネはぽつり。
「……守ってくれたの」
「当たり前だよ」
「嬉しい。
でもね、櫻が怒るの初めて見た」
「……嫉妬したのかも」
「嫉妬?」
「うん……アネモネさんが取られるみたいで」
「……可愛い」
その言葉は、夜の中で溶けていく。
人波から離れた暗がりへ。
蛍が川面に映り、きらきらと揺れる光の道。
「櫻」
「なに?」
「こっち向いて」
アネモネの指が櫻の頬に添えられる。
触れるだけで体温が跳ね上がる距離。
「……好き」
「っ……」
「触れていい?
キス……してもいい?」
夜闇が、二人にだけ許した声。
「……うん」
櫻は目を閉じた――
――その瞬間、
先生の懐中電灯が差し込む。
『そこの二人、遅れるなよー!』
「ひゃっ……!」
「……邪魔」
アネモネが不満そうに唇を尖らせる。
櫻も心臓バクバク。
「続きは……あとで」
「……約束だからね」
「破ったら怒る」
指を絡め、
秘密の契約を結ぶみたいに。
暗闇で交わした約束が、
恋にとって一番の光だった。
「さっきの……」
「言わないで。恥ずかしい」
「でも……嬉しかった」
「櫻、こっちに来て」
アネモネは自分のベッドの布団をめくる。
「一緒に寝よ。
……怖いからじゃない」
「わかってるよ。
私も……一緒にいたい」
蛍の光の余韻が
二人の中で静かに瞬き続けていた。
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