盗賊と病弱お嬢様
白香
タシターンとして
「…」
暗闇の中、金目の物を持って逃げる。当然、逃げる時に足を引っ張らない小さな高価なものばかりだ。俺は盗賊だ。こうでもしないとここでは生きていけねぇ。だから嫌でも盗まなくちゃいけない。痛む心はもう捨てた。
これが悪いことではない、と自分に言い聞かせて。
追いかけてくる兵隊達の怒号が響く。
「逃すか!追え!奴が噂の『タシターン』だ!捕まえろォ!」「給料が減る!!」
「囲め!逃げ足が速いから経路を潰せ!」
…いつ聞いても必死で、俺に向けられる殺気と
いつからそんな大層な名前で呼ばれるようになったのかは知らない。もう、何回も窃盗行為を繰り返しているからかもしれない。ただ…
喋ると声がバレるから喋ってないだけなんだがなぁ。
そう思いながら屋根伝いに逃げる。
そう。俺が喋らないのは単なる身バレ防止なのだ。なのに、『
背後から飛んでくる矢を反射でかわす。一斉に飛んでくるため、本人は無傷でもマントは使い物にならないくらいボロボロになる。
今日は交わしきれずに…少し掠った。頬を伝う鮮血が肌に暖かみを灯す。これこそ死の瀬戸際の感覚なのだろう。逃走反応が、俺に逃げろと囁いてくる。
黒いマントは俺…いや。盗賊にとっては必須装備だろう。何故なら…
「アイツどこに行きやがった!闇に同化しやがったな!」
「見つけろ!早く!遠くには行ってねぇだろうから近辺をくまなく、だ!」
と言いながら、団体はバラバラに捜索を開始する。こうなればこっちのもので「いたぞぉ!!!」…と見つかっても、対面には一人。
さっきまで集団で下手な弓を数撃って、マントがボロボロ、その程度なのだから。
華麗にかわして逃げていく。だが、今日はしつこい。いつもなら諦めているはずなのに、喰らい付いてくる。
そろそろ、どこかに身を潜めるか。
息を潜めて潜伏する。バレないように。
近くに一人、二人、少数だが目星をつけて探しに来ている奴がいる。見つかれば騒がれる。面倒だ。息を潜め、見つからないように…。
会話が聞こえてくる。
「団長ダメっすわ。この辺にはいません。ボクの勘ではここら辺なんですけどねぇ。見つかりませんわ。」
「お前でもダメか。まあ、仕方ないさ。」
「嫌っすよ!給料が…給料がぁぁ…」
…後味はいいものではない。コイツらも、雇われている側。俺と同じで、困窮しているかもしれない。
もともとこの国の政治がよろしいものか、と言われればそうではない。ほぼ崩壊していて、貧富の差は激しい。上の連中なんて、詰めれば詰めるほどホコリが出てくるだろう。特に、王の後継はアホそうだ。政治なんてチンプンカンプンだろうと思っていた。最近は何故かいい政策が多いが…基本俺らにそんなのは関係ない。
…もっとも、俺みたいな下級貧民が告発でもしてみりゃ、揉み消されて
腐ってる。そんな腐ってる世界で生きる術は、俺も腐るしかないってわけだ。
もともと、俺には盗賊の才があったんだろう。別に欲しくはないが、今となっては重宝している。これがなければ
「…撒いたな。」気配はもうない。流石に1時間くらいの死闘をすれば嫌でも諦めたくなる。それが、給料カットであろうと…。
こうして俺、もとい『タシターン』の夜が明けようとしている。
「さっさと帰らないと、いやでも黒いマントが目についてしまう。」
他の目立たないマントで傷を拭う。痛みは和らがないが気持ちは落ち着く。
夜が明ける前に帰らないと、めんどくさいことになる。いるはずの俺がいなければ、当然疑う奴も出てくるから。
そう思いながら、盗賊は帰路につき眠りに落ちる。
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