第3話 初めての依頼
アヴェニール洞窟までの道のりは険しい。
山を一つ越え渓流を渡った先にあり、装備を着用している為、徒歩では1日超掛かる。
隊はジールの指示により二列編成で、アヴェニール洞窟を目指していた。
森は恐ろしい程静かで、隊員達の足音と装備が擦れる音が響き渡っていた。
「最近ではこの辺りでも危険な獣の目撃情報があった。皆、油断するなよ。」「この先はしばらく崖道が続く。隊列を組み直して進もう。」
危険な箇所が予測される度に隊員達に声を掛けるジール。
そして、なにより必死に着いていくフィオルには常に気を配ってくれていた。
隊員達から慕われている理由が分かり、この人の様になりたいとフィオルは強く思った。
出発から約1日。
山を越え下った3合目辺りの開けた場所に出た一行。
「よし、この辺りで野宿をしよう。見張りは二人置く事とする。交代しながら休もうか。」
「「はい。」」
獣が辺りに居ないことを確認し、今回初めての大きな休みを取る事にすると、隊員達の表情は和らいだ。
「フィオル。君は休んでていい。」
緊張は解けていたが少し疲れが見え始めたフィオルを見てジールは言う。
「いえ。そうはいきません。皆さんも僕と同様に疲れてます。見張りは隊員の命を預かる重要な役です。僕にもやらせて下さい!」
フィオルはジールの目を真っ直ぐ見つめ力強く言った。
「そうだな!お前はもう隊の一員だ。子供扱いをしては失礼だな。すまなかった…。では、私と一緒に見張り番をしようか!」
フィオルの眼力とその言葉にジールは圧倒されていた。
「はい!」
それから、見張りの順番を決め、配置を確認した隊員達は武器を一旦置いた。
辺りは植物が生い茂っていて月光は届かず、見張りの灯りがあるだけでとても暗い。
さらに傾斜もある為、少し外れた所で脚を踏み外しただけであっという間に山の下に落ちてしまう程であった。
止まらずに歩き続けていた隊員達は次々に眠りについていった。
そして時間と共に見張りが次々と入れ替わっていく。
「ジール副隊長。次お願いします。」
「お、そうか。お疲れ様。フィオル。さぁ最後の見張り番だ。」
順々に回ってきた見張り番は遂に最後となり、ジールは横になっていたフィオルに声を掛けた。
「見張り、ありがとうございました。」
フィオルは隊員に礼を言うとスクッと起き上がる。
「フィオルは後方に行ってくれ。私は前方で見張る。何かあったら迅速に報告するように。」
「わかりました。」
返事をし、フィオルは目を擦りながら隊の後方へ向かう。
「無理はしなくていいぞ。フィオル…。あんまり寝れてないだろう。」
フィオルを追いかけ肩に手を置きジールは言った。
フィオルは隊の命を預かるという役目に緊張しあまり寝れずにいたのだった。
ジールにはそれが分かっていた。
「すみません。実は、あまり寝れませんでした。ですが、やり遂げます。」
(隊員一人ひとりの事をちゃんと見ている…。寝ていないのか…。やはり凄い人だ…。)
心の中でジールの凄さに言葉を漏らすフィオル。
「そうか…。では、信じているぞ。」
そして笑顔で言うと、ジールは隊の前方に向かった。
「大きな背中だなあ…。」
憧れの眼差しで呟く様に出た言葉。
ジールの背中を見送ると隊の後方へと向かった。
自分と少し離れた位置で見張るジールの灯りしかない真っ暗な森。
暗闇の見張りは神経が削られる。
時より木々が風に揺れ、葉が擦れ合う音が聞こえるだけで不気味に感じた。
耳を澄ませ辺りを常に見回す。
時間が長く感じる。
早く明るくならないかと、幾度と無く考えた。
緊張していて眠れなかったフィオルは眠気に襲われながらもなんとか見張っていた。
カサッ
突然10m程離れた茂みが擦れる音がした。
気のせいではない…。
その茂みに灯りを当て目を見開き、すかさず剣を構える。
「ふぅ…ふぅ…ふぅ…。」
危険が迫る様な恐怖に息が荒くなり、冷や汗が額から頬を伝い顎に溜まる。
カサカサと茂みが動き、だんだんその生物の姿が見えてくる。
(見間違いであってくれ…。)
心の中で叫ぶ。
ぴょこんと飛び出してきたのは野うさぎだった。
「はぁ……はあ…。なんだよ…。」
肩の力がスッと抜け落ち、ほっとして安堵の溜息を漏らす。
ガシッ
「うわぁっ。」
肩に手が置かれ情けない声を漏らし、ビクッとなるフィオル。
「驚かしてすまないな。フィオル…時間だ。お疲れ様。」
優しい笑顔で目の前に現れたのはジールだった。
「皆を起こすぞ。」
そう言うとジールは休んでいる隊員達に声を掛けていく。
フィオルは言葉を返せず、まだ呆然としていて剣をずっと構えたままだった。
「フィオルおつかれさん。」「ありがとな。」
緊張の糸がプツンと切れたフィオルの表情は、ポカンとアホ面になり、大量に溢れ出てきた汗はスッと消えていっていた。
そして、起きてきた隊員達からの感謝の言葉に隠れて照れ笑いをしたフィオルであった。
無事にフィオルは見張り番をやり遂げたのだった。
「身支度は済んだな?」
全員が起きたことを確認しジールは隊員達に声を掛ける。
装備を着用し直すと隊員達は再び進み、やがて山を下り切った。
辺りは夜明けが近づきだんだんと明るくなっていた。
生い茂る木々の隙間からは日が差し、点々と地面を照らす。
森に生息する動物達も目覚め始めたのか、様々な鳴き声も聞こえ始めた。
「さあ、この先の渓流を渡ればアヴェニール洞窟だ。辺りに獣達がいないか慎重に進むぞ。」
「「はい!」」
山を下り切ってしばらく進んでいると川の流れる音が聞こえ始め、だんだんと渓流の姿が見えてくる。
警戒しながら進み森を抜けると透き通って底が見える程綺麗な川が現れた。
川の上流にある滝の横に見える洞窟は反対岸にあり、川を渡り小さな崖を登った先にある。
「流れがなかなか早いな…。滑らない様に腰を少し落として渡ろう。急に深くなる所もあるかもしれない…。脚で確認しながら進むんだ。」
「「はい!」」
「フィオル。私のベルトを掴むんだ。」
川の深さは隊員達のヘソあたりだが、フィオルにとってはかなり危険であると判断したジールは、流れを殺すようにフィオルの斜め前に位置取りベルトを掴むよう促した。
「わかりました!」
渡る準備が整うと、次々と先頭の隊員から川に入っていき、フィオルは必死に流されない様にジールのベルトを掴み進んでいく。
脚で深さを確認しながら慎重に進んでいき、一人また一人と反対岸に辿り着き、隊員達は流される事なく渡り切ったのだった。
「体温が下がると体力に影響してくる…。水気をなるべく落とすんだ。」
隊員達は一旦装備を外し、濡れた服を絞る。
岸の先には2m程上がった所に崖道が川に沿って続き、その200m先には目標であるアヴェニール洞窟が見える。
「絞ったか?崖を登るぞ。」
「「はい。」」
水気を落とし、隊員達は協力して崖道に登ると洞窟に繋がる道を進む。
先にはうっすらと洞窟が見え、その横には巨大な滝がある。
ゴォーゴォー
轟音を響かせながら止まることなく滝が勢い良く川に落ちていく。
辺りは滝による水飛沫が霧になっていて涼しく、陽光が差し込むと虹が見えていて幻想的だった。
「ここがアヴェニール洞窟…。」
フィオルは初めて見る洞窟に圧倒されていた。
この中に獣達がいる…。
フィオルは拳をギュッと握りしめた。
初めての実戦だが自分がどれだけ強くなったか、そして、隊員達に自分の活躍を見せる事ができるぞと武者震いが止まらなくなっていた。
入り口から200m程先は、人が横に3人通れる程の狭さであり、入り口の竪穴の高さは10m程であった。
中には等間隔で灯りが置いてあるが、奥行きが深い為洞窟の奥までは見えない。
隊員達は洞窟の目の前で一度止まった。
「さて、ここからが本番だ。入って200mは狭い。その先は少し開ける。まずは一列で行こうか。」
「「はい!」」
「アルム。先頭を任せる。頼むぞ。」
「はい!」
先頭を任されたアルム。
彼はジールの右腕として隊に所属し、ジールが最も信頼している隊員の一人である。
22歳と若いが剣の才能があり、正義感が強い。
ジールと共に行く依頼には必ず先頭を任されていた。
アルム自身も自分の剣の才能に自信を持ち先頭に立つことを快く受け入れていた。
アルムは剣を抜き武器を構え進み、隊員達はそれに続くようにアヴェニール洞窟に入って行った。
ヒンヤリとした洞窟内。
ポチャンポチャン
水滴が落ちる音が鳴り響く。
「少し滑ります。足元注意して下さい。」
先頭を行くアルムはその都度隊員達に呼びかける。
進むにつれ轟音を立てていた滝の音は次第に聞こえなくなり、やがて隊員達の足音と呼吸、そして水滴が地面に落ちる音だけが響き渡っていた。
ジリジリと一歩一歩慎重に進む。
「何もいないですね。そろそろ開けます。」
先頭のアルムが松明を照らしながら目の前の情報を伝える。
「よし。開けたら一人が松明で周囲を照らし、二人一組で背を合わせて進むぞ。」
「「はい。」」
静かに返事をし進み続ける。
道は開け、隊員達は二人一組で背を合わせた。
これは周囲からの不意を付く攻撃に適応した体制であり、隊員達は日々、この体制で訓練を行い実戦に備えていた。
フィオルはジールと背中を合わせる。
「今回の獣はダークウルフだ。素早いぞ。」
ダークウルフと呼ばれる獣は暗闇を好み集団で行動するという習性を持つ。
全長は1.5mから大きい個体で2m。
大きい個体は群れのボスとなり他の個体から守られる。
周囲を照らしながら洞窟の隅から隅を確認し、少しずつ奥に進む隊員達。
グワァウグワァウ!!
「来るぞ!」
先頭の組の先で獣の鳴き声。
そして、鳴き声と共に隊員達に徐々に迫ってくる駆ける足音。
隊員達は身構える…。
一瞬静まり返る洞窟内。
「来たっ…!」
グワァウ!!
先頭の組の前に一瞬にして現れ飛び掛かるダークウルフ。
だが、その素早い動きを二人は軽くいなす。
「ふんっ!!」
いなしながら振るった剣でダークウルフの首を一撃で切り落とした。
「よし…。どんどん来るぞ!!」
一頭倒すと足音の数が増え、次々と襲い掛かかってくる。
「右を照らせ!」「しゃがめ!」
隊員達の的確な掛け声。
ダークウルフ達の攻撃は当たることはなく隊員達は踊るような身のこなしで避ける。
「そこだ!突け!」
見惚れるほど熟練された連携で次々と倒していく。
「すげぇぇ。」
フィオルは隊員の動きに感心していると、ダークウルフ達の襲撃が一旦落ち着いた。
「今ので13頭目ですね。」
「よし。20頭位いるはずだ。気を抜くな。来るぞ!」
静寂からの突然の唸り声と駆ける足音。
それぞれの組に襲い掛かるダークウルフだが、隊は乱れる事なく倒しながら奥へと進んで行った。
「フィオル!君の方から来る!」
「はい!」
剣をギュッと握りしめ、目を見開き攻撃に備える。
グオォウ!
鳴き声と共にフィオルに飛び掛かったダークウルフ。
「ふんっ!!」
フィオルは飛び掛るダークウルフの下に潜るようにしゃがみながらいなし、下からダークウルフの腹を突き刺した。
「いい足捌きだ!初めての実戦なのに素晴らしいぞ!」
「ありがとうございます!」
フィオルを称え再び背を向け合った。
「この先は光翠(こうすい)の広場だ。」
目の前に明かりが見え、進むとさらに開けた広場に出た。
そこには洞窟の天井に穴が空いていて光が差し込み、下にはエメラルドグリーンに輝く池が広がっていた。
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