第十三話:四段撃ち爆誕
天正二年(1574年)、冬。
長島の一件が終わり、織田軍は次の戦いに備えていた。
ドカン!!
岐阜の鉄砲練習場で、一斉射撃の音がする。
信長が私の入れ知恵で稼いだ金で爆買いした、三千丁の鉄砲が並んでいる。
(入れ知恵って言っても、秀吉が長浜を整備してた時に叩き込んだやつ。
道と倉と人の流れを揃えるだけで、金は勝手に増える。猿はそれを「奇跡ですぅ!」って泣いてた)
そして──
「…………」
「…………」
「…………」
シーン。
兵士たちが必死に筒に火薬を詰めている。棒でトントンしている。
長い。カップ麺が出来上がるくらい長い。
信長がキレた。
「遅いィィィ!!
なんだその間は!! 放送事故か!!」
光秀が淡々と答える。
「殿。鉄砲とはこういうものです。
『詰める』に三十秒はかかります」
「三十秒!?
その間に武田の筋肉が来たらミンチだぞ!!
もっとこう、ドカドカドカドカーッ!!と!!」
私は、あくびをした。
お団子を食べながら、その光景を見ていた。
(……要領わる)
私は串に残った最後のお団子を口に入れた。
そして、空になった串を、横にいた秀吉(猿)に渡した。
「猿、次」
「はいぃ!!」
秀吉が、すかさず新しいお団子の串を私に渡す。
私は食べる。串を渡す。次が来る。
わんこそば状態。
私はふと思って、信長を見た。
「……ねぇ信長」
「なんだ茶々!」
「鉄砲もさ、これにすれば?」
「これ?」
私はお団子の串をヒラヒラさせた。
「私(射手)は、撃つだけ。
猿(装填係)は、詰めるだけ。
役割を分ければ、ずっと回せるよ?」
信長が固まった。
「……撃つだけ……詰めるだけ……?」
私は地面に図を描いた。三本の線。
「一列目が撃つ。下がる。
その間に二列目が撃つ。
その間に三列目が撃つ。
そうすれば、一列目の装填(トントン)が終わってる。……休みなし。エンドレス」
光秀が計算を始める。
「……理論上……可能です。
数秒間隔で弾幕が張れます」
「それだァァァ!!!」
信長が叫んだ。
「茶々!! お前は天才か!!
いや、食い意地が生んだ奇跡か!!」
「天才と言って」
信長はニヤリと笑った。
「よし。採用だ。だが茶々。甘いな」
「は?」
「三段では足りん。
織田の戦はエンターテインメントだ。
『四段撃ち』にする」
「は? 四段? もう一列増やすの?」
「そうだ。だが鉄砲ではない」
信長がパチンと指を鳴らした。
「出よ!! 我が精鋭!!
《角度隊(かくどたい)》!!」
──ズザァッ!!
土煙を上げて、謎の集団が現れた。
鉄砲を持っていない。
全員、櫛(くし)と鏡を持っていた。
そして何より──全員、リーゼントだった。
「……なにこれ」
信長が胸を張る。
「説明しよう!!
角度隊とは! 角度を極めし者たち!!
彼らの理念は一つ!!
『角度とは心。武とは角度の延長線』!!」
「全員頭がバグってる」
「狂人集団……魂が歪んでいる……」
初が震える。
信長が扇子を振る。
「バグっていない!! 見よ、この階級制度を!!」
「階級、髪で決めるんだ……」
光秀が死んだ目で言った。
信長は気にしない。
「まず《角度一度》!
前髪がまだ寝ている新人だ。採用条件は『髪があること』!」
(ハードルひっく)
「次に《角度三十五》! ここから“角度の自我”が芽生える!!」
初がその隊員を見て、ボソッと言った。
「……魂が……浅い……」
その一言で、その隊員のドヤ顔が一瞬だけ崩れた。
本人、なんか傷ついてる。
「初、今のは刺さるよ?」
私は言った。
初は影みたいな顔で続ける。
「浅い魂は……風で倒れる……」
「髪の話してるかと思ったら魂の話になった?」
「そして《角度六十》!
通称“天刺(てんさし)クラス”。前髪が空気を切る音がする!!」
初がまた見て、呟く。
「……魂が……尖ってる……刺さる……痛い……」
天刺クラスが反射的に前髪を触った。
自分でも刺さってたらしい。
「そして頂点に君臨するのが──」
信長が指差した先。
一人の男が立っていた。
前髪が、直角に立っていた。壁みたいになっている。
「《角度九十》!!
前髪が直角! 歩くと風を切る! 超絶視界良好!!」
「でも現実が見えてないよね」
「茶々!?」
信長が振り返って私を見た。
そして、角度九十が一歩踏み出す。
信長がさらに盛り上がって紹介を続ける。
「部隊名もあるぞ!!
《角度一番隊:斜陽》!
《角度二番隊:天傾》!
《角度三番隊:魂折》!」
「名前はかっこいい!?」
「そして!!
《角度暗黒先鋒:覇鬼》!!」
「夜露死苦ッッ!!」
特攻服を着た柴田勝家が、元気に返事をした。
「勝家!? あんた何やってんの!?」
「姫様!! 拙者は今、角度に目覚めました!!
見てくださいこの反り!!」
「絶対こんな部隊、戦場に存在しちゃダメだろ」
信長が扇子を振る。
「よし、朝礼を行う!!
本日の角度チェック!!」
「「「夜露死苦ッッ!!」」」
全員が懐から鏡を取り出した。
戦場とは思えない光景。
光秀の目がさらに死ぬ。
「……殿。これは軍ではありません。
美容院です。動く美容院です」
信長が叫ぶ。
「角度が崩れたら即刻脱隊だ!!
命より髪を守れ!!」
「「「夜露死苦ッッ!!」」」
「雨の日は!?」
「「「セットできんから休み夜露死苦ッッ!!!」」」
「よし!!」
(雨天中止の軍隊って何よ)
初が小さく、恐ろしく言う。
「……雨は……魂も崩す……」
そして。
「ねぇ」
江が聞いた。
「おじさんたち、
おじいちゃんになっても、
それ続けるの?」
角度隊は全員下を向いた。
*
「では茶々! リハーサルだ!
三段撃ち+角度隊の『四段撃ち』行くぞ!!」
信長が号令をかける。
「一列目、撃て!!」
ドカン!!
「二列目、撃て!!」
ドカン!!
「三列目、撃て!!」
ドカン!!
途切れない銃声。立ち込める硝煙。
敵役の足軽たちも「ひぇぇ! 近づけねぇ!」とビビっている。
信長が扇子を振り上げた。
「見よ!!
これが三段撃ちだ!!
武田の筋肉も、これで──」
「ちょっと待って」
私はお団子の串を持ったまま言った。
その場の空気が、ほんの一拍だけ止まる。
「武田と戦うのなら私は力貸さないよ」
信長が固まった。
「……茶々?」
「私の未来の実家になるんだし」
一拍。カラスの声が山に響く。
「……謀反ッ!?」
信長が即座に叫び、カラスの声を掻き消した。
光秀が青ざめる。
「……未来……実家……?」
秀吉が焦って走り寄る。
「ひ、姫様!?
それ、いつ決まった話ですぅ!?」
初が影みたいな声で呟く。
「……まだ未確定……
でも茶々姉の魂は……すでに……」
私は平然と続けた。
「旦那を倒す作戦を、嫁に立てさせるの?
戦国時代、狂ってる」
「あれ?結婚決定したっけ……?」
信長が頭を抱える。
「……だが茶々。
戦は戦だ。決まった以上はやる」
「うん。やるのは分かる
でも私は、戦い方を選ぶ。
無駄に揉めると、未来の帰省が気まずい」
「帰省って言うな!!」
光秀が遠い目でメモを取っている。
「……もう戦の会話じゃありません……
親戚会議の会話です……」
「よし!!
茶々の未来は未来として置いとく!!
今はリハーサルの続きだ!!」
信長が咳払いをして、強引に戻した。
「雑に棚上げされた」
信長が扇子を振り上げた。
「そして四列目!! 角度隊!!
──“総整(そうととのえ)”!!」
硝煙の向こうから、数百の男たちがヌッと現れた。
懐に手を入れ──
スッ。
櫛(コーム)を取り出した。
そして。
──撫でた。
数百人が一斉に、リーゼントを後ろへ撫でつけた。
シュッ。
キラーン。
──全員ドヤ顔である。
戦場が、止まった。
敵役の足軽がポカーンとして言った。
「……え、なに今の」
「撃ってこないの?」
「なんか……カッコつけてる……」
初が、ぽつりと断言した。
「……魂が……腹立つ角度……」
足軽が続ける。
「なんか無性に腹立つ……!!」
「ムカついて前に出たくなる……!」
「いや、出たら撃たれるぞ!?」
「でも腹立つ!!」
隊列が、ぐらついた。
足軽同士が押し合いになる。
些細な衝突が、なぜか口喧嘩に変わる。
「お前の髪、さっきから寝てるぞ!」
「寝てねぇよ!! お前の方が腹立つ!!」
同士討ち一歩手前。
「見よ茶々!!弾丸で肉を貫き!!
硝煙の切れ間から現れる“美学”で、敵の戦意をくじく!!
これぞ精神攻撃(メンタルアタック)!!」
信長が大爆笑している。
私は、お団子の最後の一つを飲み込んだ。
「……信長」
「どうだ!! 痺れるだろう!!」
「うん、痺れるね」
私は真顔で言った。
「敵が『こいつら殺していいんだ』って確信して
逆に士気が上がる可能性もあるから、使いどころ選んで」
「なぬっ!?」
横で、光秀が膝から崩れ落ちていた。
「……おしまいだ……
織田軍の最新戦術が……
『集団ドヤ顔』で締めくくられるなんて……」
初が影みたいな声で呟く。
「……光秀……泣かないで……
ドヤ顔の角度は……鋭利だった……」
「慰めになってません!!」
江がにこにこしながら真似をする。
前髪を撫でて、ドヤ顔。
「江〜もやる〜。キラーン」
「江は癒し!!」
*
──こうして。
歴史に残る新戦術「三段撃ち」は完成した。
その本質が「お団子」と「わんこそば」であり、
四段目が「ただ整髪してドヤるだけ」という謎の時間であることは──
あまりに意味不明すぎるため、歴史は黙殺した。
そして──
この日から、織田軍の中で「角度隊」という謎の部隊が爆誕し、
雨の日は休みという前代未聞の軍隊が誕生したことも──
歴史は、触れたくなかったらしい。
(つづく)
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