第十話:猿とバカ殿とラップ

 いつもの角度講習が終わった午後。


(毎日前髪の角度の講習してる織田軍、終わってる)


 そこに、水汲みに走る男がいた。


 羽柴秀吉。

 やたら機敏で、やたら笑顔で、やたら雑用を拾う。


(便利……めっちゃ便利……)


「そこの、名前は?」


「は、はい!羽柴藤吉郎秀吉と申し──」


「長い!!猿。今日から、今から」


「き き ぃ ぃ ぃ ぃ!?!?」

 秀吉、即崩れ落ちる。


「姫様ぁぁ!! 人の名を一撃で殺さないで!!」

 家臣たちが驚きひっくり返る。


「茶々!? 人のことを猿なんて呼ぶのはよくないぞ!?」

 信長が常識を説いてきた。お前が常識語るな。


「猿だし」

 私は平然と答える。


「よくないのに“だし”で押し切るな!!」


「藤吉郎と秀吉って名前二個あるの意味不明だし、

 顔が猿だよ。動きも猿だし」


「理由が直球すぎる!!」


「ひ、姫様……“猿”……とは……?」

 秀吉は震えながら立ち上がる。


「似てるから」


「うきぃ!?」


「うきぃ!?じゃない!!合わせるな!!」

 信長が即ツッコむ。


 江がぽやんと袖を引いた。


「おさるさーん、おやつ〜」


「は、はいぉ!! 江様ぁぁ!!」

 全速力で飛び出す秀吉。


(うわ……パシリ適性、えげつない……)


「茶々。我が家臣にあだ名を付ける権限をいつ得た」

 信長が半ギレ気味に私を見る。


「今日。私が得た」


「そんな王権誕生みたいなノリで語るな!!」


 初が詩人みたいな声で言い出す。

 

「魂が……“名付けろ”って訴えてた……

 茶々姉、それに応えただけ……」


「初、私の魂を見るのやめて」


 そこへ、ゼェゼェ息切らせた秀吉が戻る。


「江様のおやつ……お持ちしました……!」


「えらい、猿」


「さる〜ありがと〜」


「さ、猿……!!」

 秀吉、涙。


「姫様……その名……

 この猿、一生……胸に刻み……」


「おい!?そこ感動する所じゃないぞ!?」

 信長が顔をしかめる。


「なんで嬉しいの?」


「分かりませぬ!!

 でも……なんか……“しっくり”来ましたぁ!!」


「しっくり来るな!!名が軽くなると人格まで軽くなるのか!!」


「猿として目覚めてる……」

 家臣たちが息を呑み見守る。


「……茶々。お主、命名の才があるのでは?」

 信長がため息をついた。


「じゃあ信長は、バカ殿」


「……俺……姪っ子に嫌われてるのかな……」

 信長が項垂れた。


「はい。嫌いです。浅井を滅ぼしましたので」


「敬語の方が怖い!!……だからあれは戦国の理(ことわり)が……」


 ──信長が「理」と口にした瞬間。


 シュン!

 黒い影──木刀が飛んだ。


 ズドム!!


 信長のリーゼントを貫通し、そのまま庭木に刺さる。


「……あ……あぁ……この気配は……お市!」

 信長がリーゼントをそっと確認する。

「無事か……いや無事じゃないな……また穴が……」


 少しして。


 母上が現れた。

 何事もなかった顔で。手ぶらで。


(手ぶら……?)


 庭木から木刀を引き抜きながら、母上は歌った。


「兄上の“理(ことわり)”? 私はお“断り”♪

 見上げる“夜空に”♪

 馳せる想い“どこかに”♪

 浅井の恨み、今ここで“言葉に”♪

 この木刀、今日から“友達”に♪

 まずは一発、“喉輪に”♪

 それから、頭“ごと割り”♪

 遺言書いた?“卒塔婆”に♪

 さよなら言った?“Oh‼︎織田に”♪

 この韻、見“事なり”♪」

 

 最後の韻が落ちた瞬間、木刀が信長の首筋にヒタリと当たった。


(韻の着地、首筋なんだ)


「……母上の魂が……ビートを刻んでる……」

 初が目を細めた。


「初、魂しか見えないの?お姉ちゃん心配」


「俺の心臓のビートがやばい!!」

 信長が叫ぶ。


「まま〜おやつも〜ふんで〜」

 江が手を振る。


「ああ……江は癒し……おやつは“別腹に”♪」

 母上が一瞬だけ優しい顔になった。

 

「母上、それ踏めてない」


「踏めてるけど?」

 母上がこちらを見た。


「踏めてない」


「……では踏む」

 母上が木刀を構え直す。


「信長の首飛ぶ“祠に”♪」


「うん、踏めてる」


「……祠は……理の……終着点……」

 初がボソッと。


「おやつ〜ほこらにあるの〜?」

 江は癒し。


「やめろ!!」

 信長が叫んだ。


「さて、兄上。

 そんなわけで首が祠に行くことが確定したわけだが?」


「今の流れで?俺の首はラップで決まるの?」


「「決まる」」

 私と母上は即答した。


「決まるの!?」

 信長が叫ぶ。


 母上が木刀を肩に乗せ、にこやかに頷いた。


「兄上。戦国はね。理で動くの」


「さっき理って言ったら木刀飛んできたんだが!?」


「信長、アンサーしないと首飛ぶよ」


「ラップバトル開始!?」


「兄上、早く踏め」

 母上がポンポン木刀を叩く。


「叔父上、踏めないと……祠……

 ラップバトル戦国ステージが始まる……」

 初がニヤリ。


「“おさる”〜“おやつ”〜“おさむ”る〜で“ござる”〜♪


(一歳児が踏んだ!?)


「江!?天才!?私の天使!!」

 驚愕する母上。


「何この親子!!」

 同じく驚愕する信長。


「……あ、浅井のことは……その……戦の理で……」

 信長が喉を鳴らし、仕方なく口を開く。


「理って言うなァァァ!!」

 ブチ切れる母上。


「ひぃいいいい!?」

 

「韻も踏めないのね。ガッカリだよ兄上……

 そしてサヨナラ……」


 母上が木刀を構えると──


「いたぞー!!お市様だ!!」

「ものども!!出会え出会えー!!」

「殿ー!!ご無事ですかー!?」

 家臣たちが走ってきた。


 母上が、ふっと口角を上げる。

 

「……追っ手……ふん、またか……

 兄上、運だけは良いよね……」


 母上は木刀を肩に乗せてため息。

 

 ──そして


「今日は手加減。“Yo!!終わり”に♪

 “理(ことわり)”を語るなら、覚悟しな

 次は──兄上 “の終わり”に♪

 こ“の尾張”も、まるご“と終わり”に♪」

 

 めちゃくちゃ踏んだ!?


「母上、ジャンル変えないで」


「洒落になっとらんわ!!」

 信長がツッコむ。


 そう歌いながら、母上は──スッと消えた。


「「「消えた!?」」」

 私、信長、初が声を揃えた。


「ふむ。こうして、歴史が今、“猿とバカ殿”を獲得した──」

 初が両手を広げて宣言する。


「初!良いまとめ!」


 こうして──


 羽柴秀吉は”猿”として生まれ変わり、

 この日から、浅井三姉妹の最強パシリとして歴史に刻まれることになる。



(つづく)

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