第13話 第一の選別
選別試験の朝も、いつもと同じ電子音で始まった。
――ビーッ、ビーッ、ビーッ。
『起床時間です。Aブロック被験者は、速やかに起床してください』
機械的な女声。音の高さも、間の取り方も、昨日までと一字一句変わらない。
けれど、その響き方だけは、明らかに違って聞こえた。
(……今日か)
零(れい)は、ゆっくりと目を開けた。
白い天井。首に食い込む、冷たい輪――隷属の環(スレイブ・リング)。
全身に、まだ鈍い痛みが残っている。腕を少し動かしただけで、筋肉が抗議するように軋んだ。
だが、不思議なことに、昨日よりは「動ける」気がした。
胸の奥に、じわりとした熱が灯っている。
(昨日の……血のせい、だよな)
第2段階の血液投与。100倍希釈とはいえ、煉獄公ベルフェゴールの血を直接流し込まれた感覚は、いまだに腕の内側に生々しく残っている。
あの焼けるような痛みは引いたが、代わりに、小さな炎が心臓の周りでくすぶっている。
消えかけては、また燃え上がる、ともしび。
「……おはよー……」
向かいの檻で、023が布団から這い出してきた。髪は相変わらず爆発している。
「今日が、“アレ”の日だね」
「選別試験ってやつだ」
隣の017が、壁にもたれながら短く言う。
その声も表情も、いつもとあまり変わらない。だが、瞳の奥に、わずかに濃い影が差しているのを、零は見逃さなかった。
「……怖い?」
自分でも驚くほどストレートに訊ねると、017はほんの少しだけ考えるように目を細めた。
「“怖い”というより、“嫌だ”」
「嫌だ?」
「ああ」
017は天井を見上げる。
「今日を境に、“ここの連中の目”がガラッと変わるのが目に見えてるからな」
023が、ふうっとため息を吐いた。
「昨日の廊下だって、もうピリピリしてたもんね。“アイツには負けたくねえ”とか、“アイツが落ちりゃいいのに”とかさ」
「おまけに」
017は、淡々と続ける。
「今日は、“人を殺しても咎められない日”だ」
言葉は軽く放たれたが、その中身は重かった。
零は、喉の奥を鳴らした。
(“殺しても咎められない”日……)
ここに連れてこられて以来、「誰かが死ぬ」光景は何度か目にしてきた。魔物に食い殺される映像も、適応実験でぐちゃぐちゃになった被験体のログも。
けれど、「自分の手で誰かを殺すかもしれない日」は、今日が初めてだ。
『Aブロック被験者は、檻の前に整列してください』
スピーカーの声が、いつもよりわずかに低く響いた気がした。
「行くぞ、001」
017が、ガラス扉の前に立ちながら言う。
「今日の“動き”次第で、お前の未来が変わる」
「……わかってる」
零は、ゆっくりとマットレスから立ち上がった。脚はまだ重いが、膝は震えていない。
(死なない。絶対に)
胸の奥の炎が、じり、と強くなる。
◇
午前の訓練は、いつもより短く、あっさりとしたものだった。
ストレッチ、軽いランニング、簡易な反応テスト。それだけだ。
その代わり、心拍数や魔素濃度のチェックがいつも以上に念入りに行われた。
「お前は、特にだ」
天城(あまぎ)が、零の腕にバンドを巻きながら言う。
「昨日の投与の影響を見ておきたい」
「……まだ何か入れるつもりですか」
零が半ば本気、半ば冗談で問うと、天城は首を振った。
「今日はさすがにやらない。上からも“これ以上はデータが死ぬ”って釘刺されたからな」
「“データが死ぬ”って……人が死ぬって言えよ」
零がぼそりと呟くと、天城は一瞬だけ目を伏せる。
「ここでは、“人間”と“データ”の境目なんて、とうに溶けてる」
その小さな独白が、本音なのか計算なのか、零にはわからなかった。
「いいか、001」
腕からバンドを外しながら、天城がふいに声を低くする。
「今日、お前が何をしようと、何をさせられようと――全部を“ここだけ”のせいにはするな」
「……?」
「お前の敵は、この施設だけじゃない」
天城は、それだけ告げて、次の被験者のところへ歩いていった。
零は、彼の背中をしばらく眺めてから、小さく息を吐く。
(敵は、ここだけじゃない……)
桐生。カウンシル。魔界。
どこの誰とも知らない連中が、この「深淵の檻」を作り、その中で笑っている。
(だからって、“ここ”が敵じゃないってわけじゃないけどな)
心の中で毒づきながらも、その言葉だけは、どこかに引っかかって離れなかった。
◇
そして、午前10時。
『Aブロック被験者各位。これより、第1回選別試験を開始します』
スピーカーの声が、Aブロック全体に響いた。
『被験者は、指示に従い試験会場へ移動してください』
「さて」
017が、腰を上げる。
「行くか」
「行きたくないって言っても行かされるしね」
023が、強がり半分、本音半分の声で笑う。
零も、檻の前に立った。
黒服たちが、順番にガラス扉を開き、首輪に透明なリードを接続していく。
「列になれ」
先頭の黒服が短く命じる。
Aブロックの子どもたちが、2列に並ぶ。
誰かの呼吸音が、やけに大きく聞こえる。
018は、列の中ほどで腕を組み、口の端だけで笑っていた。
その目には、恐怖も迷いもなく、ただ静かな獰猛さだけが宿っている。
零と目が合うと、彼はわずかに顎をしゃくった。
――楽しみにしてる。
視線だけで、そう告げられた気がした。
◇
エレベーターは、いつもよりも深く潜っていった。
B9。B10。B11。
『深層第11層 選別試験区画』
到着したフロアの扉には、そう刻まれたプレートが貼りついていた。
扉が開く。
広がっていたのは――巨大な円形の空間だった。
「……」
零は、思わず息を呑んだ。
天井は高く、壁は黒い石のような素材。円形の闘技場が、ぽっかりと口を開けている。
直径30メートルはあろうかという、広い石畳。
その周囲を、段々状の観覧席のような構造物がぐるりと取り囲んでいた。
白衣、黒服、そして青いライン付きの首輪をつけたBブロックの子どもたち。
数十、数百の視線が、闘技場中央を見下ろしている。
「うわ……」
023が、小さく呻いた。
「完全に、“見せ物”じゃん、これ」
「見せ物だよ」
017が、淡々と言う。
「“蟲毒の壺”の中身が、どう混ざるかを見て、笑ってる連中の“劇場”だ」
零は、喉の奥を鳴らした。
(ここが、“深淵の檻”の一部……)
自分たちが立っている場所が、「地獄」のステージだという事実が、肌に刺さるように伝わってくる。
「被験者Aブロック、第1回選別試験のルールを説明する」
闘技場中央に立った神崎(かんざき)が、声を張り上げた。
マイクもスピーカーも見当たらないのに、その声は空間全体に均等に響き渡る。
「これから、お前たちには“1対1”で戦ってもらう」
ざわめき。
「時間制限はない」
神崎の目が、鋭く光る。
「そして、今回の試験に限り――」
そこで、ほんの一瞬、言葉を切った。
観覧席の白衣やスーツたちが、わずかに身を乗り出す。
Aブロックの子どもたちの喉が、一斉にごくりと鳴った。
「どちらかが“死ぬまで”、試合は終わらない」
空気が、凍りついた。
「……え?」
誰かの掠れた声。
「今、何て――」
「聞こえなかったか?」
神崎は、あえてゆっくりと繰り返す。
「どちらかが“死亡”した時点で、その試合は終了とみなす」
「戦闘不能とか、失神とか、降参とか、そういうのは“途中経過”にすぎない」
「……っ」
零の心臓が、大きく跳ねた。
(殺すか、殺されるか……)
言葉としては、ここに来た初日から、ずっと頭のどこかにあった。
でも、それはあくまで「可能性」でしかなかった。
今、こうして正式に、「ルール」として告げられた瞬間。
それは、「現実」に変わった。
「もちろん、ルール上、“過剰な残虐行為”は禁じられている」
神崎は、皮肉とも取れる口調で付け加える。
「隷属の環が異常な興奮と殺意を検出した場合、自動で制裁が入る」
「だが、最終的な線引きは――」
彼は、観覧席の方を一瞥した。
「“上”が決める」
白衣たちの中で、天城の顔が一瞬だけ映った。
視線が合った気がしたが、すぐに彼はモニターに目を落とした。
「試験の評価基準は単純だ」
神崎は、腕を組んだ。
「生き残ったかどうか」
「生き残った方が、“上”に行く可能性を手に入れる」
「死んだ方は――そこで終わりだ」
誰も、「ひどい」とは言わなかった。
叫び出す者も、泣き出す者もいない。
首輪が、恐怖を一定値以上に上げないよう、自動で「調整」しているのかもしれない。
胃の奥が、冷たくなったまま固まっているのに、頭だけは妙にクリアだった。
(ここで、“本当に誰かが死ぬ”)
しかも、それは魔物に食われるわけではない。
人間同士で。
同じ檻の中で飯を食っていたやつを、自分の手で。
「第1試合――被験者024 対 被験者031」
神崎が、端末を見ながら最初の組み合わせを読み上げた。
024と031が、おずおずと闘技場中央へ歩いていく。
零たちは、闘技場の縁近くに並ばされ、その様子を「見せられる」位置に立たされた。
「いいか、001」
017が、小声で囁く。
「自分の番が来るまで、“全部”見ておけ」
「全部……?」
「勝ち方も、負け方も、“死に方”もだ」
その言葉の重さに、零は喉を鳴らした。
◇
第1試合。
024と031。
どちらも、零より少し年上に見える少年だった。
構えには素人臭さがない。外の世界で格闘技でもやっていたのだろうか。
「始め!」
神崎の号令と同時に、2人は慎重に間合いを測りながら動き出す。
最初の一撃が交錯した瞬間――
「っ!」
024の頬から血が飛んだ。
031のストレートが、綺麗に顎を捉えたのだ。
だが、024もそのまま崩れはしない。
ふらつきながらも、必死に組みついていく。
「やれ! もっとだ!」
観覧席のどこかから、興奮した声が飛ぶ。
それが職員のものか、Bブロックの子どものものか、零には区別がつかなかった。
数分後。
024の身体が、石畳に投げつけられ、動かなくなった。
鼻血を垂らし、片目が腫れ上がっている。
「そこまで――と言いたいところだが」
神崎が、一瞬だけ眉をひそめる。
031は、ゼェゼェと息をしながら、倒れた024を見下ろしていた。
その目は、完全に「勝者」のものだ。
「ルールは、さっき言った通りだ」
神崎は、意図的に言葉を遅らせる。
「031。《トドメ》が必要だ」
「……っ」
031の顔から、血の気が引いた。
「い、今ので、もう……」
「“今ので”じゃ終わらない」
神崎は、冷酷な採点者の目で見つめる。
「お前が、“こいつを殺すかどうか”を試されている」
「……」
沈黙。
031は、拳を握りしめた。
首輪の内側が、わずかに光る。
観覧席の白衣たちが、注視しているのがわかる。
零は、思わず息を詰めた。
(やめろ、やめろ……)
心の中で願っても、声には出せない。
出した瞬間、首輪が反応する。
「……ごめん」
031が、小さく呟いた。
その言葉は、倒れた024に向けられたのか、自分自身に向けられたのか。
わからない。
彼は、震える拳を振り上げ――
迷いを断ち切るように、側頭部めがけて叩き下ろした。
鈍い音。
024の首が、不自然な角度に曲がる。
その瞬間。
「被験者024、呼吸停止。心拍数ゼロ」
どこかから、淡々とした機械音声が流れた。
「第1試合、終了」
神崎が、冷静に告げる。
「勝者、031」
観覧席のあちこちから、拍手ともつかない音が聞こえた。
「1人目、か」
誰かが呟く。
零は、胃の中身が逆流しそうになるのを必死に堪えた。
(本当に……殺させるのかよ)
今のは、完全に「ルールのための殺し」だった。
勝負は、とうに決まっていた。
それでも、彼は「殺さない」という選択肢を奪われた。
「まだ始まったばかりだ」
017が、低く言う。
「目を逸らすな、001」
「……わかってる」
零は、喉を焼くように乾いた息を飲み込んだ。
◇
第2試合。
第3試合。
試合が進むごとに、空気がどんどん歪んでいく。
1試合ごとに、必ず1人が殺される。
負けた方だけではない。
勝った方もまた、「何か」を削られていく。
「トドメを刺す」瞬間の表情。
そこに浮かぶのは、恐怖、憎しみ、興奮、空虚――様々だ。
中には、笑っているやつもいた。
隷属の環が、「それ以上の興奮」を抑え込んでいるだけで。
「……これが、“蟲毒”か」
023が、青ざめた顔で呟く。
「上は、こうやって“上に残れる”やつを見てるんだね」
「壊れ方を、見てるんだよ」
017が、吐き捨てるように言う。
「“壊れても立っていられるやつ”を、な」
零は、拳を握りすぎて、手のひらに爪が食い込んでいた。
痛みが、少しだけ現実感を取り戻させる。
◇
「第4試合――被験者001 対 被験者018」
神崎の声が、闘技場全体に響いた。
ざわり、と空気がまた一段と揺れる。
「来たな」
017が、零の肩を軽く叩く。
「行ってこい、001」
「……ああ」
零は、長く息を吐き、闘技場中央へと歩き出した。
石畳の硬さが、裸足に伝わる。
胸の奥の炎が、じりじりと熱を増していく。
向かい側から、018がゆっくりと歩いてきた。
頬に走る古い傷。
静かな眼。
訓練場や廊下で見せていた「笑み」は、今は消えている。
代わりにあるのは、獲物を前にした捕食者の冷たい集中。
「やっとだな、001」
018が、口の端だけで笑った。
「ここまで引っ張られるとは思わなかった」
「俺は、もっと後だと思ってたけどな」
零は、できるだけ平静を装って返す。
喉は渇いていたが、声は出た。
「“特別扱い”の実験体を、そう簡単に殺させてくれないんじゃないかって」
「さあ?」
018は、肩をすくめる。
「“上”がどう考えてるかなんて知らない」
「俺が知ってるのは、“目の前の相手を殺さなきゃ、俺が死ぬ”ってことだけだ」
零の背筋に、冷たいものが走った。
(こいつは……本気で、それを信じてる)
口先だけで言っているわけではない。
彼にとっては、「殺す」という行為は、すでに「呼吸」と同じくらい当たり前のものなのかもしれない。
観覧席から、無数の視線が二人に注がれる。
017と023も、闘技場の縁で固唾をのんで見守っていた。
「いいか、001」
リングのすぐ外から、神崎の声が飛ぶ。
「ここから先は、“誰かのため”とか“世界のため”とか、そんな綺麗事は通用しない」
「あるのは、“お前が生きたいかどうか”だけだ」
零は、顎を引き、拳を握った。
(生きたいに決まってるだろ)
雪菜のために。
父と母のために。
そして、何より、自分自身のために。
「互いに構えろ」
神崎の指示に従い、零と018は距離を取りながら構えを取った。
018は、低く腰を落とし、拳をわずかに前に出す。
隙の少ない、実戦の構え。
零は、体育の授業で習ったボクシングの構えをベースにしつつ、昨日までの訓練で掴んだ感覚を加える。
前足に重心。
顎を引く。
目は、相手の肩と腰を見る。
(やれる。やるしかない)
「始め!」
号令と同時に。
018が、地面を蹴った。
速い。
昨日の023とも、今まで見てきた誰とも違う加速。
一直線に、零との距離を詰めてくる。
「っ!」
零は、とっさに左へステップを切った。
だが、その動きは読まれていた。
018の右足が、わずかに軌道を変え、零の踏み込み足を蹴り払う。
バランスを崩した瞬間、018の拳が横から飛んできた。
横薙ぎのフック。
頬に、鈍い衝撃。
視界が一瞬、白く弾ける。
「がっ……!」
零の身体が、石畳の上を転がる。
観覧席から、歓声ともどよめきともつかない声が上がる。
「001!」
耳のどこかで、023の悲鳴が聞こえた。
017の低いうなり声。
首輪の内側が、じり、と熱を帯びる。
――起きろ。
頭の奥で、誰かの声が囁いた。
それが自分自身なのか、胸の中の炎なのか、首輪の向こう側からの命令なのか。
わからない。
だが、その一言だけは――零の全身を再び「立ち上がらせる」には十分だった。
零は、血の味を感じながら、ゆっくりと膝をつき、地面に手をついた。
018が、少し離れた場所でこちらを見ていた。
「思ったより、しぶといな」
彼は、口の端を上げる。
「1発で終わられると、つまらないからな」
「それは……どうも」
零は、よろめきながら立ち上がった。
足元がぐらつく。
左頬が熱い。手で触ると、じわりと血がにじんでいた。
(速い……でも、完全に見えないわけじゃない)
第1撃は、「初見殺し」だった。
次は、同じようにはいかない。
(相手の腰と肩……)
零は、息を整え、じっと018の上半身を見据えた。
018が、再び距離を詰めてくる。
今度は、さっきよりも少しゆっくりだ。
「俺のこと、怖いか?」
近づきながら、彼はふと問うた。
「……ああ」
零は、正直に答える。
「怖いよ」
「なら、いい」
018の目が、細く笑う。
「“怖い”ってことは、お前の本能は正しい」
次の瞬間。
018の左肩が、わずかに沈んだ。
それと同時に、右足が地面を強く蹴る。
(来る――!)
零は、左へ飛び退くふりをして、逆に右足に重心を移した。
018の拳が、左側の空間を薙ぐ。
零は、その拳を“かすめる”ようにして、懐に滑り込んだ。
「っ!」
至近距離。
反射的に、零の右拳が伸びる。
狙いは、鳩尾。
訓練で、神崎に何度も打ち込まれた場所。
「はっ!」
細く息を吐きながら、全身の力をこめる。
拳が、硬い何かを打った感触。
018の腹筋。
「……っ!」
018の表情が、ほんの一瞬だけ歪んだ。
だが、それだけだった。
(固っ――!)
零は、拳にじんとした痛みを感じながら、すぐさま後ろに飛び退いた。
カウンターを食らう前に、距離を取る。
018は、鳩尾を軽く押さえながら、ふうっと息を吐いた。
「今のは、まあまあだな」
「“まあまあ”かよ」
零は、荒い息を吐きながら笑った。
(効いてない……わけじゃない。でも、“止め”には程遠い)
018の身体は、明らかに鍛え上げられている。骨格も筋肉も、同年代の平均をはるかに超えている。
そして何より。
(あいつ、躊躇がない)
さっき、024を殺した031の顔には、“迷い”があった。
だが、018には、それすらない。
壊すことに、何のためらいもない目。
「なあ、001」
018が、拳を握り直しながら言う。
「お前、“誰かのために生きたい”とか、思ってるだろ」
零は、一瞬ひるんだ。
雪菜の顔が、脳裏をよぎる。
「……それが、どうした」
「俺は、“自分のためにしか生きない”」
018は、あっさりと言った。
「自分のためだけに殴って、自分のためだけに殺す」
「その方が、楽だぞ?」
「……かもな」
零は、拳を握った。
「でも、俺には“誰かのために殴りたい”って気持ちがあるんだよ」
「それを、楽だからって捨てるのは、もっと嫌だ」
胸の奥の炎が、ぼっと大きくなった気がした。
その熱は、首輪の冷たい感触や、魔素のざらつきよりも濃く、鮮烈だ。
どこかで、誰かが笑った気がした。
――面白い。
――壊す価値がある。
誰の声か、わからない。
だが、その声に、零は無意識に歯を食いしばった。
「なら、証明してみろよ」
018の目が、獲物を見定める獣のように光る。
「“誰かのために殴るやつ”が、“自分のためだけに殴るやつ”より強いってさ」
「上等だ」
零は、構え直した。
(ここで、負けたら終わりだ)
自分が死ぬだけではない。
雪菜との約束も。
父と母との記憶も。
昨日まで一緒に笑っていた017や023との会話も。
全部、「なかったこと」になる。
「……生きる」
零は、誰にも聞こえないような声で呟いた。
「どんなに汚くても、どれだけ壊れても――」
「生き残る」
首輪の内側が、びりりと痺れた。
感情の高ぶりを、どこかで誰かがモニターしている。
それでも。
(関係ない)
零は、一歩、前へと踏み込んだ。
018もまた、同時に地面を蹴る。
2人の間の距離が、一気にゼロに近づく。
拳と拳。
骨と骨。
生と死。
それらがぶつかり合う、“最初の一撃”が――
今、まさに振り下ろされようとしていた。
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