第四話 しあわせを運ぶケーキ
「律、どのイチゴケーキにする?」
「う〜ん、ぼくはねぇ――これ! これがいい!」
ショーケースの奥の小さなケーキを律が指さす。
「イチゴの周りに金平糖のお星さまなんて、かっこいいよね」
「うん!」
「へ〜。クリスマス限定の『星降るクリスマス』っていうんだ。じゃ、律は、これね。ママはね……『想い出のクリスマス』にしよっと」
「何だか黒い……」
「ははは、チョコに金粉……暗い世界にも、想い出が散りばめられてるってことかなぁ?」
「……?」
「律にはまだ、わかんないよね……」
「うん、わかんない――けど、ママ……どうして泣いてるの?」
「な、泣いてなんかいないよ……あの、すいません。『星降る』と『想い出』を一つずつ、お願いします」
「ありがとうございます。少々お待ちください」
***
「お待たせしました……」
包みを受け取ると、店員が微笑んだ。
「メリークリスマス。そして良いお年を……」
「ありがとうございます。じゃあ、律。帰ったら、クリスマスパーティーするよ」
「うん!」
◇◇◇
カラン、コロン――。
ベルの音と一緒に、冷たい空気が店内に流れ込んだ。
「いらっしゃいませ!」
「……ん〜とっ、三人で食べるから、あんまり大きくなくて美味しいのが……『ふわふわスマイル』か――素敵なネーミングだな。あのう、すみません。どうしてこのケーキの名前が、『ふわふわスマイル』なのですか?」
「お客さま、ご質問いただきありがとうございます。ネーミングについてのご質問をいただいたのは初めてですので、とても嬉しいです。実は、このケーキのネーミングは、ケーキ職人の父がつけたものなのです」
「お父様が――」
「はい。実は家族ぐるみで仲良くしていたご家族がいたのですが――五年前のクリスマスの日、遠出をされていたそのご家族が事故に遭われまして……」
「……」
「父は当時、他店で働いていましたが,そのご家族の優しい笑顔を忘れないよう、ケーキに仕立てたと申しておりました」
「……」
「ですので、デコレーションとして、小さな家と玩具、そして名前を書ける白いプレートがセットになっています」
「なるほど……では、四号の『ふわふわスマイル』を一つ、お願いします」
「ありがとうございます。プレートに書くお名前を、こちらのメモにお願いします」
【みさき、ちさ、けいいち】
「ありがとうございます。ただいま準備いたしますので、しばらくお待ちください」
***
「大変お待たせいたしました――」
ケーキを見て、思わず息を呑んだ。
「……とっても素敵です。家の周りに雪が降っているのですね。白いプレートにイチゴ色で名前――ありがとうございました。家族、喜ぶと思います……」
「そう言っていただけますと、父も喜ぶと思います。どうぞ、ご家族であたたかい素敵なクリスマスを」
「はい……ありがとうございます」
◇◇◇
カラン、コロン――。
「いらっしゃいませ。あっ、陽子さん。お元気でしたか?」
「ええ、志保ちゃん。私は元気だよ。今日はクリスマスイブだもんね。どれにしようかなぁ……」
「どうぞ、ゆっくり選んでくださいね……」
「ありがと。志保ちゃん、いつも優しいね」
「だって、陽子さんは大切なお客さまですから」
「ははは……言うようになったわね。うちの保育園に来てた頃は、豆まきの鬼さんを見ただけで、あんなに泣いてたのに、ねぇ〜」
「もう、陽子さん。やめてください……ははは」
「ごめんなさいね……ふふっ」
「今日は、
「……うん、そうなの……蒼生、どれが好きかな……」
「これなんか、いかがでしょうか?」
「『わんぱくスノーマン』……あおちゃんみたいで、元気で可愛いわね」
「はい、小さな雪だるまたちが雪合戦。審判は,真ん中のサンタさんです」
「ふふっ……本当にあの子みたい……これにするわ」
「ありがとうございます。ローソクもおつけしますね」
「ええ、お願い。あおちゃん、きっと喜ぶと思うわ……雪、大好きだったから。ふふっ」
「では、お包みしますので,しばらくお待ちください」
***
「お待たせしました……」
「ありがと、志保ちゃん。メリークリスマス。楽しいクリスマスをね」
「ははは……それ、逆です。陽子さんこそ、素敵なクリスマスをお過ごしくださいね。ありがとうございました」
◇◇◇
カラン、コロン――。
「あっ、すみません。遅いですが、まだ大丈夫ですか?」
「ああ、大丈夫だよ……お〜い、志保。お客さまだよ――」
「は〜い……」
***
「申し訳ありません。お待たせを……え?」
「あっ……」
「……お・お・ば、さん?」
「天野さん……だよね?」
「ん? 二人は知り合いだったのか?」
「ええ、お父さん。大学の同期なの……」
「ほう……そうだったのか。じゃ、あとは志保に任せて、父さんは先にあがるからな」
「うん、わかった……」
「久しぶりだね、志保」
「ほんとに……
「うん」
***
「……お待たせ――」
「もう――七年になるんだね」
「うん。四年間、ケーキ作りの現場修行をして、父とここ『
「プロのパティシエになったんだ。志保の夢、叶えたんだね。おめでとう」
「雅人はどうしてるの?」
「オレ?……オレは普通の会社員。それと、四歳になる娘の父親」
「そっか……結婚、したんだよね……そうだよね。優しいお父さんで、素敵な夫なんだろうな……あっ、ごめん。あんなことしておいて、何言ってっるのって感じだよね。私が勝手にやりたいことがあるから別れて、なんて――ほんと、自分勝手で酷いよね」
「……もう、そのことは忘れていいんだよ。あの時、『志保のやりたいことを応援する』と言って、オレは別れに同意したんだから。志保が夢を実現して、心から幸せになってほしい一心で――そのために別れを選んでも後悔しないって、あのとき考えたんだ。だから、志保が電車に乗り込むのをオレは止めなかった……だけど、だけどね……電車が動き出す瞬間まで、志保は俯いたままハンカチをずっと目に当てていたんだ。一度も目を合わせてくれなかった。あの時の志保の姿がずっとオレの中で消えなかったんだ。だから実を言うと、志保と別れたことを何度後悔したか、わからない。だけど、あの時の志保の決心が今に繋がっているんだから、やっぱりすごいよ、志保は……」
「すごくなんか、ないよ。あの時、雅人が背中を押してくれたから、私は自分の信じる道を進むことができたんだよ。今だから言えるけど、くやし涙もいーっぱい、流したけどね。だけど、その度に『志保のやりたいことを応援する』という雅人の強い言葉がいつも蘇ってきて、私を支えてくれてたのよ。だから、今の私があるの……あっ、で、奥さまはお元気?」
「ああ……あっ、ごめん。長く話し過ぎたよね。……ケーキ、どれにしようかな? じゃあ――この『恋しずく』を一つ、お願いします」
「あ、はい。『恋しずく』は、私のオリジナルケーキなんだよ。そのケーキ、実はね……ううん、一つでいいの?」
「ああ……」
「わかりました。では、しばらくお待ちください」
***
「品物に間違いありませんか?」
「はい」
「……あのう、雅人――良かったら、なんだけど――連絡先、交換しない?」
「……うん、もちろん」
「今日は代金、いいよ。昔のお詫び……メリークリスマス。また、寄ってね」
「……ありがとう」
店を出ると、外は雪。
「もう道路、真っ白だね」
「ええ、本当に……ホワイトクリスマス、素敵。どうぞ奥様と、娘さんによろしくね。本日はありがとうございました」
「こちらこそ……メリークリスマス」
***
街角のツリーの灯りが雪に反射し、あたりを柔らかく照らしている。
雅人は、空を見上げた。
「今日、偶然――以前話していた彼女に会ったよ、
娘の命と引き換えに天国へと旅立った妻へ、そっと心の中で報告した。そして、娘と義母が待つ家へと急いだ。
雪の降る中、ケーキの箱だけが微かに温もりを雅人に伝えていた。
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