聖夜 ー雪の街、愛が灯るときー

枯枝 葉

第一話 雪だるまの飴玉

「これ、ほしい!」

「もう、美咲。振り回したら、危ないってば!」

 千紗の眉間に皺が寄る。

「もう、やめて! 今日は仕事納めで……ママ、疲れてるの」

 声が震えていた。

 

 ――昨日、上司に言われた言葉が頭から離れない。

「お前なぁ、子育ての言い訳を仕事に持ち込むなよ!」

 

「やだ!」

 美咲の声が響く。

「慶一さんも何か言ってよ!」

 慶一は言葉を探しながら、小さく頷いた。

「……美咲、チャンバラをやめて、戻してこような」

「やだって言ってるでしょ! 美咲、返さない」

「いい加減にしなさい、美咲!」


 パシッ!


 プラスチックの刀が、ゆっくりとワゴンを押していたお婆さんの腕をかすめた。

「あっ、すいません! 今、当たりませんでしたか?」

 

 千紗は息を呑んだ。慌てて駆け寄り、心配そうに声をかけた。

「本当にごめんなさい。美咲、ちゃんと謝ろうね」

「いいのよ、いいの。大丈夫ですよ。むしろ、元気があっていいじゃないの」

 お婆さんは笑って、腕を軽くさすった。

「うちの孫なんか、昔はもっとやんちゃでね、本物の竹刀で叩かれたことがあったのよ。確か、この辺りに跡が……あはは」

 その冗談に、場の空気がふっと和んだ。両親は目を細めた。美咲は思わず、

「えへへ……」

 と、小さく笑っていた。


「でもね、美咲ちゃん。お店の中じゃなくて、チャンバラごっこはお外まで取っとこうね」

「……うん――ごめんなさい」

「はは、えらい、えらい」

 お婆さんは美咲の頭をそっと撫でた。

「お婆ちゃん、何ていうお名前なの?」

「お婆ちゃんの名前はね、陽子ちゃんだよ、ははは……じゃあ、これで仲直りだね、美咲ちゃん」

 そう言って、ポケットから雪だるまの絵のついた飴玉をひとつ取り出して、手渡した。


「ありがとうございます……」

 両親は、深く頭を下げた。

「いいの、いいの。私も楽しかったし、孫のことも思い出せたし……元気をもらったわ。今日は、雪が降りそうね。――今日はあの子の命日なのよ……」

 その一言で、場の空気が静かに沈んだ。

「あら、ごめんなさい、変な話をしてしまって……じゃあね、メリークリスマス」

 お婆さんは微かに笑顔を浮かべ、丸くなった背中を揺らしながら、ワゴンを押して去っていった。その背中が見えなくなるまで、三人は黙って見送った。

 

「パパ、ママ……ごめんなさい」

 そう言うと、美咲はチャンバラを元あった棚に戻した。

「……ママ、あのお婆ちゃん、さびしそうだったね」

 千紗の喉がつまった。

「……うん。そうだね」

「美咲、パパもママも、きつく怒りすぎちゃったね。でも、どうしてそんなにチャンバラをほしくなったの?」

「……それはね、幼稚園の律くんがね、お部屋で紙を丸めてチャンバラをしてたの。楽しそうだったから……わたしもやってみたかったの」

「そっか」

「でもね、もういいの。広いとこでないと、人に当たっちゃうんだよね。思い出したんだよ。幼稚園でも律くんたち、先生に怒られてた……」

「うん、そうだね。えらいね、美咲」

「ねえ、パパ、ママ。お家に帰ったら、色紙で飾りを作りたい……クリスマスツリーに飾るの」

「いいね。パパもママも手伝うよ」

「うん!」


 ◇◇◇


 その夜。

 窓の外では静かに雪が降り始めた。ツリーの灯りに照らされ、飴玉で膨らんだ雪だるまの顔は微笑んでいるように見えた。

 美咲は眠そうな声で口を開いた。

「ママ、あした、いっしょに雪だるま、作ろうね」


 千紗の胸の奥で、上司の言葉が溶けていった。温かい涙が頬を伝った。

 

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