第7話 炎の精霊符

――じゃあ、何で俺は血だらけで倒れてたんだ?


貴方あなたは目撃者だったから」

 俺の疑問に、リィナは一度うなずいてから淡々とした口調で答えた。

貴方あなたは、おそらく不運にも魔術師達が争っている場に現れた。だから、秘匿をまもるため、貴方あなたは消されそうになったのです」


 消す、という単語で意識が持って行かれそうになった。その冷たい響きに震えて、かなり重要な言葉を聞き逃した気がする。

 えっと、こいつ、今なんて言った?


「えっと、その、消そうとしてきた相手が誰だって?」

「魔術師、です」


 俺の困惑した口調とは対照的に、リィナのそれは冷ややかだった。それが、あって当然のものだ、という態度できっぱりと言う。自分の基準で語られても困るんですけども、こちらは。

 まぢゅ……何だって?


「魔術師は、己の秘密を見られることを嫌いますから」


 『魔術師』。

 リィナは何度も、その単語を繰り返す。魔術師ってアレだろ。呪文を唱えて、どうのこうのって。そんなのフィクションでしか聞いたことがないんですが。


 ぴくり、とリィナの眉が動いた気がした。


「事実です。確かに私の推測も入っていますが、実際に、貴方あなたの目の前で起こったことを話しています。貴方あなたはすっかり忘れてしまっているようですが」


 リィナの物言いがとげとげしい。どうやら、少しいらたせてしまったようだ。あれだな、俺が沈黙したから疑われていると思われたか。いや、実際疑わしいとは思いましたけど。

 おまえは何で忘れてるんだって、非難されている気がする。警察の人も、露骨には言わなかったけど、言葉の節々に感じたもんな。なんで、こいつは忘れてるんだろうかっていう、がっかりした気持ちが。


 あと、あまりにもスムーズだったからスルーしかけたけど、心の声を読まないでほしい。そんなにわかりやすいですか、俺。


 衝撃を受けて話の腰を折ってしまった。リィナも黙ってしまっている。こちらから話しかけた方がいいか。

 とりあえずの懸念点は……。


「そうなると、俺はまだ安心できないのか。そいつは、きっと俺に死んでいてほしいんだし」

 消そう、ということなら俺が生きているのは不都合なはずだ。すっかり忘れてしまっていて思い出せないけど、そんなのは相手には関係ないだろうし。

 背中に冷たいものを感じた。自分の想像が、死の恐怖を連れてくる。忘れかけていた、いや、忘れようとしていた俺が襲われたという事実がのしかかってくる。

 覚えていないのに、身を切り裂くような熱さが脳裏をよぎる。


 青ざめた俺の顔があかい瞳に映っていた。リィナは俺をまっすぐに見て、小さく首を横に振る。


「いいえ、相手はもう貴方あなたに興味がないでしょう」


 興味が無い?

 妙な言い回しに俺が首をかしげると、リィナはそのまま話を続けた。


「先ほどお見せした札、貴方あなたが持っている札を私達は『精霊符』と呼んでいます」


 ぱっ、と記憶がよみがえる。リィナが見せた金色の針が描かれた札、俺が持っているあかい羽の札。

「その札の持ち主が『適合者』です。適合者だから、現場に現れた貴方あなたに口封じをしようとした。しかし、今は適合者ではなくなったので、貴方あなたを狙う必要が無い。記憶だけは残りますから、罪の意識にさいなまされることにはなるでしょうが」

 リィナの説明は、いまいち分からない。それでも、俺はリィナの説明が終わるまで黙っていることにした。口をはさむと、さっきみたいに話が止まる可能性がある。


「私は、その者から札を回収した。札を失えば、適合者ではなくなる」

 リィナは再び、札を取り出した。きらり、とその精霊符とやらは部屋の明かりを反射して光った。金色が、まぶしい。

 喉が渇いていることに、今気づいた。水でも、持ってきておけばよかった。

「適合者は、この札を奪い合う。それが本能。札が無くなれば、適合者ではなくなる。だから、貴方あなたには興味が無い」


 札を奪い合う。それが本能。

 その言葉が妙に引っかかる。同時にポケットが、じんわりと暖かくなった。俺の疑問に答えるかのように、それは熱を持つ。


「ちょっと待って。それって」


 さっき、リィナは言っていた。貴方あなたが持っている札を、と。

 そうなると、もしかして俺って。


 リィナはこくんとうなずいた。


「先日の事件、貴方あなたは巻き込まれただけだった。しかし、今の貴方あなたは無関係ではいられない」

 リィナの瞳が強く輝く。その目の力に吸い込まれそうな錯覚を覚えた。


貴方あなたも、適合者なのだから」


 その冷たい響きに、背筋がぞくっとした。


「何で、そんなことに」

 うつむいた俺の声は、かなり小さかった。どこか傍観者でいた自分が、当事者となった。その衝撃は、かなり大きかったようだ。

 記憶も無いから、急に目の前に高い壁ができて気がっている。


「……本来であれば、あの場で貴方あなたは命を失うはずだった」


 リィナの声に、俺は顔をあげた。


「あの場には、もう一人、適合者がいた」


 そういえば、適合者は札を奪い合うとのことだった。それに俺が出くわしたと。と、いうことは争っていた相手がいるわけだ。

 そういえば、そいつの話が出てなかったな。


「私は……間に合わなかった。だから、今から話すことは憶測でしかないのですが」

 リィナのその言葉に、多少の震えを感じた。一瞬だけ目を伏せたものの、彼女の表情は変わらない。それでも、リィナから後悔が伝わってきた。

 声のトーンも、少し落ちたか。俺がそんなことを考えていると、一息ついたリィナがぐに言い放つ。


「傷ついた貴方あなたを、その適合者は救おうとした」


 どくん、と心臓が一際高鳴った。唐突なそれに驚き意識を向けながら、リィナの声に耳を傾ける。


「その際、貴方あなたに自身の精霊符を譲渡した」

「はっ?」

 俺の口から、思わず声が出た。リィナはそれを気にせず、話を続ける。


「精霊符の力を使って、魔術による治癒を行った。本来であれば、助からないであろうでしたが……貴方あなたの命はつなぎ止められたのです」


 俺はその魔術符をポケットから取り出した。じっと見つめると、ゆらりと羽の絵が揺れたような気がした。


「私が駆けつけた時には、逃げようとする『金の適合者』と倒れている貴方あなたしかいなかった。だから、私が話したことは全てが推測です」

 札に向いていた意識が、再びリィナの声に向き直る。


「しかし、現に貴方あなたはここにいる。『炎の精霊符』はそこにある。おそらくは真実でしょう」


 札は、リィナの呼びかけに返事をするかのようにキラリと光った。

 真実、なんだろうな。それなら、医者が理解できない俺の体のことも説明ができる。納得はできないけど、そう考えたら筋が通る。


 そうなると、どうしても気になる点が一つ。


「それで……俺を助けてくれたやつってのは、どうなったんだ?」

 俺を助けてくれたという、そいつに礼の一つでもいってやりたい気分になっている。色々と、まとまらない感情を一つ整理したい。俺を助けた理由を聞いたりとか、「ありがとう」と口に出すだけでも、俺は楽になれる気がする。


 俺の問いかけに、リィナは首を横に振った。

「分かりません。私には魔力の行使を感知する力しかありませんから。精霊符を失った、元適合者は記憶だけは残っていますが、それも徐々に薄れていってしまうのです」


 先ほどの話だと、リィナは俺を襲った方を追いかけて、精霊符を回収したとのことだった。その間に、俺は神谷に発見されて救急車で運ばれたってことか。色々つながってきたな。

 いや、つながってきたからこそ、重くなってきたぞ。処理しきれない。


「……いったい、これは何なんだ」

 俺の言葉を聞いて、炎の精霊符やらは輝きを増したような気がした。

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