ユートピア 〈平行世界の択捉島〉 −−AIが創るやさしい新世界ーー

大玉寿

◆Prologue◆ 日曜日〈やさしさに包まれたなら〉

 ソファの上で、ヒロはゆっくりと目を覚ました。

 顔をしかめ、つぶやく。


「あいたたた……」


 二日酔いの鈍い痛みと、変な姿勢で寝たせいで首筋が固まっている。


 そのとき、柔らかい声が部屋に響いた。


「おはようヒロ。日曜日、8時25分。天気は晴れ。いつもより一時間遅いよ」


 個人AI・ラッキーの穏やかな声は、朝の空気に自然と溶け込む。


 ヒロは大きなあくびをひとつして応じた。

「おはよう、ラッキー」


 身体を起こした途端、世界がひとまわり揺れる。

 まだアルコールが体内に残っている。


「昨日の睡眠スコアは54点。あと、寝るならベッドがおすすめだ。」


 少しだけ心配を含んだラッキーの声。

 ドリンクサーバーから漂う、温かく香ばしい香りが部屋を満たしていく。


 ヒロはゆっくりと立ち上がり、マグカップを手に取った。


「お腹減ってないんだけど」


「ダメダメ、ちゃんと食べないと。平日はグミばかりじゃないか。

 冷蔵庫の食材で、ハムエッグとトマトサラダが作れそうだよ」


 ヒロは笑いながらコーヒーをひと口。

 熱が胸に広がり、ようやく視界がはっきりしてくる。


 ヘッドセットを装着すると、ラッキーの声は骨伝導に切り替わり、

 視界には、ARの淡い表示が重なる。

 ヒロにとっての“本来の世界”が戻ってきた。


 カーテンを開けると、赤レンガの街並みが柔らかな光を受けている。

 郵便配達の小さなEVが静かに滑っていき、

 やさしい朝がゆっくりと動き始めていた。



 シャツのボタンを留めながら、ヒロは昨夜の記憶の端を探った。


「そういえばラッキー。昨日の……彼女の名前、聞いてなかったっけ?」


「彼女って、ダンの店の人?」


「そう。その彼女」


「ハナだよ」


 ハナ。

 確かに、そんな名前だった。


「ほかに何か言ってた?」


「別にないよ。

 ヒロが覚えていないなら、それが全部だと思う」


 いつもと変わらず滑らかな声。

 けれどヒロには、どこか低く感じられた。

 二日酔いのせいかもしれない。


 冷蔵庫を開けると、食材に鮮度や量のAR表示が浮かび上がる。

 ヒロは材料を取り出した。


「休日だし、朝食でも作るか。ラッキー、手伝って」


「もちろん。レシピを表示するね」


 淡い光が浮かび、キッチンの空気がやさしく色づく。





 やさしいAIとともに暮らすこの国-エトロフ-で、

 どこにでもある、普通の物語が幕を開けます。


 一緒に、この世界の空気に触れてみてください。

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